まいすいーとえんじぇる

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――5日目……


今日は久しぶりに母親が休みで、朝から家に居た。
なんだか顔を見るのすら、久しぶりな気がする。

「お、お母さん……」

綺麗にラッピングしたカップケーキを後ろ手に隠し、おそるおそるソファに座っている母親に声を掛ける。

「莉子……」

「あの、ね……」

「はあ…………分かってるわ」

「……へ?」

「学校の事でしょ?」

「え? ち、違ッ……」

「学校、辞めるの?
 お友達と上手くいってないとか、勉強が辛いとか、莉子も色々あるんだろうから今まで事情は聞かないでいたし、聞くつもりもないわよ。莉子の人生だしね」

「…………」

「とにかく行きたくないなら、無理に行かなくてもいいわ。
 でもね、辞めるならちゃんと働きなさい。
 今のまま家でだらだらしてるだけってのはダメよ」

「…………ッ、私だって、好きで家に居る訳じゃない!!」

母親の言葉にカッとなって、怒鳴り声をあげる。
無意識に手に力が入って、せっかく作ったカップケーキが潰れるのが分かった。


「好きで学校行かない訳じゃない! 好きでバイトすら出来ないようになった訳じゃない!!
 誰もがみんな、お母さんみたいに普通に生きていける訳じゃないんだよ!!」

「莉子、学校で虐められてるの?」

「違う! 別にそういうわけじゃない」

これは本当だ。
私はただ、世間から「浮いている」。
まともな友達がいない。独りぼっち。それだけだ。
それだけなのに、それがひたすら辛かった。
一層の事いじめられている方がマシだとすら思う。
そうすれば、いじめられている、という事を言い訳にできるから。

「莉子、正直に言いなさい。
 いじめられてるなら、転校とか……」

転校したって同じだ。
私は他人と仲良くなれないんだから。
私は根本的に、人間という生き物が嫌いなのだ。
人間はみんな、自分勝手でエゴイスト。
例外なくそうだ。私自身だってそうだ。
私は、人間が嫌いな癖に、誰かに好かれたくて、嫌われたくなくて、
自分の意見を押し殺して、他人に合わせて生きている。
ずっとそうして、良い人のふりをしてきた。
ひねくれものの私が、良い人になんてなれるわけがないのに。
そんな人間を誰も信用してくれるわけがない。
好きになってくれるわけがない。
浮いて当然だった。

「莉子」

「うるさい! もういいよ! 大嫌いだ!
 なんで私なんか産んだの!?
 私、普通に生きれないなら、産まれて来ないほうがマシだった!
 産まなきゃよかったんだよ!!」

「莉子……!!」

私は母に背を向け、自室へ駆け込んだ。




自室に鍵をかけ、閉じこもる。
外の世界から逃げ出す。

「はぁ……はぁ……」

「莉子、さん……」

「クソッ……!」

手に持っていたカップケーキを、床に思いっきり叩きつける。

「莉子さん……!?」

「こんなものっ……!」

「…………っ!?」

潰れかけていたケーキを足で踏みつけて、完全に潰す。
全てのストレスをぶつけるように、何度も何度も踏みつけた。

「莉子さん、やめて!莉子さん!」

「うるさいな!!」

柔らかいケーキがぐちゃぐちゃになっていく。
綺麗だったラッピングが、醜く歪んでいく。
自分でやった癖に、その潰れたケーキを見て涙が止まらなくなった。

「お母さんには分かんないんだッ! 私の気持ちなんか!
 もうやだよ! さっさと殺してよ! アンヘル!」

「莉子さん……」

「なんで私はこんななの? なんでこんなに苦しいの!?
 どうして臆病なの! どうして素直に生きれないの!?
 なんで、私は……!!」

ケーキを何度も踏みつけながら、滅茶苦茶に叫んだ。
自分が自分で制御できない。
頭が痛い。気分が悪い。

「はぁ……はっ……っ」

叫び疲れて、その場にへたり込む。

アンヘルが泣きそうな顔で私を見ている。

――そんな顔をさせてごめんね、アンヘル。

そんな些細な言葉すら、口に出せない自分が嫌だった。
どうでもいい事、言っちゃいけない事は簡単に口にできるのに、
言わなきゃならない事を口に出すのは、どうしてこんなに難しいのだろう。
布団の中でアンヘルにしがみ付いて、目を閉じる。
涙が止まらない私を、まるであやす様にアンヘルは優しくしてくれた。
その優しさに素直に甘える事にした。
私は、アンヘルになら素直になれる。
それはきっと、アンヘルに対しては変に取り繕う必要がなかったからだ。
アンヘルが怪しくて変な奴だったから。電波だと思ったから。
そんな奴に好かれる必要はないと思ったから。
だから、素の自分で接する事が出来たんだ。



――ドンドン


さっきから、部屋のドアを叩く音がうるさい。


「莉子、開けなさい」


――お父さんの声だ。

父とは、母以上に顔を合わせていない。
久しぶりに声を聞いた気がする。

「莉子、話をしよう」

無視して、アンヘルの柔らかい胸に顔を埋める。
アンヘルは何も言わずに私を抱きしめてくれた。
温かくて、柔らかい。良い匂いがする。
私を迎えに来てくれたのが、アンヘルで良かった。
アンヘルの腕の中で死ねるのなら、本望だ。
心の底から、そう思う。
こいつには嫌われたって構わない。
仲良くしたって得がなさそう。どうでもいい。
そう思って適当に接していた相手を、今は凄く愛しく思っている。
皮肉なもんだ。
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