ピエロと伯爵令嬢

白湯子

文字の大きさ
上 下
11 / 30

籠の中のハト

しおりを挟む


ずんずん進んでいくと、男はある建物の中へと入っていった。

「……テント?」

そう、そこはサーカスが催されるテントであった。
カラフルな色合いでまとめられたテントは、ここで一番目立つ場所だ。

男はずんずんと進み、とある部屋に入り込んだ。
薔薇の香りが鼻腔を掠めた。
見れば、こじんまりとした部屋にはありとあらゆる場所に薔薇が飾られており、ここは男の部屋なのだと瞬時に理解することができた。

男は私をまるで壊れ物かのように扱い、ゆっくりとベッドへ下ろした。
そして、男も私の隣へと腰をおろす。

「…ここは、貴方の部屋なのね?」

コクりと頷く。
やはり、ここは男部屋だった。

あらためて男の部屋を見渡せば、彼らしい部屋だなと思った。
小さな窓と机とベッド。
そして、わたし達を見守るかのように大人しく見つめる籠の中のハト。
余計なものが何もない殺風景な室内だからこそ、薔薇の華やかさを引き出し、まるでプレゼントのフラワーボックスのようでる。

珍しそうにキョロキョロしていると、男は何やら紙に文字を書き出した。
そして、おずおずとそれを私に見せてくる。

「……あまり見ないで?」

男を見つめれば、気恥ずかしそうに小さく頷いた。
その姿は何だか可愛らしい。

「ごめんなさい。珍しかったからつい。……いや、そうじゃなくて、なんで私をここへ連れてきたの?」

それが一番聞きたかったのだ。
いつもなら少し話して、さようなら。
こんなことは初めてだ。

男は再び文字を書き、私に見せた。

『本当にお兄さんと結婚するの?』

私の問は完全無視らしい。

「嘘ついてどうするの。」
『じゃあ、本当に?』
「だから、さっきからそう言っているでしょ。」

男の手は止まった。
男がアクションを起こさなければ、私は彼の意図が分からない。
話さない、表情も見えない。
私はただ待つことしか出来ないのだ。

すると、男は再びペンを持った。

『チェルシーはお兄さんと結婚したい?』

一瞬、ドキリとする。
この男、私の名前を覚えていたのか。

「……はっきりと言ってしまえば、結婚はしたくないわ。でもね、私はもう二十歳なの。結婚してないといけないのよ。」

結婚しなければ、私だけではなく家名さえ穢すことにも繋がる。
結婚とは、貴族にとってとても重要な使命なのだ。

『結婚したくないなら此処にいればいいよ。』
「……は?」

ここって何処、サーカス?
何を言っているのだ、この男は。
怪訝な目つきで男を睨む。
すると男は立ち上がり、芸を交えながらスラスラと文字を書き私に1枚1枚渡してくる。


『ここは夢と自由を魅せるサーカス団。』

『結婚なんてしなくたって本当の幸せが手に入るサーカス団。』

『きっとここでなら、チェルシーの幸せが見つかるよ。』

『僕が約束する。』


どれもこれも、私の決心を崩すものばかり。
誘うような音楽と人を魅了する芸、彼のショーは素晴らしく怖い。
甘い誘惑に堕ちてしまわぬように、ピエロを睨む。

道化、はったり、嘘、嘘つき
男はそんなもので出来ている。

最後に籠の中のハトを放てば、部屋の中は夢から醒めたように静かになった。

呆然とする私の手に1枚の紙が舞い降りる。
きっとこれは私を惑わすチケットなのだろう。
それでも、手にとって見てしまう私は愚かで滑稽な娘だ。
まんまとこの男の手のひらで踊らされているのだから。

書かれている文字に目を見張る。

『僕が檻から出してあげる。』

さっき籠から羽ばたいていったハトと自分が重なり、身体が震えた。

この震えは、歓喜の震えなのか?
それとも……

私の手を優しく包み込む男。

その顔は微笑んでいるかのように見えた。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

【完結】本当に私と結婚したいの?

横居花琉
恋愛
ウィリアム王子には公爵令嬢のセシリアという婚約者がいたが、彼はパメラという令嬢にご執心だった。 王命による婚約なのにセシリアとの結婚に乗り気でないことは明らかだった。 困ったセシリアは王妃に相談することにした。

【完結】ふしだらな母親の娘は、私なのでしょうか?

イチモンジ・ルル
恋愛
奪われ続けた少女に届いた未知の熱が、すべてを変える―― 「ふしだら」と汚名を着せられた母。 その罪を背負わされ、虐げられてきた少女ノンナ。幼い頃から政略結婚に縛られ、美貌も才能も奪われ、父の愛すら失った彼女。だが、ある日奪われた魔法の力を取り戻し、信じられる仲間と共に立ち上がる。 歪められた世界で、隠された真実を暴き、奪われた人生を新たな未来に変えていく。 ――これは、過去の呪縛に立ち向かい、愛と希望を掴み、自らの手で未来を切り開く少女の戦いと成長の物語―― 旧タイトル ふしだらと言われた母親の娘は、実は私ではありません 他サイトにも投稿。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

私、女王にならなくてもいいの?

gacchi
恋愛
他国との戦争が続く中、女王になるために頑張っていたシルヴィア。16歳になる直前に父親である国王に告げられます。「お前の結婚相手が決まったよ。」「王配を決めたのですか?」「お前は女王にならないよ。」え?じゃあ、停戦のための政略結婚?え?どうしてあなたが結婚相手なの?5/9完結しました。ありがとうございました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

「あなたの好きなひとを盗るつもりなんてなかった。どうか許して」と親友に謝られたけど、その男性は私の好きなひとではありません。まあいっか。

石河 翠
恋愛
真面目が取り柄のハリエットには、同い年の従姉妹エミリーがいる。母親同士の仲が悪く、二人は何かにつけ比較されてきた。 ある日招待されたお茶会にて、ハリエットは突然エミリーから謝られる。なんとエミリーは、ハリエットの好きなひとを盗ってしまったのだという。エミリーの母親は、ハリエットを出し抜けてご機嫌の様子。 ところが、紹介された男性はハリエットの好きなひととは全くの別人。しかもエミリーは勘違いしているわけではないらしい。そこでハリエットは伯母の誤解を解かないまま、エミリーの結婚式への出席を希望し……。 母親の束縛から逃れて初恋を叶えるしたたかなヒロインと恋人を溺愛する腹黒ヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:23852097)をお借りしております。

処理中です...