ピエロと伯爵令嬢

白湯子

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これは何?

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噎せ返るほどの薔薇の香りが鼻腔を擽る。
いつもとは違う寝室の香りに刺激され、私は微睡みから醒めた。

ぼんやりとしたまなこで周りを見渡せば、自分の寝室の部屋ではないことに気付き目を見張る。
何故なら寝室の中には、驚くほどたくさんの赤い薔薇が飾られていたからだ。
微睡みの中で、噎せ返るほどの香りだと思っていたのは、このせいだったらしい。

少し頭を動かせば、頭から何かが落ちてきた。
見れば、一輪の薔薇である。
その薔薇を見て、一気に先程の記憶が蘇った。

「あぁ、あの男に拉致られたんだわ。」

その後疲れ果てて寝てしまったらしい。
自慢ではないが、私の体力はミジンコと同レベルか、それ以下だ。

肝心の男が居ないため、今の時間が確認できない。
窓の外を見れば、空には夕暮れの気配がわずかにうかがえた。

再び寝るわけにいかないので、ベッドから起き上がり、あたりをキョロキョロした。

やはり、そこには小さな窓とベッドと机ぐらいしか無く、机の上にささやかな小物があるぐらいだ。

その中の一つの小物に興味を惹かれた。
小さな木箱だ。
人のものを勝手に触ってしまうことに躊躇したが、やはり好奇心には勝てない。
私はそっと木箱を手のひらに乗せた。
思っていたよりも軽い。
一体何が入っているのだろうか。
人の気配が居ないことを確認する。

(……鍵をしないあの人が悪いのよ。)

そんな言い訳をしながら私は慎重に蓋を開けた。

(ん?)

中を見れば、古びた紙が数枚入っていた。

(これだけ?)

何だか拍子抜けしてしまった。
大切そうに仕舞っているものだから、てっきり素敵なモノがあると期待していたからだ。

ため息をつき、1枚手に取り裏を捲ってみる。

『下手くそ』

子供の文字でそう書かれていた。

私は首を傾げる。

(なに、これ?)

裏表をピラピラ見ても、やはりそこには『下手くそ』の文字しか見れなかった。

これはあの男が書いたものなのか、それとも誰かが男にあげたものなのか。
私がいくら考えたってその答えは分からない。

1枚見てしまえば、残りの紙も気になる。
心の中で男に謝罪しながら残りの紙を捲った。

『泣き虫』

『悪趣味』

『つまらない』

……何だろう、この罵倒の数々。
男は何故こんなものを大切に保管しているのだろう。
そういう性癖なのだろうか。
少々心配になる。

げんなりとした気持ちで最後の紙を捲る。

「は?」

私は驚き、思わずそれを二度見する。

『私はチェルシー・セシル』

子供の拙い字でそう書かれていた。
筆跡を見ればどれも同一人物のようだ。つまり、これは私が男に書いたということになる。

(……全く覚えがないわ。)

覚えがなくとも自分がやったことである。
男はどんな気持ちでこれを保管しているのだろう。
私に見せつけるためか。
心臓がバクバクと嫌な音を立てる。

(帰ってきたら謝りましょう。)

許してくれるだろうか。
男は優しいが、私は自分がしてしまったことに覚えがない。
それに、これを勝手に見てしまったのだ。
許してくれるのは難しそうだ。

1つため息をついた。

「ねぇー、ちょっといいかい?」

扉の外に人の気配を感じた。
あの人ではなく、女性の声だ。

(ど、どうしよう。)

ここにはあの男は居ない。
何て答えればいいだろう。
焦る私なんてお構いなしに扉は開く。
慌てて手に持っていた紙を木箱に仕舞い、どこに隠れようかと悩んだが、もう遅い。

女性と目が合った。



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