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13.訪ねてきたオデット

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応接室のドアを開けると、疲れ切った顔のオデットが座っていた。
私を見て駆け寄ろうとして私兵に止められる。

「離して!」

「公爵家内で急な行動はおやめください。危険行為とみなします」

「わかったわよ!汚い手でさわらないで!」

「令嬢に何を言われようと、
 危険だと判断したら拘束いたしますので、ご理解ください」

「なによ!」

公爵令息のルシアン様もいるのに、急に近づこうとするなんて。
誰だとしても、止められるに決まっている。

私と違って、生まれつき貴族として育ってきているはずなのに、
どうしてオデットはこうも常識がないんだろう。

私兵にさわられたのが不服なのか、不貞腐れた顔のオデットにため息がでる。
まったく。私に謝りに来たんじゃなかったっけ。

私兵に手を離された後、こちらを見たオデットの動きが止まる。
視線は私ではなく、隣……。
もしかしてルシアン様に見とれている?

ルシアン様は令嬢に見つめられるのに慣れているのか、
かまわずにソファへと座った。


そういえば、ルシアン様って女嫌いって言われてるんだった。
私や使用人には優しいからすっかり忘れていた。

とにかく早いところ話を終わらせてしまおう。
私もルシアン様の隣に座り、立ったままのオデットに声をかける。


「オデットも座っていいわよ」

「え、ええ」

固まっていたオデットがぽすんと音を立ててソファに座る。

「久しぶりね。何をしに来たの?」

「……あの、ルシアン様、オデットと申します」

「……オデット?」

「やっぱり、素敵……」

ぼーっとルシアン様を見るオデットとの会話が進まない。
私の安全のためにルシアン様についてきてもらったけれど、
このままじゃ会話にならない。

「ルシアン様、このままだと話になりません。
 一度、外に出ていてもらえませんか?」

「そうだな。隣の部屋にいるよ。
 私兵は置いておく。何かあれば呼んでくれ」

「わかりました」

「あ、ルシアン様……」

ルシアン様が私の頭をなでてから部屋を出ていく。
その後ろ姿を名残惜しそうに見送ったままのオデットに、もう一度問いかける。

「それで、オデットは何をしにここに来たの?」

「あ、うん。……ニネットに謝ろうと思って」

「謝るって、何に?」

「私とお母様がずっと意地悪してたでしょう?
 だって、お父様が愛人の子なんて連れてくるから、
 どうしても受け入れられなくて。
 その気持ちはわかるわよね?」

「そうね。まだ五歳のオデットに、愛人の子だから姉だと思えなんて、
 突然私を養女にした侯爵が悪いと思うわ」

「そうよね!」

うれしそうなオデットだけど、喜ぶところだろうか。

「それにニネットだけなんでも買ってもらってたでしょう?」

「それについては侯爵夫人が悪いわ。
 オデットは覚えていないかもしれないけれど、
 予算をこえて買い物をして、与えられた予算を使い切ってしまったとか。
 その後は持参金で買うようにと言われていたわ」

「はぁ?」

「私が侯爵家に来てすぐの頃よ。
 ドレスや装飾品を買いすぎて、夫人の予算の十倍を使ったとかなんとか。
 だから侯爵はこれ以上夫人とオデットの買い物にはお金を出さないって」

「嘘よ!」

「本当よ。そんなに何を買ったのかなって不思議だったから、
 よく覚えているの。家に帰ったら夫人に聞けばいいじゃない」

あれは私が養女になってすぐの頃だった。
夫人が請求書を隠していたのが見つかったらしい。
だから、私が養女に来たことはあまり関係ないと思った。

もともと浪費家の夫人に手を焼いていたから、
離縁することも覚悟で私を養女にしたのだ。
だから、わざわざ愛人の子だなんて嘘もついたんだと思った。

夫人の生家の侯爵家との関係もある。
侯爵から離縁は言い出せなかったんだろう。

そうでなければ、精霊の愛し子だとは言えなくても、
国王から預かったと言えたはずだもの。
その場合、国王の隠し子だと誤解されたかもしれないけれど、
国王もそのくらいの誤解は許容しただろうし。

まぁ、それはさておき。


「ねぇ、謝りに来たんじゃないの?」

「何よ、謝りに来たって言ってるでしょう」

「オデットは、まだ謝ってないわよ?」

「!?」

謝りに来たとは言うけれど、まだ何も謝っていない。
言いわけをしているだけ。本当に何をしに来たんだろう。

指摘すると、オデットは悔しそうに顔をゆがめながら、
悪かったわとぽつりと言った。

「そう。謝罪の言葉は聞いたわ」

「許してくれるのね」

「許す?」

「一緒に家に帰ってくれるんでしょう?」

ぱあっと笑顔になったオデットに呆れてしまう。

「謝罪を聞いたと言っただけで許すとは言ってないし、
 バシュロ侯爵家に戻ることは絶対にないわよ?」

「どうしてよ!謝ったじゃない!」

「謝ったからと言って、許すとは限らないわ」

私兵に目をやると、うなずいてくれる。

「話は終りね。帰ってくれる?」

「まだ終わってないわ!」

「謝罪に来たのでしょう?用事は終わったもの」

立ち上がって私につかみかかろうとしたオデットを、
私兵が両腕をつかんで応接室から連れ出してくれる。
廊下に出された後も騒いでいたけれど、もういいかと思う。

オデットの声が遠ざかったら、ルシアン様が応接室に入ってくる。

「話は聞こえていた。大丈夫か?」

「ええ、特に問題はないですけど、
 どうしてオデットは侯爵家に連れ戻そうとしているんでしょう?」

「侯爵はニネットの力が欲しいんだろう。
 カミーユ王子と婚約していた間も、
 嫁ぐのではなく婿入りに変えられないか狙っていたはずだ」

「私に侯爵家を継がせようと?血はつながっていないのに」

言った後、しまったと思った。
養女になった理由は愛人の子だとしているのに。

だけど、ルシアン様は気がついてないのか、平気で返される。

「侯爵にとっては、領地が潤えばそれでいいと思っているんだろう。
 もともとは真面目な方だ。
 実子よりも領民の生活を優先したのだと思う」

「そうですか。
 では、オデットは侯爵に命じられてこんなことを?」

「それはわからない。少し調べてみるよ」

「お願いします」

今後会わないのなら気にしなくていいけれど、
まだ学園で会うことになる。
その時にまた絡まれるのは嫌だ。

「とりあえず本邸に戻ろう。まだ試験までは期間がある。
 それまでには対策を考えておくよ」

「はい」

久しぶりにオデットに会ったせいか、精神的に疲れて身体がだるい。
ルシアン様と手をつないで本邸に戻った後、夜になって熱があるのに気がつく。

この国に来て、初めての体調不良だった。



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