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27.婚約式

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婚約式の朝、軽めの食事を取った後は、
ミリーに手伝ってもらってドレスを着る。

婚約式は昼過ぎからの予定なのに、
こんなに早くから準備するとは思わなかったから驚いたけれど、
夜会の前なども同じように準備に時間がかかるらしい。

用意されたドレスはルシアン様の色にあわせて紫色。
装飾品は金細工の首飾りと耳飾り。
どちらにも紫の貴石がつけられている。

こんなに華やかなドレスを着るのは初めてで、なんだか恥ずかしい。
着飾った私を見て、ルシアン様はどう思うんだろう。
そわそわして待っているとドアがノックされる。

「はい」

「準備はできた?表屋敷に行く時間だ」

部屋に入ってきたルシアン様は白のタキシード。
緑色のハンカチーフが見える。緑色か……
ルシアン様は素敵なのに、それがなんだか残念に思える。

顔に出てしまっていたのか、ルシアン様はハンカチーフをつまんだ。

「これが気に入らない?俺も。
 本当は紫色にしたかったんだ。ニナの色の。
 だけど、できるかぎりニナの本当の姿を見せたくない。
 もし見せてしまったら精霊の力は関係なしに、
 ニナを奪おうとするものが出てくるだろうから」

「そんなことはないと」

「そうなんだよ。そのくらい、ニナは美しい。
 それに、くだらない連中にニナを見せたくない。
 本当の姿は俺だけが知っていればいい。それじゃダメか?」

「……ダメじゃないです」

ダメじゃないけど、そういういい方はずるい。
ルシアン様が見つめながら言うから、勘違いしてしまいそうになる。

黙っていたら、手を差し出された。

「さぁ、行こうか。
 ……婚約式の間は、何があっても落ち着いていてほしい。
 絶対に、ニナの母上を助け出して見せるから」

「はい……」

そうだ。こんなところでぐずぐずしている場合じゃない。
母様を助け出すために婚約式をするんだ。

あれから十二年たって、やっと母様に会える。

ルシアン様に手を引かれ、表屋敷へと向かう。
廊下で髪と目の色を変えて、大きく息を吸った。

ジラール公爵家で夜会を開く時に使っていたという広間には、
数十名の貴族たちが集まっていた。
その中にバシュロ侯爵の姿もあったが、目を合わせないようにする。

広間の一角に祭壇が用意され、たくさんの花が飾られている。
だけど、ここには精霊はいない。
もし精霊教会側に精霊が見える者がいたとしたら不審がられてしまうので、
婚約式が行われている間は私たちに近寄らないようにお願いしてある。

もう準備は整って私たちも入場したのに、精霊教会の者は来ていない。
すでに来ているはずの時間なのに、どうして。

その時、広間の扉が開けられ、騒がしい集団が入ってくる。
先頭にいる太った男は見たことがある。
あの時、私を捕まえて国王に会わせた者だ。

私を見て、つまらなそうな顔をする。
期待外れというような顔なのは……あぁ、そうか。
私が精霊の愛し子として役にたっていないからか。

集団の一番後ろ、教会の女性に腕をおさえられている母様がいた。

教会の者と同じ服を着せられているけれど、あの頃と変わらない姿。
ふわふわの背中まである茶色の髪。柔らかな緑色の目。
そうだった。私が茶色の髪で緑目に偽装されたのは、母様の色だったからだ。

母様が私を見て口を開けた。何かを言っているが聞こえない。
どうして聞こえないのと思ったら、ルシアン様が小声で教えてくれる。

「……声を封じられている」

「なんてことを……」

母様は私に何かを伝えようとしているのに、何も聞こえない。

悔しくて教会の者たちに怒鳴りたかったけれど、ルシアン様と約束している。
何が起きても、今日は取り乱さないと。

おとなしく精霊教会の者たちの指示に従い、婚約式は進む。
邪魔されることなく、婚約式は最後まで終わる。

無事に終わったと言うのに、太った男はやはり面白くなさそうだ。
私とルシアン様に聞こえるくらいの小声で文句を言われる。

「精霊の愛し子の婚約式だと言うのに、精霊の祝福すらないとは」

「……」

何を言っているんだろうと思ったけれど、言い返さない。

「ジラール公爵家の先代夫人が婚約式を行った時は、
 精霊が光を降り注いだという話だったのに。
 まったく期待外れもいいところですなぁ。
 次期当主殿、本当にこの女を妻にするつもりですかな?」

「精霊教会はいつからそんな無礼を言うようになったんだ?
 ニネットは次期公爵夫人なんだが。
 教会の司祭程度に侮辱されていい立場ではない。ただちに謝るように」

「なっ!?」

「そうか。今後はジラール公爵家からの寄付はいらないということか」

「そ、そんな。……口がすべりました。撤回します」

それって謝ってないよねと思ったけれど、ルシアン様はそれ以上追及しなかった。

婚約式が終わり、精霊教会の者たちが帰っていく。
腕をつかまれて連れて行かれる母様が、私に向かって何か叫んでいる。

耐えきれなくて駆け寄ろうとしたけれど、ルシアン様に止められる。

「ルシアン様……」

「こらえるんだ……」

「わかってます、でも!母様が……」

遠くなっていく母様に涙が止まらない。
参列していた者たちも母様が私の母だと気がついただろう。

あれが侯爵の愛人かと言っている声がした。
違う!母様は愛人じゃないと叫びたかった。

悔しくて涙がこぼれそうになったら、ルシアン様が抱き寄せて隠してくれる。

「婚約式は終わった。本宅に戻ろう」

「……はい」


本宅に戻り、ミリーに手伝ってもらって着替える。
着替え終わった後も涙が止まらない。

ミリーが出て行ってすぐにルシアン様が部屋に入ってくる。
私がまだ泣いていたからか、抱き上げてひざの上にのせられる。

「よく頑張った。つらかっただろう」

「うぅぅ……」

優しく髪をなでられたら、よけいに涙が出てくる。

「大丈夫だ。精霊に後を追わせた。
 今夜中にはニナの母の居所がわかるはずだ」

「……本当に?」

「安心していい。あいつらは精霊が見えていない」

「精霊教会なのに?」

「教会のやつがそんなのばかりだから精霊が逃げ出すんだろう。
 まずは居所をつきとめて、様子をうかがう。
 必ず助け出す。だから、もう泣くな。ニナが泣くと……」

「泣くと?」

「……精霊が悲しむだろう?」

精霊が悲しむ?
窓の外を見たら、精霊たちが窓の外に張り付いている。
まるでこっちの様子を伺っているように感じる。
心配してくれているの?

精霊たちを見ていたら涙は止まった。
もうひざの上から降りたほうがいいんだろうけど、
自分から降りるとは言い出せなくて、そのままルシアン様の胸にもたれかかる。

今日くらいは甘えてもいいかな。
母様に抱き着きたかったのに、近づくことすらできなかった。

母様、私に何を言おうとしていたんだろう。
助け出せたら、教えてもらえるかな……。

気がついたら眠っていて、後のことはよく覚えていない。
だけど、ルシアン様がずっとそばにいてくれたような気がした。


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