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――何度も繰り返し、腕を切られた。
腕の下に金属製のボウルを置いて、その中にお互いの血を溜めて行く。
「あ、あ、ううぅ……」
皮膚を切られる感覚にゾクゾクする。
手首に感じる痛みに冷や汗が吹き出して、血が足りてないのか頭がクラクラした。
傷口から垂れ流される俺の血が、恋の腕に滴り落ちて、
同じように切られた恋の傷口へ、俺の血がじわりと染み込んで行く。
お互いの血が混じり合い、どちらのものか分からなくなる。
「ふふふ…… たのしいねぇ……!!
ボクらの血が混じり合うのって興奮しない?
どっちの血だか分からなくなって、ひとつになって」
「うう、意味分かんねーよぉ……
こんなのが楽しいのか……?」
「ウン、ボクは凄くたのしいよ」
「頭、おかしいって……」
「ねえ、キミもボクの腕切って」
「…………」
カミソリを恋の肌に当てる。
そうして言われた通りに恋の皮膚を切った。
カミソリの刃を押し当てて、少し皮膚に食い込ませて、そのままスライドさせる。
他人の皮膚を切るなんてなんだか気持ち悪くて、身体がぞわぞわした。
それでも俺に出来る恩返しがこれしかないのなら、やるしかない。
俺はとにかく恋の機嫌を損なうのが怖かった。
何か気に障る事をして、借金をなんとかしてくれなくなったらまずい。
それにこの家を追い出される事も勘弁願いたい。
俺は家がなく、最近はずっと漫画喫茶や安いホテルを転々としていた。
決して快適とは言えない生活だったので、此処を追い出されたくない。
情けなくって実家にも帰れない。母に会わす顔がない。
俺は行き場がない。此処に居たい。
だから変な命令でも、我慢して従わなければならない。
恋に見捨てられたくない。
恋に見捨てられたら、今度こそ俺は…………
「はあ…… キモチイィ……
ねえ、このままボクのコト殺してよ」
「え……」
「ボク、死ぬのが楽しみなんだ。
死ぬってどんな感じなんだろうねぇ?
痛いのかな。苦しいんだろうな。寒いんだろうな。冷たいんだろうな。寂しいんだろうな。
生きるって残酷だよね。きっと楽な死なんてないのに、人間として生を受けたらその時点でもう死が確定してるんだよ?
それなのに何故人間は人間を生み出してしまうのだろうね!」
興奮しきった恋は、息を荒くして話し続ける。
「セックスなんていう目の前の快楽だけに任せて子供を作るのは愚かだと思わないかい?
産まれた瞬間にもう死という運命からは逃れられない事が確定しているのに。
我が子にそんな残酷な運命と恐怖を背負わせて一体何が嬉しいのか楽しいのか幸福なのか。
確定で訪れる『死』までの『生』にそれほどの価値があると思う?
ねえ、愛貴クン、キミはどう思う?」
「わ、分かんねぇよ……! こ、ここ怖いよお前……!!
なあ、も、もう辞めようぜ……?」
「殺してくれないの?」
「こ、殺すわけないだろ!
俺、行き場がなくて、一人ぼっちで、どうしようもなくて……
頼れる人もいなかったところにお前に会えて嬉しかったのに!
それなのに殺すってなんだよ! 殺すわけないだろ!
死なないでくれよ…… 一人にしないで……もう一人は嫌だよ……」
「………………」
「う、ぐす、恋……」
色々な感情が痛みと混じり合って、俺はいつの間にか泣いていた。
涙が溢れて、目の前の赤がぼやけ出す。
「フフ……ふふふふふふふ、かーわいい……」
「え……」
「泣いちゃってぇ、かぁわいいんだぁ……」
「れ、ん……?」
「ああ、かわいい、かわいい、かわいいボクのペット……
たくさん泣いておくれ。泣き顔も死に顔もボクだけに見せてくれよ。
キミが可愛くある限り、ボクはキミを見捨てたりしないからだいじょーぶだよぉ……」
「…………っ、こ、こ、ここ怖い……!!」
「? 何が怖いの? 何も怖いコトなんてないだろう?
ああ、愛貴クン、腕が傷だらけだね、かわいそう……」
「カワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウ、
カワイソウ! 誰がこんなコトを!? 許せないよ!」
「お前だよ!!!」
「ボク!? はっ、ハハハ! そうだね! ボクだったね! アッハハハハハ!
愛貴クンを傷付けるボクはなんて悪いヤツなんだ! 自分が許せないよ! アハハ!
ねえ! ボクなんかもうさっさと殺したほうがいいよ!
ボクを殺してよ愛貴クン!!」
――怖すぎるだろ……!
――恋は、怖い。俺は恋が怖い。
まず笑ってるのに笑ってない笑顔が怖いし、瞳孔の開いたような目も怖い。
ずっと見てたら殺されそうだ。
何を考えてるのか、何も考えてないのか分からないし。
本能のままに、後先考えずに生きてる感じも恐ろしい。
恋の考えとか、素性とか、家庭環境とか、そういう事は何も分からない。
けれどコイツの頭のネジが、100本くらい外れている事だけは確かだ。
だけど嫌いじゃない。勿論、好きでもないけれど。
好きや嫌いでは測れない感情が、俺の中にあるような気がした。
腕の下に金属製のボウルを置いて、その中にお互いの血を溜めて行く。
「あ、あ、ううぅ……」
皮膚を切られる感覚にゾクゾクする。
手首に感じる痛みに冷や汗が吹き出して、血が足りてないのか頭がクラクラした。
傷口から垂れ流される俺の血が、恋の腕に滴り落ちて、
同じように切られた恋の傷口へ、俺の血がじわりと染み込んで行く。
お互いの血が混じり合い、どちらのものか分からなくなる。
「ふふふ…… たのしいねぇ……!!
ボクらの血が混じり合うのって興奮しない?
どっちの血だか分からなくなって、ひとつになって」
「うう、意味分かんねーよぉ……
こんなのが楽しいのか……?」
「ウン、ボクは凄くたのしいよ」
「頭、おかしいって……」
「ねえ、キミもボクの腕切って」
「…………」
カミソリを恋の肌に当てる。
そうして言われた通りに恋の皮膚を切った。
カミソリの刃を押し当てて、少し皮膚に食い込ませて、そのままスライドさせる。
他人の皮膚を切るなんてなんだか気持ち悪くて、身体がぞわぞわした。
それでも俺に出来る恩返しがこれしかないのなら、やるしかない。
俺はとにかく恋の機嫌を損なうのが怖かった。
何か気に障る事をして、借金をなんとかしてくれなくなったらまずい。
それにこの家を追い出される事も勘弁願いたい。
俺は家がなく、最近はずっと漫画喫茶や安いホテルを転々としていた。
決して快適とは言えない生活だったので、此処を追い出されたくない。
情けなくって実家にも帰れない。母に会わす顔がない。
俺は行き場がない。此処に居たい。
だから変な命令でも、我慢して従わなければならない。
恋に見捨てられたくない。
恋に見捨てられたら、今度こそ俺は…………
「はあ…… キモチイィ……
ねえ、このままボクのコト殺してよ」
「え……」
「ボク、死ぬのが楽しみなんだ。
死ぬってどんな感じなんだろうねぇ?
痛いのかな。苦しいんだろうな。寒いんだろうな。冷たいんだろうな。寂しいんだろうな。
生きるって残酷だよね。きっと楽な死なんてないのに、人間として生を受けたらその時点でもう死が確定してるんだよ?
それなのに何故人間は人間を生み出してしまうのだろうね!」
興奮しきった恋は、息を荒くして話し続ける。
「セックスなんていう目の前の快楽だけに任せて子供を作るのは愚かだと思わないかい?
産まれた瞬間にもう死という運命からは逃れられない事が確定しているのに。
我が子にそんな残酷な運命と恐怖を背負わせて一体何が嬉しいのか楽しいのか幸福なのか。
確定で訪れる『死』までの『生』にそれほどの価値があると思う?
ねえ、愛貴クン、キミはどう思う?」
「わ、分かんねぇよ……! こ、ここ怖いよお前……!!
なあ、も、もう辞めようぜ……?」
「殺してくれないの?」
「こ、殺すわけないだろ!
俺、行き場がなくて、一人ぼっちで、どうしようもなくて……
頼れる人もいなかったところにお前に会えて嬉しかったのに!
それなのに殺すってなんだよ! 殺すわけないだろ!
死なないでくれよ…… 一人にしないで……もう一人は嫌だよ……」
「………………」
「う、ぐす、恋……」
色々な感情が痛みと混じり合って、俺はいつの間にか泣いていた。
涙が溢れて、目の前の赤がぼやけ出す。
「フフ……ふふふふふふふ、かーわいい……」
「え……」
「泣いちゃってぇ、かぁわいいんだぁ……」
「れ、ん……?」
「ああ、かわいい、かわいい、かわいいボクのペット……
たくさん泣いておくれ。泣き顔も死に顔もボクだけに見せてくれよ。
キミが可愛くある限り、ボクはキミを見捨てたりしないからだいじょーぶだよぉ……」
「…………っ、こ、こ、ここ怖い……!!」
「? 何が怖いの? 何も怖いコトなんてないだろう?
ああ、愛貴クン、腕が傷だらけだね、かわいそう……」
「カワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウカワイソウ、
カワイソウ! 誰がこんなコトを!? 許せないよ!」
「お前だよ!!!」
「ボク!? はっ、ハハハ! そうだね! ボクだったね! アッハハハハハ!
愛貴クンを傷付けるボクはなんて悪いヤツなんだ! 自分が許せないよ! アハハ!
ねえ! ボクなんかもうさっさと殺したほうがいいよ!
ボクを殺してよ愛貴クン!!」
――怖すぎるだろ……!
――恋は、怖い。俺は恋が怖い。
まず笑ってるのに笑ってない笑顔が怖いし、瞳孔の開いたような目も怖い。
ずっと見てたら殺されそうだ。
何を考えてるのか、何も考えてないのか分からないし。
本能のままに、後先考えずに生きてる感じも恐ろしい。
恋の考えとか、素性とか、家庭環境とか、そういう事は何も分からない。
けれどコイツの頭のネジが、100本くらい外れている事だけは確かだ。
だけど嫌いじゃない。勿論、好きでもないけれど。
好きや嫌いでは測れない感情が、俺の中にあるような気がした。
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