ピエロと伯爵令嬢

白湯子

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サーカスの開幕

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「チェルシー、折角だから前に行こう!」
「行ってらっしゃい。私はここに居るわ。」
「それじゃ、一緒に来た意味が無いじゃないかっ!」

私と兄はセシル邸から馬車でサーカスのテントまで来た。

現在、座る席で揉めている。

「別にいいじゃない。別々でも。私は後ろの席がいい、兄さんは前がいい。ほら、お互い希望が通るわ。」
「チェルシーとサーカスを観劇するという私の希望が通っていないんだがっ!」

本当に面倒くさい男だ。
舌打ちしたくなるのを堪える。
私が冷ややかな目で兄を見ていると、兄は更にキャンキャンと吠え始めた。
犬か。
いや、犬に失礼か。

「お前は私にいつも冷たい。お兄様の心は凍ってしまうよ!」
「いっそのこと凍って。」
「ほらっ!冷たいっ!!」

私と兄が揉めている中、テントの中には大勢の観客がぞろぞろと入ってきた。
そろそろ始まるようだ。

「さ、兄さん。そろそろ座りましょ。このままでは他の人に迷惑がかかってしまうわ。」
「迷惑をかけたくなかったら、お兄様と一緒に座ろう。」
「…。」

兄の勝ち誇ったような兄の顔を見て、ついイラついてしまった。
悔しいが、ここで張り合ってもストレスが堪るだけだ。

「わかったわよ。前に行くわ。」
「チェルシー…!嬉しいよ…っ!!やっと素直になってくれたね。」
「…(イラァ)」

私の心境なんて知るはずもない兄は満面の笑みを浮かべ、1番前の席へとエスコートしてくれた。

何とも面白くない気持ちで席に座ると、会場がいきなり真っ暗になった。
ショーが始まるらしい。
興奮を隠しきれない観客達を背にし、あの男が立つであろう場所を見た。

舞台はショーが始まれば明るくなるが、観客席は暗いままだ。
帽子も深く被っている。
きっと気付かれないはずだ。

「レディース、アーンド、ジェントルマン!!長らくお待たせしました!サーカスの幕開けでございマース!!」

始まりの合図に観客はわっと沸き立つ。
右隣に座っている兄もはしゃいでおり、苦笑いするしかない。

とりあえず、兄の存在を無視してサーカスに集中しようと舞台に目を向ければ、パッと1つスポットライトが当てられた。
光の中に1人のピエロが立っていた。
一瞬呼吸が止まった。
あの男だ。
ショーに出ることはわかっていたが、まさかこんなすぐに出るとは思っていなかった。
どくんと心臓が強く脈打ち、走り出した。
手先も小さく震え、さっきまで聞こえていた観客の声は私の耳に入らない。
無音の世界に男と私しか居ない感覚に陥る。

男は両手を広げ、偶然にも私が座っている方へお辞儀をする。

男はゆっくりと顔をあげた。

「…ぁ。」

仮面越しに目が合ったのは気のせい、だろう。

私の世界は再び動き出した。



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