まいすいーとえんじぇる

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家に帰って来て、適当に夕食を食べて、一人でお風呂へ入る。
両親は共働きで、子供の時から家には一人で居る事が多かった。
明らかに怪しいアンヘルをすんなり受け入れてしまったのは、寂しかったからなのかもしれない。
実際、今日は一緒に出かけて楽しかった。

「でも……駄目だ……」

お風呂に一人でいると、不安が押し寄せてくる。
一層の事、鬱病や統合失調症にでもなれたらいいのに。
そうすれば病気を逃げ道にできるのに。
そんな浅はかな考え方をしてしまう自分が嫌いだ。
どうしようもなくもやもやして、気が付けば無意識のうちに剃刀を手にしていた。
そのまま剃刀を手首に宛がって、力を込めて横にスライドさせる。
傷口から血がぷつぷつと浮き出てくる。
手首を切るくらいで死ねたら楽なのに。
人間は変に丈夫で嫌だ。
だんだん指先が冷えてきて、感覚がなくなってくる。
頭がくらくらする。目が霞む。

死ぬ時は、きっとこれの何倍も辛い。

――死ぬのが、怖い。





「ふぃー、おまたー」

切った腕を適当に治療して、なんでもない顔をして部屋へ戻る。
アンヘルの顔を見たら少しだけ安心した。
得体の知れない不思議少女に安心感を覚えるなんて、おかしな話だ。

「あーあ、風呂って疲れるー」

「莉子さん」

「あん?」

「…………血の臭いがします」

「え……?」

「お風呂で怪我でもしました?」

「怪我なんかしてないよ。
 っていうかなんだ臭いって! 獣か!?」

「天使の嗅覚は人間の一億倍ですから。ごまかせませんよ。
 莉子さん、どうして嘘をついたんですか。
 治療して差し上げます。患部を……」

「……嘘ついてごめんね。
 でも自分で一応消毒とかしたし大丈夫だよ」

「莉子さんがしっかりした治療をしている筈がないじゃないですか。見せてください」

「もー、しつこい。やだってば」

「…………莉子さん」

「ごまかそうとしたのは謝るけど、本当に大したことないから」

「そうですか……」

「うん」

「…………あの、一個質問、いいですか?」

「何?」

「あの、莉子さん、死にたいって言ってましたけど、何故ですか?」

「まーたそういう系の話?
 自分なんか生きてたって仕方ないって思う人だって居るんだよ。
 元々日本は自殺国だよ。珍しいことじゃないでしょ」

「それに、悲しんでくれる人がいるうちに死んだ方が幸せでしょ?
 若いうちのほうが、悲しんでくれる人いっぱい居そうじゃん。
 このまま親の脛かじりながらだらだら生きて、それから死んでもさ……
 やっと死んでくれたかって思われるだけで、泣いてくれる人誰もいないよ。
 そうなる前に死にたいのさ、私は」






「…………もう寝るね。おやすみ」

「…………はい。おやすみなさい」

相変わらず無表情のアンヘルを無視して、電気を消し、布団にもぐる。

入ったばかりの布団は、当然ながらまだひんやりと冷たい。

「…………ねえアンヘル」

「なんですか」

「あんた、夜の間っていつもどうしてんの?
 天使って寝るの?」

「寝れますが、寝なくても問題はないです。
 ここ二日は莉子さんの漫画とか教科書を勝手に読んで過ごしてます」

「そうなんだ……」

「教科書はともかく、漫画は汚さないでよね」

「はいはい」

「…………ねぇ」

「はい」

「一緒に寝ようよ」

「はぁ?」

「寒いんだ。あっためてよ」

「…………莉子さん、甘えんぼさんです」

布団を捲り、アンヘルが入ってくる。
入って来たアンヘルに身を寄せて、温もりを感じた。

「あ……凄い。
 天使って、あったかいんだ」

「そうでしょうか」

「うん。しかもなんか良い匂いする。甘い匂い。お菓子みたい。お腹減った」

「早く寝てください」

「うん。久しぶりによく寝れそう。おやすみ、アンヘル」

「はい、おやすみなさい。莉子さん」

アンヘルの身体は柔らかくて温かくて、良い匂いがして、とても女の子らしかった。
それに比べて私は、痩せてて骨っぽくて、アンヘルに「血の臭いがする」なんて言われてしまう。
私も普通の女の子らしくいられたなら、もっと違う人生を歩めたのかもしれない。

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