サイハテイネイブラー

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――放課後、光の家に寄った。
憂欝な気持ちを抱えたまま光に会った。


「あの、さ……」
「ん?なに?」


ボクの『告白』以来、光は口数が増えたように思う。
それだけでなく、口調も声もなんだか柔らかく穏やかになった。
ボクに怒鳴り暴言を吐く事はなくなった。


「……金、貸してくんねー?」
「……ッ、うん、うん!いいよ!いくら?一万くらい?」

――光がボクを頼ってくれた!
しかも金銭面で。
長い付き合いだけど金を貸してくれと頼まれた事は初めてだ。
頼られて嬉しい。
光の役に立てるのなら五万でも十万でも貸してあげる。


「い、一万も要らねぇよ。さ、三千円くらい……?」
「いいよ、はい」


財布から金を抜き出して、光に差し出した。
光はそれを素直に受け取ってくれた。


「ごめん、いつか絶対返すから……」
「返さなくていいよ。あげる」
「…………ホント悪い。ち、ちょっと……床屋?
 ってか、その、び、美容院?に行きたくてさ」
「え……髪、切るんだ?」
「…………うん」
「……急にどうしたの?」


――光に美容院なんてハードルが高いのでは?
少なくとも一人では無理だろう。
ボクが一緒に行ってあげたいけれど、嫌がるだろうか。


「え、いや、そ、その……が、学校……行こうかなって思って…………」

「……………………え?」


心臓がドクン、と大きく跳ねた。
汗がぶわっと噴き出して来る。


「こないだ学校から電話があってさ……
 テストだけでも受けないかって言われて……
 ほんとに行くなら髪少し整えたほうがいいだろ……」
「光、どうしたの?」
「どうって……?」
「光、最近ちょっと変だよね……」
「…………」
「あんなに外行くの嫌がってたのにさ……ほんとどうしたの?」
「な、なんだよ……お、俺が学校行くの、嫌なのかよ?」


――嫌?


…………

そうだよ、嫌なんだよ、ボクは嫌なんだ、気に入らないんだ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
嫌だからこんなに息が苦しくなって心臓がドクドクしてるんだよ。

ああ目眩までして来た。このまま気を失ってしまいそうだ。
頭から血の気が引いて行くのが分かる。

「ひ、ひか……ひか、る、が、学校なんて、行かなくて、いいんだよ?
 ず、ずっとさ……ずっと……この部屋に居ようよ。
 家の中なら安全だし、こないだみたいに誰かに会う事もないよ?」
「そうだけど……でも……
 本当はずっと思ってたんだ。分かってたんだ。引き籠りなんて続けても良い事ないって。
 いつまでも続けられる事じゃないって。
 将来への不安だってあるし……」
「光は将来の事なんて考えなくていいんだよ、ボクが光の分まで働くから。
 光がニートになってもボクが全部面倒見るから。お金の心配とかしなくていいから」
「高幸……」
「だ、だから、ひかる……これ以上、成長……しない、で……お願い、だよ……」


光が学校へ行って、ボク以外の友達と笑いあっている姿を想像してしまう。
吐き気がした。
もし光がこのまま成長し続けて『普通』になってしまったら……
ボクを必要としなくなってしまったら……
それを考えると、涙が溢れて止まらなかった。
視界がぼやける。
光の顔も見えなくなってしまう。



「ひ、かる……」
「高幸……お前は……本当は…………」
「そ、外に出なければ、傷付く事もないじゃないか!
 こ、こな、こないだ、公園でクラスメイトに会って、色々言われて傷付いただろ!?
 が、学校に行ったら今度はもっと酷い事を言われるかもしれないんだぞ!?
 それでもいいのか!?怖くないのかよ!?」

「…………怖いよ。でも…………」
「ダメだよ!!」


光は弱くて惨めで可哀想なんだ。
ボクに依存じていて、ボクが居なければ何も出来ない。
ボクが世話を焼いて、守ってやらなくてはならない存在。
そんなか弱い存在なんだ。
こんな風に自分の意思を決して曲げないヤツじゃない。
こんな光は嫌だ。ダメだ。気が狂いそうだ。


「ダメ、ダメ!!お願いだから、ボクの側から離れるんじゃない!!」
「…………」
「はあ……はっ、はあ……」


――どうしよう……

どうしたら光を繋ぎとめておける?

どうしたらボクの好きな光のままで居てくれる?


――そうだ……




――…………殺そう。

――殺してしまえばいい。


そうすれば光はこれ以上成長しない。
ずっとダメで惨めな光のままで居てくれる。
ボクを必要とする、ボクに依存してくれる、弱い光。
ボクは光が好きだ。大好きだ。
ボクの大好きな光のままで居て欲しい。
変わらないで欲しい。



――ボクは、光が、好き……?



――本当にそうだった?



ボクの光に対する想いは、純粋な好意だけだった?
もうそれすらも分からない。


――分からない、けど……でも……


――やるしかない。

もうそれしかない。

それしか方法がない。

そうしないとボク自身がどうにかなってしまいそうだ。




ボクはベッドに光を押し倒した。


「うぁ……何っ……」


そして光に馬乗りになって動きを封じた後、不健康な白さの首に手を掛ける。


「うぐっ……!?」


喉仏を潰す様に親指に力を込めた。
ボクはこれから、光を殺す。
殺すんだ。
こんな光はもう要らない。
だから殺す。殺してやる。


「たか、ゅ……き……っ、うぅっ」


光は苦しそうに呻き声を上げた。
光の口の端から唾液が零れてボクの手を濡らす。


「……うッ……っ」


光の手がボクの手に触れる。
抵抗しようとしてるのだろうか?


「………………ッ、だい、じょ……ぶ、だよ……げほっ、はっ」
「…………ッ!?」


――光、今、なんて?


「だいじょ、ぅぶ、だから……ッ、ぐっ……」


光はあやす様な口調でそう言った。
光の手はボクの手を優しく摩っていた。


「あ……あ…………あ…………」

「だい、じょう、ぶ……怖くない、よ……」

「うわああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


ボクは光の上から素早く退いて、荷物も持たずに光の部屋を飛び出した。
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