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8 イイモノ
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夏生が学校を休んで一週間ほどが過ぎたころだった。
もう七月も中旬を過ぎ、夏休みを目前に控えている。
太陽はぎらぎらと輝き、俺の肌を焼く。
暑い中を、一人で下校しているとき、夏生に出会った。
夏生は学校へ来ていないのに、当然のように制服を着ていた。
夏生の私服姿なんか、思い出せない。
数回程度は見たことがあったのかもしれないが、俺の記憶の中の夏生はいつだって制服だ。
「夏生……?」
夏生は明らかに様子がおかしかった。
目の焦点が合っておらず、何処かぼんやりとしているようで。
目の下にクマも出来、寝ていないのかもしれなかった。
「夏生、どうした?」
「八重? ああ、八重か……あのね……
僕、おじさんにイイモノ貰っちゃったんだ。
だからもう八重なんか要らない。八重が居なくたっていいから、もう死んでいいよ」
「おじさん? イイモノ?」
「これ」
「なに、それ……」
夏生が通学用の鞄から、注射器を取り出す。
血液検査の時に見るような、正真正銘の注射器だった。
なんで夏生がそんなものを持っているのか分からない。
「これ、きもちよくなれるの。いいでしょ。あげないよ。僕のだから」
「夏生……」
よく分からなかったけれど、それがいけない物だってことは分かった。
後ほど警察から聞いたが、やはりアレは麻薬の類いだったらしい。
しかも安価で出回っている、とても質の悪いもの。
麻薬に良いも悪いもないと思うけれど、特に依存性や危険度の高いもの。
「誰から貰ったんだよ。おじさんって?」
「知らないおじさんだよ。
セックスしたらいいものくれる。上手く出来たらたくさんくれる。
だから僕、がんばったんだよ。この薬注射すると頭がふわふわして空が飛べるんだよ」
「知らない人と会っちゃダメだよ」
「じゃあ八重が僕とセックスしてよ。八重がしてくれないからおじさんとしたんだよ。
ぜんぶ八重のせいだよ!」
「そんな……」
「八重、好きだよ。好きなんだ。愛してる。
勘違いとかじゃないんだ。違うんだ……。
おじさんとするの、すごく痛いんだ。気持ち悪いんだ。
入るわけないのに無理やり入れられるんだ。
飲みたくないのに吐くと怒られるんだ。おじさんの機嫌を取らないと薬貰えないんだ」
夏生が、俺に一歩、歩み寄ってくる。
その歩みはふらふらとしていて、不安定だ。
みんみん蝉の声が耳に強制的に入って来て、不快だ。
「朝帰りしたらお父さんに殴られた。
はやく朝ご飯用意しろって怒鳴られた。
お母さんの新しい家へ行ってみたら僕じゃない子供が居た。
お母さんはもう僕のお母さんじゃなかった。
僕は何処に居ればいいの? 何処でなら安心して眠れるの。
ああ、薬が、あ、あ、切れて来た、はあっ。
また、おじさんのところに行かなくちゃ……。
……八重……………………たすけて」
夏生の手から注射器を奪い、それを近くに流れる川へ放り捨てた。
ぽちゃんと音を立てて、注射器は川へ沈む。
「なッ……なにするのぉ……!?」
アレがないと、僕……ッ!!」
夏生の虚ろで濁った瞳にぶわっと涙が浮かび、零れる。
そんなことで夏生を救えるわけないのに、無責任なことをしてしまった。
「酷いよ! ひどい、ひどい!
八重なんかだいきらいだ!!
死んじゃえ!! 死ね!! 死ね!!」
「お、俺だって……!
俺だってお前なんか大嫌いだ!!!
ずっとウザいって思ってた!! 大嫌いだ!! お前のほうこそ死ねよ!!」
怒り出した夏生が怖くって、自分も感情的に怒鳴り、俺はまた逃げ出した。
背を向けて、振り向かずに、逃げてしまった。
あの時の俺の言葉が、どれほど深く夏生を傷付けたことか。
感情に任せて大嫌いだなんて、言わなければ良かった。
もう七月も中旬を過ぎ、夏休みを目前に控えている。
太陽はぎらぎらと輝き、俺の肌を焼く。
暑い中を、一人で下校しているとき、夏生に出会った。
夏生は学校へ来ていないのに、当然のように制服を着ていた。
夏生の私服姿なんか、思い出せない。
数回程度は見たことがあったのかもしれないが、俺の記憶の中の夏生はいつだって制服だ。
「夏生……?」
夏生は明らかに様子がおかしかった。
目の焦点が合っておらず、何処かぼんやりとしているようで。
目の下にクマも出来、寝ていないのかもしれなかった。
「夏生、どうした?」
「八重? ああ、八重か……あのね……
僕、おじさんにイイモノ貰っちゃったんだ。
だからもう八重なんか要らない。八重が居なくたっていいから、もう死んでいいよ」
「おじさん? イイモノ?」
「これ」
「なに、それ……」
夏生が通学用の鞄から、注射器を取り出す。
血液検査の時に見るような、正真正銘の注射器だった。
なんで夏生がそんなものを持っているのか分からない。
「これ、きもちよくなれるの。いいでしょ。あげないよ。僕のだから」
「夏生……」
よく分からなかったけれど、それがいけない物だってことは分かった。
後ほど警察から聞いたが、やはりアレは麻薬の類いだったらしい。
しかも安価で出回っている、とても質の悪いもの。
麻薬に良いも悪いもないと思うけれど、特に依存性や危険度の高いもの。
「誰から貰ったんだよ。おじさんって?」
「知らないおじさんだよ。
セックスしたらいいものくれる。上手く出来たらたくさんくれる。
だから僕、がんばったんだよ。この薬注射すると頭がふわふわして空が飛べるんだよ」
「知らない人と会っちゃダメだよ」
「じゃあ八重が僕とセックスしてよ。八重がしてくれないからおじさんとしたんだよ。
ぜんぶ八重のせいだよ!」
「そんな……」
「八重、好きだよ。好きなんだ。愛してる。
勘違いとかじゃないんだ。違うんだ……。
おじさんとするの、すごく痛いんだ。気持ち悪いんだ。
入るわけないのに無理やり入れられるんだ。
飲みたくないのに吐くと怒られるんだ。おじさんの機嫌を取らないと薬貰えないんだ」
夏生が、俺に一歩、歩み寄ってくる。
その歩みはふらふらとしていて、不安定だ。
みんみん蝉の声が耳に強制的に入って来て、不快だ。
「朝帰りしたらお父さんに殴られた。
はやく朝ご飯用意しろって怒鳴られた。
お母さんの新しい家へ行ってみたら僕じゃない子供が居た。
お母さんはもう僕のお母さんじゃなかった。
僕は何処に居ればいいの? 何処でなら安心して眠れるの。
ああ、薬が、あ、あ、切れて来た、はあっ。
また、おじさんのところに行かなくちゃ……。
……八重……………………たすけて」
夏生の手から注射器を奪い、それを近くに流れる川へ放り捨てた。
ぽちゃんと音を立てて、注射器は川へ沈む。
「なッ……なにするのぉ……!?」
アレがないと、僕……ッ!!」
夏生の虚ろで濁った瞳にぶわっと涙が浮かび、零れる。
そんなことで夏生を救えるわけないのに、無責任なことをしてしまった。
「酷いよ! ひどい、ひどい!
八重なんかだいきらいだ!!
死んじゃえ!! 死ね!! 死ね!!」
「お、俺だって……!
俺だってお前なんか大嫌いだ!!!
ずっとウザいって思ってた!! 大嫌いだ!! お前のほうこそ死ねよ!!」
怒り出した夏生が怖くって、自分も感情的に怒鳴り、俺はまた逃げ出した。
背を向けて、振り向かずに、逃げてしまった。
あの時の俺の言葉が、どれほど深く夏生を傷付けたことか。
感情に任せて大嫌いだなんて、言わなければ良かった。
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