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起きなさいよ!
しおりを挟む暖かな日差しが降り注ぐ庭に私は居た。
柵越しにはあの男の子がいる。
「ピエロって可哀想な役よね。」
「どうしてそう思うの?」
絵本をパラパラと捲りながら大真面目に男の子に問い掛ける。
男の子は色とりどりのボールを操るのを止め、首を傾げた。
「だって皆に馬鹿にされて笑い者にされてしまうのでしょう?可哀想だわ。」
「なるほど。」と男の子は笑い、再び複数のボールを空中に投げたり取ったりを繰り返し始めた。
「チェルシー、僕が今やっているのを見てどう思う?」
どうって…。
色とりどりのボール達はまるで生き物のように空中を舞い踊る。
「凄いなって思うわ。」
常に1つ以上のボールが浮いている状態を維持し続けるのは想像以上に難しいに違いない。
「ふふふ、ありがとう。実はね、ピエロって団員の中でも団長と同じか、その次における重鎮クラスのベテランに任されることが多いんだ。」
「そうなの?」
初耳だ。
私は絵本を閉じ興味津々に男の子の言葉に耳を傾ける。
「うん。幕間を繋ぐ重要な役割だからね。ピエロには軽業や芸もこなし、どこか間の抜けた演技を加味する絶妙なテクニックが求められる…あ。」
さっきまで楽しそうに空中を舞っていたボール達は虚しくも地面にポテポテと落ちてゆく。
「うーん、やっぱり2桁の壁は大きいなぁ。」
男の子は頬をかき、ボールをひとつひとつ回収する。
全部で10個。
男の子は9個のボールを操っていた。
そこにもう一つのボールを加えたために、さっきまでのテンポは崩れ、落ちてしまったのだ。
「人を笑顔にするのって、かなりの技術が要求されるんだ。ただの笑い者ってわけじゃない。」
男の子はボールを空中に投げる。
ボールは命を吹き返したように再び空中を踊り出す。
「人を笑顔する裏では、想像を絶するような努力が潜んでいる。それはとても大変な事だけどさ…」
男の子は意を決して、ボールを追加する。
私はハラハラしながらそれを見守が、ハラハラはいつしかワクワクへと変わった。
「それが出来たピエロって凄くカッコイイと思うんだ。」
空中を楽しそうに舞う10個のボール達。
私は心の底から湧き出る歓喜に 戸惑いながらも男の子に拍手を送る。
「チェルシーは僕の初めてのお客さんだね。」
「そう、なの?」
男の子は笑顔でそう言ってくれるが、私なんかが初めてのお客さんでよいのだろうか。
そう思うのに私の胸はじんわりと暖かくなる。
矛盾だ。
あぁ、駄目だ。嬉しすぎる。
こんなにも嬉しいのに私の表情は崩れない。
「そうだよ。だからもう少し待ってね。必ず君を笑顔にする、君だけのピエロになるから。」
男の子は優しく微笑み、印象的な赤髪は日差しを浴びキラキラと輝いていた。
同年代の男の子と関わりがなかった私には彼が全てで憧れだった。
明るくて、努力家。
優しくて、初めてを教えてくる不思議な男の子。
絵本の彼女も同じような感情を抱いていたのだろうか。
きっと私は貴方のことが…
***
微睡みから覚め、意識が浮上する。
ぼんやりとした眼で天井を見つめる。
はて、屋敷の天井はこんなのであっただろうか。
「―っ!チェルシーちゃん!!」
視界に目を見開き、心配そうに私の顔をのぞき込む美女が映り込んだ。
「…フェディさん?」
掠れる声で美女の名を呼べば、ホッとしたような、でも泣きそうな笑顔を見せてくれた。
どんな表情でも綺麗な方である。
「あぁ、良かった…。気分はどう?大丈夫?あぁっ!無理しないで寝てなさいな。」
起き上がろうとする私を制するが、迷わず上肢を起こす。
「大丈夫です。あの、ここは…?」
はっきりしてきた眼であたりを見回せば、見たこともないこじんまりとしたテントの中だった。
「救護室よ。寝ている間、チェルシーちゃんのかかりつけの医者に診せたんだ。気を失っているだけと言ってたよ。チェルシーちゃんが落ちて…あぁ、ごめんなさい。嫌なこと思い出しちゃうな。」
「いえ、大丈夫です。それで?」
落ちたことは覚えている。
怖いというよりも、その後どうなったのかが重要だ。
「それで、あいつ…あぁ、ピエロがチェルシーちゃんを助けたんだ。」
ピエロ…。そうだ。
「彼はどこに…?」
「あいつは…。」
ガタッ!ドカッ!!
…何やら扉の向こう側が騒がしい。
そして、いきなり何者かが転がるように侵入してきた。
驚きのあまり目を見開き、ベッドの上で後ずさる。
良く見れば、私と同じ髪色の人物と赤髪の人物が床に倒れていた。
「チェルシィィィィ!!」
ガバッと顔を上げ声を上げたのは兄だ。
私と目が合うと尋常じゃない早さで私の両手を握ってきた。
その速さにより風が生まれ、私の前髪をふわりと浮かせる。
「あぁ、私のチェルシーっ!良かった、目が覚めて!!もう一生目が覚めなかったら、私は、私は…っ!!」
「落ちつて、兄さん。大丈夫だから。」
興奮気味の兄を宥める。
すると兄は私を自身の胸に閉じ込めた。
「あぁ、本当に良かった…。」
心底安心した声を漏らす兄に何とも言えない思いがこみ上げる。
「心配かけて、ごめんなさい…。」
震える兄の身体をそっと抱き締めた。
「さ、帰ろう。チェルシー。こんな所に居たらもっと具合が悪くなってしまうよ。それでいいだろう?妹は連れて帰る。」
兄は私から顔を上げ、フェディさんに問い掛ける。
「それが、チェルシーちゃんにとって最善の選択であるなら。」
フェディさんは何か意味を含めた蠱惑的な笑みを浮かべた。
「当たり前だろう。さ、馬車を外で待たせている。歩けるかい?」
「待って、兄さん。私はまだ…。」
彼に話したいことがあるのだ。
視線を床に移せば、男はまだ床に突っ伏している。
「なんで起きないのよっ!」
「チェルシー、そんなのほっときなさい。そいつはチェルシーを二度も危険な目に合わせたんだ。気にする価値もなし。チェルシーの記憶に存在することも忌々しい。」
「な、なんてこと言うのよ。彼は私を二度も助けてくれたのよっ。それを…っ。」
私の言い分を言い終わる前に兄は私の膝下に手を入れ、肩を支えながら立ち上がった。
俗に言うお姫様抱っこだ。
「ちょ、兄さん降ろして!」
「こら、暴れない。安静にしていないと駄目じゃないか。」
私を宥めながらも兄の足取りはしっかりと馬車に向かう。
「起きなさいよっ!私、言いたいことが…!」
私の言葉は彼に届くことなく、私は馬車に乗せられた。
慌てて後ろを振り向けば、サーカスはどんどん小さくなってゆく。
あぁ、なんで…。
せっかく思い出せたのに…。
腹いせに兄の脛を蹴った。
***
「…おーい、起きろ。このピエロ野郎。いつまで狸寝入りしているんだ。」
先程まで騒がしかった救護室はフェデリカとピエロだけしか居ないので、静かだ。
フェデリカがピエロの脇腹を蹴れば、その鈍い音は部屋中に響きわたった。
「…痛い…。」
「だろうね。今日のブーツは先端が尖っているやつだからな。」
「そんなので蹴るなよ…。」
「お前のヘタレっぷりを見ていたら蹴りたくもなる。そんなに顔を見られたくないのかい?」
「あはは。」
乾いた笑い声を上げながらピエロはむくりと起き上がる。
鮮やかな緋色の髪、神秘的な翠色の瞳、目の下には小さな古傷があった。
「で、チェルシーちゃん行ってしまったが、どうするんだい?」
挑発げにピエロを見下しすフェデリカ。
ピエロはそんな彼女を笑顔で受け流し、床に転げ落ちた仮面を拾い上げる。
「…うーん、どうしようか。」
仮面を自身の顔にはめれば、あの子のピエロが出来上がった。
「まさか、何にも考えてないの?」
呆れるフェデリカにピエロは大きく頷いた。
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