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1 出会い
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14歳の、八月。
夏休みが始まったばかりの頃、人生で初めて葬式というものに参列した。
みんみんと蝉の鳴き声がうるさかったのを覚えている。
式場は冷房が効いていたが、外はとても暑かった。
その時の蒸すような暑さと、刺すような日光をまだ覚えている。
俺には中学生のころ、宝井夏生という友人が居た。
親友と言うほど純粋に仲が良かったとは思わないが、
不愛想な俺には夏生しか友達が居なかった。
夏生も夏生で、大層変わり者だったから、俺しか友達が居なかった。
お互いがお互いの、唯一の友達だった。
深く想い合っていたわけではないけれど、友達がお互いしかいない。
そんな、妙な関係。それが俺と夏生。
夏生は類い稀な美少年だった。
白く透き通るような肌に、長いまつ毛に縁どられたツリ目……。
筋の通った目鼻立ちは気が強そうな印象を与えるが、それも美貌のうちだろう。
欠点のない完全無欠の容姿を持っていた美少年だったが、
その芸術的とも言える美貌を全て台無しにするほど頭のおかしな男だった。
今となってはもう、俺は夏生のことが好きだったのか嫌いだったのかよく分からない。
――俺と夏生が出会ったのは、中学に上がったばかりのころだ。
始業式から数日しか立っておらず、俺はまだ中学という新しい環境に馴染めずに居た。
放課後、家に帰る途中……。
通学路にある小さな神社の前を通りかかったときの事だった。
本当に小さな神社で、誰も訪れないひっそりとした寂しい場所だった。
その神社から奇声が聞こえた。
最初はその声とも音ともとれない奇声がなんなのか分からなかった。
奇声が聞こえたほうに目をやれば、その音の正体がすぐに分かる。
少年が猫の小さな体を抑え、その痩せた体にカッターナイフを突き立てている。
そんなショッキングな光景が、まだ幼かった俺の目に飛び込んで来た。
カッターナイフを刺された猫は暴れ狂い、奇声を発している。
しかし少年は全体重をかけて猫の首を地面へ抑え込み、猫は逃げられないようだった。
カッターナイフを引き抜けば、血が噴き出て、少年の手を真紅に汚す。
猫の血は少年の頬にまで飛び散って、その血を目で追ってそこで初めて俺はその少年がとても美しいことに気づいた。
少年は中性的で、学ランを着ていなければ、少女に見えたかもしれない。
俺の通う『星彩館学園』は創立から150年も経つ伝統と歴史ある学校で、
現代の学校ではほぼ有り得ない、古臭い学生帽が制服の一部だった。
学生帽の着用は、式典などの時以外は任意だったけれど、
俺は父親から毎日学帽を着用して登校するように命じられていた。
その猫殺しの美少年も、俺と同じ古風な学生帽を被っていた。
だから、俺はその少年が同じ学校の生徒であるとすぐに分かった。
俺がぼんやりしているうちに、猫は動かなくなってしまう。
ひと際大きな奇声を発したあと、びくびくと痙攣して、痩せた猫は絶命した。
猫が絶命したあとに、少年が俺という存在に気付く。
少年の、血の色を映した赤い瞳と目が合う。
気の強そうなツリ目が、俺をじいっと睨んでいる。
その頬には猫の血が付着していて、
俺はその血が、この少年の魅力を引き立てていると思ってしまった。
白に近い色素の薄い肌に、真っ赤な血が映える。
猟奇と、美少年。
この少年に、これ以上似合う化粧があるだろうか。
暫くして、少年は口を開いた。
「君はだれ?」
「……佐竹八重」
自分の名前をただ名乗る。
俺も幼かったからだろうか、この少年に対してさほど恐怖は感じなかった。
目の前で小動物の尊い命が奪われても、恐ろしくはなかった。
ただ、少しかわいそうだなと心の端っこでぼんやり思うだけ。
「同じ学校だね。何年何組?」
「……1の1」
「じゃあ隣のクラスだ。僕は2組だから」
「どうして猫を殺したの?」
「別に理由なんてないけど? ただ暇だったから」
夏生は悪びれもせずにそう答えた。
今思えば、夏生はただただ子供だったのだと思う。
幼い子供は、蟻を潰したりトンボや蝶の羽をむしって遊ぶ。
大人からしたら嫌悪感のあるソレは、子供にとってはただの遊びに過ぎない。
ただ純粋に、楽しいからやっているだけ。
成長するに連れて、子供はその遊びから離れるけれど……。
……夏生はずっと、子供のまま。
子供のままだから、楽しいという理由で命を奪ってしまう。
たったそれだけの事だったんだ。
あの頃の俺が、その事実に気づいていれば、今とは違う未来があったのだろうか。
夏休みが始まったばかりの頃、人生で初めて葬式というものに参列した。
みんみんと蝉の鳴き声がうるさかったのを覚えている。
式場は冷房が効いていたが、外はとても暑かった。
その時の蒸すような暑さと、刺すような日光をまだ覚えている。
俺には中学生のころ、宝井夏生という友人が居た。
親友と言うほど純粋に仲が良かったとは思わないが、
不愛想な俺には夏生しか友達が居なかった。
夏生も夏生で、大層変わり者だったから、俺しか友達が居なかった。
お互いがお互いの、唯一の友達だった。
深く想い合っていたわけではないけれど、友達がお互いしかいない。
そんな、妙な関係。それが俺と夏生。
夏生は類い稀な美少年だった。
白く透き通るような肌に、長いまつ毛に縁どられたツリ目……。
筋の通った目鼻立ちは気が強そうな印象を与えるが、それも美貌のうちだろう。
欠点のない完全無欠の容姿を持っていた美少年だったが、
その芸術的とも言える美貌を全て台無しにするほど頭のおかしな男だった。
今となってはもう、俺は夏生のことが好きだったのか嫌いだったのかよく分からない。
――俺と夏生が出会ったのは、中学に上がったばかりのころだ。
始業式から数日しか立っておらず、俺はまだ中学という新しい環境に馴染めずに居た。
放課後、家に帰る途中……。
通学路にある小さな神社の前を通りかかったときの事だった。
本当に小さな神社で、誰も訪れないひっそりとした寂しい場所だった。
その神社から奇声が聞こえた。
最初はその声とも音ともとれない奇声がなんなのか分からなかった。
奇声が聞こえたほうに目をやれば、その音の正体がすぐに分かる。
少年が猫の小さな体を抑え、その痩せた体にカッターナイフを突き立てている。
そんなショッキングな光景が、まだ幼かった俺の目に飛び込んで来た。
カッターナイフを刺された猫は暴れ狂い、奇声を発している。
しかし少年は全体重をかけて猫の首を地面へ抑え込み、猫は逃げられないようだった。
カッターナイフを引き抜けば、血が噴き出て、少年の手を真紅に汚す。
猫の血は少年の頬にまで飛び散って、その血を目で追ってそこで初めて俺はその少年がとても美しいことに気づいた。
少年は中性的で、学ランを着ていなければ、少女に見えたかもしれない。
俺の通う『星彩館学園』は創立から150年も経つ伝統と歴史ある学校で、
現代の学校ではほぼ有り得ない、古臭い学生帽が制服の一部だった。
学生帽の着用は、式典などの時以外は任意だったけれど、
俺は父親から毎日学帽を着用して登校するように命じられていた。
その猫殺しの美少年も、俺と同じ古風な学生帽を被っていた。
だから、俺はその少年が同じ学校の生徒であるとすぐに分かった。
俺がぼんやりしているうちに、猫は動かなくなってしまう。
ひと際大きな奇声を発したあと、びくびくと痙攣して、痩せた猫は絶命した。
猫が絶命したあとに、少年が俺という存在に気付く。
少年の、血の色を映した赤い瞳と目が合う。
気の強そうなツリ目が、俺をじいっと睨んでいる。
その頬には猫の血が付着していて、
俺はその血が、この少年の魅力を引き立てていると思ってしまった。
白に近い色素の薄い肌に、真っ赤な血が映える。
猟奇と、美少年。
この少年に、これ以上似合う化粧があるだろうか。
暫くして、少年は口を開いた。
「君はだれ?」
「……佐竹八重」
自分の名前をただ名乗る。
俺も幼かったからだろうか、この少年に対してさほど恐怖は感じなかった。
目の前で小動物の尊い命が奪われても、恐ろしくはなかった。
ただ、少しかわいそうだなと心の端っこでぼんやり思うだけ。
「同じ学校だね。何年何組?」
「……1の1」
「じゃあ隣のクラスだ。僕は2組だから」
「どうして猫を殺したの?」
「別に理由なんてないけど? ただ暇だったから」
夏生は悪びれもせずにそう答えた。
今思えば、夏生はただただ子供だったのだと思う。
幼い子供は、蟻を潰したりトンボや蝶の羽をむしって遊ぶ。
大人からしたら嫌悪感のあるソレは、子供にとってはただの遊びに過ぎない。
ただ純粋に、楽しいからやっているだけ。
成長するに連れて、子供はその遊びから離れるけれど……。
……夏生はずっと、子供のまま。
子供のままだから、楽しいという理由で命を奪ってしまう。
たったそれだけの事だったんだ。
あの頃の俺が、その事実に気づいていれば、今とは違う未来があったのだろうか。
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