ピエロと伯爵令嬢

白湯子

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朝食はいつもサンルームで摂る。

セシル伯爵が所有する敷地にあるサンルームは、中庭を見渡す場所に造られている。
白く縁どられた窓枠は大きく、天井もガラスで造られているため太陽が燦々と降りそそぐ、とても気持ちの良い場所だ。

用意された朝食を食べ終え、私と兄は食休みに紅茶を頂いていた。

「あぁ、そうだ。チェルシー、友人から面白いものを貰ったんだ。」

思い出したかのように、兄は自身の懐を探り出した。
「あぁ、これだ。」と、2枚紙を引き出し私に見せてきた。

「それは、なあに?」
「サーカスのチケットさ。」

ピクリと手が震え、手に持っていた紅茶は密かに波紋を広げた。
その震えは小さいもので、私以外気づいた者は居ない、はずだ。

「折角頂いたんだ。今夜、一緒に行こう。」

サーカス。
行けば必ずあの男に会う。
もう会わないと決め、男の元を去ったというのに、こうも会う機会が巡ってきては呪いなのかと疑いたくなる。

ここで、兄の誘いを断ればきっと何故断るのか問い詰めるだろう。
面倒くさい事になるのは避けられない。
ならば、誘いに乗っておくのが1番楽だ。

今回、男個人に会いに行く訳ではない。
一般市民として客席に座るのだ。

毎年サーカスは大勢の人々が集まり、王都1賑わいを見せている。
流石に男も私が居ることには気付かないだろう。

「いいわね。行きましょう。」
「良かった。今夜が楽しみだね。」
「そうね。」

兄に相槌を打つ。

心のどこかに男のショーを楽しみにしている自分に気付く。
決心したのに、これでは…。

私は余っていた紅茶を喉に流し込んだ。

***

右手の痕を隠すため手袋をはめ、大きな帽子で顔を隠した。
この帽子は男に顔を見られないようにである。

癖のある髪をおろし、滅多に着ないよそ行きのドレスを身に纏えば、伯爵令嬢が出来上がった。

(とうとう夜になってしまったわね…。)

時間は意外にもあっという間に過ぎ去った。
時間が進たびに、ソワソワしていたら「そんなにお兄様とサーカスに行くのが楽しみかい?」と、言われ殺意が湧いたのは私のせいではない。

「お嬢様、とてもお似合いです。」

支度を手伝ってくれた使用人が可愛らしく微笑む。
その顔から嘘ではないことがわかった。
だからといって、似合っているとは思っていない。
ドレスに着られている。
そんな気しかしない。

「ありがとう。」

そう言うと、使用人はやはり可愛らしく微笑み腰を折った。

「行ってらっしゃいませ。」

彼女のように可愛らしく微笑むことができたらなと、少し羨ましく思うのであった。

***

「チェルシー…!なんて可愛らしいんだ…!!まるで私の元へ舞い降りた妖精のようだよ!」
「…待たせてしまってごめんなさい。さ、行きましょう。」

勝手に熱をあげている兄を放置し、馬車へ向かう。

「チェルシー、待って。」

振り向けば、兄は私に手を差し出した。

「…あぁ。エスコートしてくれるの?」
「もちろん。さ、妹君。お手をどうぞ。」

私はため息をつき、兄の手を取った。
兄は馬車まで無駄の無い動きでエスコートをしてくれた。

あの男に会うまであと少し。
…いや、違うわよ。

サーカスが始まるまであと少し。

うん、これが正しい。


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