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4 猫の死
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仕方なく、夏生と一緒に神社へ行った。
ギンはいつものように神社に居てくれて、俺を見つけるとすぐにすり寄って来た。
俺に懐くギンは本当に夏生のようだった。
俺には夏生が猫に見えたんだ。
「これがギン?」
「ああ。かわいいだろ?」
「全然かわいくない」
「かわいいよ」
「何処が? こんなやつ、臭いし汚いよ」
「……かわいいよ」
「ふーん」
――失敗した、と思った。
嫌な予感がして、脂汗が額に滲む。
少しずつ、鼓動が速くなっていく。
夏生は不機嫌な顔をして、がさごそと自分の通学鞄を漁っている。
そして鞄から、ナイフを取り出した。
俺はぞっとして、慌ててギンを抱える。
ふかふかの毛並みのギンを、守るように抱き込む。
「だ、だめだ、ギンは…… 猫を殺しちゃダメだ!」
「今まではそんなこと言わなかったじゃん。
僕が猫や虫を殺してもそんなこと一度も言わなかった。その猫が特別なの?
そんなに大事な猫なの?」
「だって……」
夏生に似てると、思ったから……。
その言葉は、声に出さずに飲み込んだ。
唾液と一緒に飲み込んで、心の奥に仕舞い込んだ。
口にしたら、もっと機嫌を損ねてしまうと思ったから。
「とにかく、殺すな。やめてくれ」
「僕は殺さないよ。君が殺すんだよ」
「…………え?」
夏生がなにを言っているのか分からなくて、彼の顔をじっと見つめる。
夏生の端正な顔には、なんの表情も浮かんでいなかった。
無表情で、俺へとナイフを差し出してくる。
「やれないなら、もう要らない」
「は?」
「お前なんか要らないって言ってるんだよ。
僕の言うこと聞かない友達なんか要らない! お前なんか友達じゃない!」
「なつ、お……」
当時の俺は、夏生から見放されるのが怖かった。
がっかりされるのが、恐ろしかった。
どんなに束縛されても、夏生の友達で居たかった。
きっと俺は自分が、浮世離れした美貌と雰囲気を持つ夏生の友達であることに
一種の優越感みたいなものを感じてしまっていたのだと思う。
俺の幼さ故か、それにアイデンティティを見出して、
自分が特別な人間になったような気がして……。
今思い返せば、なんて愚かで馬鹿なのかと飽きれる。
夏生は決して特別な人間などではなかったし、俺だってただの子供に過ぎなかった。
夏生から握らされたナイフを、銀色の猫に突き立てた。
刃が皮膚を破り貫く感覚が、今でも手に残っている気がする。
ふかふかのグレーの毛並みが、血で赤く染まっていく。
心の中でごめん、ごめん、と謝りながら、夏生に似た猫を殺していく。
だけど猫は簡単には死ななかった。
妙なうめき声を発しながら手足を動かし、まだ生きようともがいている。
苦しませて、ごめんな。
楽に殺してやれなくて、ごめんなさい。
夏生と一緒に虫を殺したことは何度もあったけど、
虫と猫では大違いだった。
同じ命であることに変わりはないのに、なんでこんなに重みが違うんだろう。
本当に、勝手なはなしだ。
虫を何匹殺しても、良心が痛んだことなんかなかったのに。
それなのに、今はこんなに気持ちが悪い。
心の中がもやもやして、頭に黒い空気が淀む。
言い表せない不快感が、腹の底から込み上げてくる。
かわいそうだという感情より、気持ち悪いという不快感のほうが強かった。
生き物を殺すのは、気持ち悪い。
夏生はいつも楽しそうに虫や猫を殺すけれど、有り得ない。信じられない。
こんなの全然、楽しくない。
血なんて見たくない。
断末魔なんて、聞きたくない。
俺が刺した猫、ギンが、血まみれのまま、まだもがいている。
死にかけのギンを、夏生が思い切り蹴り飛ばす。
小さな猫は、軽々と吹っ飛び地面に転がった。
その衝撃で、ギンは死んでしまったようだった。
口から泡混じりの血を吐き出して、それきり動かなかった。
「泣いてんの? 自分で殺した癖に」
「夏生……」
俺がギンをカワイイと思ったのは、夏生に似ていると思ったからなんだ。
本当に、そうだったんだ。それだけだった。
気まぐれで、ワガママだけれど、妖艶で美しくって。
俺にすり寄って来てくれるのが、かわいくって。
ギンを殺して、夏生のことも殺してしまったような気になった。
自分の手で、夏生を殺した……。
俺の中で、夏生が死んでしまった。
そんな風に思えて、とても悲しかったのを覚えている。
動物なんか、もともとは別にそれほど好きじゃなかった。
夏生にギンを会わせなければ良かった。
ギンに餌なんかやらなければ良かった。
猫なんか、放っておけば良かったんだ。
そうすれば、ギンは何処かで勝手に生きて、いずれ死んだだろう。
――俺とは、関係のないところで。
俺が、まだ死ぬ必要のない命を奪ってしまったんだ。
それまでの俺は、夏生の残酷な部分すらも美しいと思っていたところがあった。
それすらも、夏生の魅力だと。
夏生には、真紅の血が似合う、と。
俺はここで初めて、夏生に対して嫌悪感を覚えた。
嫌悪感と、それから恐怖心。
せめて、ギンを殺す前に夏生を嫌悪していれば良かったのに。
残酷な現実に気づくのは、あまりにも遅すぎた。
ギンはいつものように神社に居てくれて、俺を見つけるとすぐにすり寄って来た。
俺に懐くギンは本当に夏生のようだった。
俺には夏生が猫に見えたんだ。
「これがギン?」
「ああ。かわいいだろ?」
「全然かわいくない」
「かわいいよ」
「何処が? こんなやつ、臭いし汚いよ」
「……かわいいよ」
「ふーん」
――失敗した、と思った。
嫌な予感がして、脂汗が額に滲む。
少しずつ、鼓動が速くなっていく。
夏生は不機嫌な顔をして、がさごそと自分の通学鞄を漁っている。
そして鞄から、ナイフを取り出した。
俺はぞっとして、慌ててギンを抱える。
ふかふかの毛並みのギンを、守るように抱き込む。
「だ、だめだ、ギンは…… 猫を殺しちゃダメだ!」
「今まではそんなこと言わなかったじゃん。
僕が猫や虫を殺してもそんなこと一度も言わなかった。その猫が特別なの?
そんなに大事な猫なの?」
「だって……」
夏生に似てると、思ったから……。
その言葉は、声に出さずに飲み込んだ。
唾液と一緒に飲み込んで、心の奥に仕舞い込んだ。
口にしたら、もっと機嫌を損ねてしまうと思ったから。
「とにかく、殺すな。やめてくれ」
「僕は殺さないよ。君が殺すんだよ」
「…………え?」
夏生がなにを言っているのか分からなくて、彼の顔をじっと見つめる。
夏生の端正な顔には、なんの表情も浮かんでいなかった。
無表情で、俺へとナイフを差し出してくる。
「やれないなら、もう要らない」
「は?」
「お前なんか要らないって言ってるんだよ。
僕の言うこと聞かない友達なんか要らない! お前なんか友達じゃない!」
「なつ、お……」
当時の俺は、夏生から見放されるのが怖かった。
がっかりされるのが、恐ろしかった。
どんなに束縛されても、夏生の友達で居たかった。
きっと俺は自分が、浮世離れした美貌と雰囲気を持つ夏生の友達であることに
一種の優越感みたいなものを感じてしまっていたのだと思う。
俺の幼さ故か、それにアイデンティティを見出して、
自分が特別な人間になったような気がして……。
今思い返せば、なんて愚かで馬鹿なのかと飽きれる。
夏生は決して特別な人間などではなかったし、俺だってただの子供に過ぎなかった。
夏生から握らされたナイフを、銀色の猫に突き立てた。
刃が皮膚を破り貫く感覚が、今でも手に残っている気がする。
ふかふかのグレーの毛並みが、血で赤く染まっていく。
心の中でごめん、ごめん、と謝りながら、夏生に似た猫を殺していく。
だけど猫は簡単には死ななかった。
妙なうめき声を発しながら手足を動かし、まだ生きようともがいている。
苦しませて、ごめんな。
楽に殺してやれなくて、ごめんなさい。
夏生と一緒に虫を殺したことは何度もあったけど、
虫と猫では大違いだった。
同じ命であることに変わりはないのに、なんでこんなに重みが違うんだろう。
本当に、勝手なはなしだ。
虫を何匹殺しても、良心が痛んだことなんかなかったのに。
それなのに、今はこんなに気持ちが悪い。
心の中がもやもやして、頭に黒い空気が淀む。
言い表せない不快感が、腹の底から込み上げてくる。
かわいそうだという感情より、気持ち悪いという不快感のほうが強かった。
生き物を殺すのは、気持ち悪い。
夏生はいつも楽しそうに虫や猫を殺すけれど、有り得ない。信じられない。
こんなの全然、楽しくない。
血なんて見たくない。
断末魔なんて、聞きたくない。
俺が刺した猫、ギンが、血まみれのまま、まだもがいている。
死にかけのギンを、夏生が思い切り蹴り飛ばす。
小さな猫は、軽々と吹っ飛び地面に転がった。
その衝撃で、ギンは死んでしまったようだった。
口から泡混じりの血を吐き出して、それきり動かなかった。
「泣いてんの? 自分で殺した癖に」
「夏生……」
俺がギンをカワイイと思ったのは、夏生に似ていると思ったからなんだ。
本当に、そうだったんだ。それだけだった。
気まぐれで、ワガママだけれど、妖艶で美しくって。
俺にすり寄って来てくれるのが、かわいくって。
ギンを殺して、夏生のことも殺してしまったような気になった。
自分の手で、夏生を殺した……。
俺の中で、夏生が死んでしまった。
そんな風に思えて、とても悲しかったのを覚えている。
動物なんか、もともとは別にそれほど好きじゃなかった。
夏生にギンを会わせなければ良かった。
ギンに餌なんかやらなければ良かった。
猫なんか、放っておけば良かったんだ。
そうすれば、ギンは何処かで勝手に生きて、いずれ死んだだろう。
――俺とは、関係のないところで。
俺が、まだ死ぬ必要のない命を奪ってしまったんだ。
それまでの俺は、夏生の残酷な部分すらも美しいと思っていたところがあった。
それすらも、夏生の魅力だと。
夏生には、真紅の血が似合う、と。
俺はここで初めて、夏生に対して嫌悪感を覚えた。
嫌悪感と、それから恐怖心。
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残酷な現実に気づくのは、あまりにも遅すぎた。
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