上 下
3 / 60

3.侯爵家の生活

しおりを挟む
カミーユ様との話し合いが終わり馬車に乗って帰宅する。
バシュロ侯爵家に着いたら、私室に行く前にオデットに捕まる。
私が帰ってくるのを待ち構えていたようだ。

「ねぇ、カミーユに会った?」

「ええ、会ったわ」

「なんて言われたの?」

知っているからか、ご機嫌な様子で聞いてくる。

「話はすぐに終わったの。カミーユ様との婚約を解消してきたわ」

「え!本当に!?」

「嘘なんて言わないわよ」

オデットじゃないんだから、という言葉は言わないでおいた。
騒がれるとめんどくさいだけだから。

婚約解消が本当だとわかると、オデットはうれしそうに笑う。
ここ数年ずっと私とカミーユ様の仲を悪くさせようとしていた。
これでオデットに絡まれることも減るだろうか。

「やっとカミーユは解放されたのね!
 ずっとニネットとの婚約なんて嫌がっていたもの」

「そう」

「明日から楽しみだわ!
 あ、もう王家の馬車は来ないのよね?
 ニネットは王族の婚約者じゃなくなったのだから」

「……」

「私は一緒の馬車に乗るなんて嫌よ。
 婚約解消されたのはニネットのせいなんだから、
 歩いて通いなさいよね!わかった!?」

まだ何か言っていたけれど、答えずに私室へと向かう。
返事をしなかったからまたオデットがかんしゃくを起こすかと思ったけど、
私が婚約解消したのがよほどうれしかったのか、
鼻歌まじりでどこかに行ってしまった。

カミーユ様とオデットが恋仲なのかは知らない。
オデットがカミーユ様の婚約者になりたがっているのはわかるが、
カミーユ様がどう思っているのかははっきりしない。
それでもカミーユ様はオデットの話しか聞かない。

最初の頃は聞かれたらきちんと答えていたけれど、
途中からはもうどうでも良くなってしまった。
カミーユ様の頭の中では答えが決まっているのだから。




私室に入ると少しだけほっとする。
私には専属侍女がついていない。
人が周りにいるときは使用人相手でも気が抜けないから、
できるかぎり一人になりたい。

用がある時だけ呼ぶことになっているが、呼ぶことはあまりない。
着替えも入浴も一人でできる。
学園での生活でほしいものがある時は執事に直接伝えている。

本当は食事も一人でしたいのだが、夫人とオデットがそれを許さなかった。
朝夕の食事は侯爵も一緒だからだ。
家族四人で食事をとるというのは、家族仲がいいということらしい。

侯爵に知られるのを恐れているのか、
私を排除するような行動は侯爵の前ではしない。

夕食時、侯爵と侯爵夫人、オデットと一緒の席に着く。
たいていは誰も話さずに食事を終えるが、めずらしく侯爵が口を開いた。

「アデール、先月の支払いが多かったようだが、無駄遣いしたのか」

「仕方がありませんわ。ニネットがまた新しいドレスを欲しがって。
 ついでにネックレスとイヤリングもそろえましたのよ」

「そうか。ニネットの買い物なら仕方ないか」

「……」

私のための買い物なんてしていないけれど、これはいつものことだ。
夫人とオデットは自分の買い物をしても、私の物だと侯爵に伝えている。

侯爵が席を立って私室に戻ると、オデットが夫人にねだり始める。

「ねぇ、お母様。またお茶会に誘われたの。
 新しいドレス作ってもいいでしょう?」

「さっきお父様に無駄遣いしないようにって言われたばかりよ?」

「大丈夫よ。ニネットの物だって言えばいいんだもの」

「あまり大きな買い物をするとバレるわよ」

「平気よ。ニネットは言わないものね?」

うふふとオデットが私に笑いかけたけれど、
それは聞かなかったことにして席を立とうとした。
が、夫人は私を逃がさなかった。

「ニネットもドレスが欲しいかしら?」

「いえ、いらないです」

「そうよね。ニネットはお茶会に呼ばれないものね」

夫人はにこにこと笑いながら嫌味を言う。
これもいつものことだけど、今日は長かった。

「お茶会に呼ばれないのは誰のせいかしら」

「……さぁ」

「あら。わからないなんてお馬鹿さんなのね。
 ニネットが愛人の子だからに決まっているじゃない。
 お茶会に来られたらお茶がまずくなるもの」

「お母様、それだけじゃないわよ。
 ニネットったら、おしゃれに興味ないとか言い出すんだもの。
 令嬢として失格だわ」

「しょうがないわよ。平民の血が混ざってしまっているもの。
 ドレスなんて着てもごまかせないのよ」

「そうよね。うふふ。
 いい?ニネットが着ても仕方ないから、
 私たちが代わりに着てあげているのよ。
 だって、もったいないじゃない」

「ニネットだって、そのくらいわかっているわよね?
 主人に言いつけるような真似したら、ただじゃ置かないわよ」

「ええ、言いません、お義母様」

最初の頃は無駄遣いしているのは私ではないと言おうと考えたこともある。
わがままも言っていないと否定したこともあったが、
その後で夫人に嫌味を言われ続けてめんどくさいことになった。

夫人は私のことを愛人の子だと思っている。
快く思わないのも当然だ。だから、私は黙っていることにした。

侯爵もそれが本当かどうか調べもしないし、
夫人とオデットには興味がないようだった。
それはそれで可哀そうだと思ってしまったせいもある。

この家で何が起きても、侯爵に言いつけるようなことはしなかった。
だが、それがいけなかったのか、
オデットは私には何を言っても何をしてもいいと思っている。

婚約者だったカミーユ様だけではなく、お茶会や学園で私の悪評を流し、
自分は愛人の子にいじめられて居場所がないと嘆いているらしい。

それを信じた令嬢たちに囲まれて嫌味を言われることも、
カミーユ様に呼び出されて説教されることも本当にわずらわしくて、
オデットに仕返しでもしようかと思ったけれど、
人質になっている母様に何かあるかもと思うとそれもできなかった。

結果的にカミーユ様との婚約が解消になってほっとした。
あんなにオデットの話だけを信じて責めてくるような人と、
形だけでも夫婦になってやっていけるとは思えなかったから。

いつ国王に呼び出されるんだろうか。
どうしても婚約しなければいけないのなら、
次はもう少し話し合いができる人ならいい。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

婚約破棄の前日に

豆狸
恋愛
──お帰りください、側近の操り人形殿下。 私はもう、お人形遊びは卒業したのです。

【完結】返してください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと我慢をしてきた。 私が愛されていない事は感じていた。 だけど、信じたくなかった。 いつかは私を見てくれると思っていた。 妹は私から全てを奪って行った。 なにもかも、、、、信じていたあの人まで、、、 母から信じられない事実を告げられ、遂に私は家から追い出された。 もういい。 もう諦めた。 貴方達は私の家族じゃない。 私が相応しくないとしても、大事な物を取り返したい。 だから、、、、 私に全てを、、、 返してください。

夜会の顛末

豆狸
恋愛
「今夜の夜会にお集まりの皆様にご紹介させてもらいましょう。俺の女房のアルメと伯爵令息のハイス様です。ふたりはこっそり夜会を抜け出して、館の裏庭で乳繰り合っていやがりました」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

処理中です...