私は貴方を許さない

白湯子

文字の大きさ
上 下
171 / 212
第9章「愚者の記憶」

166話

しおりを挟む


アルベルトside


「いゃぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!」


轟々と燃え盛る炎の中、火刑台に括り付けられたマリーが激しい金切り声を上げる。


「やめてぇぇえ!!本当に死んじゃうからぁぁ!!」


髪を振り乱し、今まで見せたことのない醜く引き攣れた形相を晒すマリーを、僕はまるで丸焼き調理中の怪鳥のようだと思った。


「ねぇ、助けてよっ!こんなのおかしいって!アルベルトってばっ!!」


自分の立場をまるで理解出来ていないマリーは、この御に及んでもなお、僕に助けを求めてくる。そんなマリーに呆れきってしまった僕は、酷く冷めた気持ちでマリーを見上げていた。


「アルベルト、ね、今なら許してあげる!だから助けてよっ!!神様も言ってるよ、こんなの間違っているって!私を、聖女を!火あぶりにするだなんて、許せないって!!あぁ、神様が怒ってる!!」
「黙れ。」


先ほどから聞くに堪えない虚言を吐き散らすマリーの口を早々に止めるべく、僕は火力を上げた。


「ぎゃああああ!?」


地獄の業火が咽喉を潰さんばかりに絶叫するマリーの身体を濁流の如く呑み込む。
その際にぶわりと吹き荒れた身を焼き焦がす程の熱風が、僕の頬を掠め、燃えカスとなった花々を天高く舞い散らせた。


「アルベルトォォォオ!!」


猛々しく燃え盛る炎の中で、火の中をのたうち回る悪魔のような形相を浮かべたマリーは、喉の奥から獣じみた声を吐き出した。


「あんなにも、愛してやったのにっ!!」


愛?おかしなことを言う。
お前が僕にぶつけてきたきたものは、ただの穢らわしい肉欲と幼稚な戯れだけ。あの思い出すだけでも悍ましい指南役の女と一緒だ。

愛なんてものは所詮、お前たちのような浅ましい人間どもが自分の醜い本性と肉欲を正当化するためだけに作り上げた口先だけの虚言。
そこに中身はない。
全ては空っぽの虚像だ。


「お前なんか、神様に、呪い殺されてしまえっ!!!」


あぁ、うるさい。耳障りだ。
人知を超えた絶対的存在である神が、聖女の名を騙り悪事を働いた罪深き人間の戯言など聞くはずがないだろう。マリーは神を侮辱した。マリーの存在自体が罪。それなのに、何故お前はまだこの世界に存在しているんだ?

荒ぶる炎に自身の全魔力を惜しみなく注ぎ続ける。
すると、すぐにマリーに異変がおきた。


「…ぐえぁ!?」


天に向かって奇声を上げていたマリーの口からが飛び出したのだ。だがそれは確認する暇もなく一瞬で燃え尽きてしまった。
胃の中に何か隠していたのだろうか?だが今更そんなものはどうでもいい。煩わしいモノは全て燃やしてしまえばいいんだから。

だからほら、さっさと燃え尽きろ。
その穢れた身体と魂。
そして、この忌々しい記憶が染み付いた中庭と共に、僕の世界から消え失せろ。


























「ーーーそこまで。」


背後から放たれた平坦な声と同時に、轟々と燃え盛っていた炎が水をぶっかけられたかのように白い煙を上げながら鎮火した。


「国ごと燃やし尽くすおつもりですか、陛下。」


聞き慣れた声に後ろを振り向けば、そこには案の定叔父がいた。いつもと変わらない無表情。だがその顔には僅かに呆れの色が混じっていた。


「…ラルフ…」
「もう十分でしょう。これ以上焼いてどうするのです。」


僕は視線を叔父からマリーを括り付けた火刑台に戻す。
しかし、そこには何もなかった。僕の視界に映るのは何処までも続くみすぼらしい焼け野原だけ。
かつて帝国一美しいと謳われていた母の中庭の面影は一切感じられなかった。


「しかし…彼女はどのような方法で私たちを魅了にかけたのでしょうね。」
「…。」
「恐らく帝国金の横領も先代を殺めたのも彼女の仕業…。皇宮医は彼女に魔力はないと言っていましたが、私たちが感知出来ないような未知の魔力を持っていた可能性は十分に考えられます。……まぁ、今となってはそれを確かめる術はありませんが。」
「…ハハ、」
「陛下?」


変わり果てた中庭を目の当たりにした僕の口からは、乾いた笑い声が溢れる。
思わず片手で顔を覆い、灰色の空を仰いだ僕はーーーーー


「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははああああああーーーーーーーははははは!!!!!」


堰を切ったように笑い声を上げた。
長年、身体に溜め込んでいた不快な膿を全てを吐き出すが如く。


「燃やした燃やした!全て跡形もなく燃やし尽くしたッッ!!!」


年がら年中不快な匂いを放っていた薔薇園も、罪深い腐った林檎も、この世に存在する僕を害するモノ全て…!!!!
これでもう僕を苦しめるものは何もない。
やっと僕の元に安寧した世界がやってきたのだッッ!!!!!

あぁ、笑いが止まらない。
僕は天を見上げ、笑い声を飛ばし続ける。天空にいる神にも届くように。きっと神も歓喜に打ち震えているにちがいない。
僕は天に腕を伸ばす。今なら神が僕を天界に招いてくれそうだったから。

あぁ、神よ。早く僕の手を取ってくれ。
あぁ、神よ。早く僕をここからーーー


「ーあ?」


ーーー突然、天に伸ばした腕に不快な感触を覚えた。
まるで皮膚の下で何かが意思をもって蠢いているような感覚。


「ーッ、」


声にならない引き攣った音を喉奥で鳴らした僕は、咄嗟に天から腕を下ろし、袖を捲った。

しかし、そこには何もなかった。何の変哲もない見慣れた自身の腕があるだけ。気の所為か?と思った瞬間、皮膚の下で何かが蠢いた。表面上では見えない。けれど、確実に、何かがいる。まるで血管に沿うようにニョキニョキと足を伸ばす何かが。
…何か?いや、僕は知っている。この感覚を、蠢く正体を。毎夜毎夜訪れるあの悪夢で…!!!


「あああああ!!!何で夢だけじゃなくて、現実でも生えてくるんだ!!!」


僕の腕からは悪夢の時と同様に、あの忌々しい芽がボコボコと皮膚を突き破って顔を出し始めていた。


「陛下、突然どうし…」
「ラルフラルフラルフ…!!僕の腕からこんなに生えて!あぁっ、首にまで…!!!」
「アルベルト、落ち着きなさい。貴方の腕からは何も…」
「ああああああああーーーー!!!!呪いだっ、呪いだっ!!まだ残っていた!!せっかく全部燃やしたと思っていたのに、まだ残っていたんだよ、ラルフッ!!!」
「…。」


僕は腕に生えた白い花を毟る。けれど毟っても毟ってもまた生えてくる。
永遠に生え続ける呪いに絶望した僕は、頭を掻きむしった。

あぁー!!忌々しい!!忌々しい!!
死人ならば死人らしく、呪いもろともとっとと僕の世界から消え失せろ!!


「ーーー、あ?」


そこまで考えて、はたと気付く。


「あぁ、そうか、」


根っこが残っているから、また生えてくるんだ。


「消さないと…」
「アルベルト?一体何処へ…」
「全部、消すんだ…」


忌々しいアイツらがこの世界に存在していたという記憶、痕跡。
それら全てを消さなければ、この呪いは解けない。


「お待ちなさい。」


叔父が僕の腕を掴む。


「ここ数日間、貴方はまともな睡眠をとっておりません。」
「…。」
「そろそろお休み下さい。流石の貴方でもこれ以上は身体が持ちませんよ。」
「…うるさい」


僕は叔父を押し退け、ふらつく足取りで歩みを進めた。


「消さなきゃ消さなきゃ…根っこから消さなきゃ…」


そう口の中で小さく呟きながら。































「…何処まででもお供しますよ、アルベルト。」


静かに僕の背中にを追いかける叔父がそっと語りかける。


「例え…貴方の行き着く先が地獄であったとしても。」


当然、叔父の声は僕の耳に入ってはいなかった。

























《おまけ》
下の方にイラストがありますので、注意してくださいませ😭
































友人にお納めした(強引に送り付けた)テオエリ
しおりを挟む
感想 431

あなたにおすすめの小説

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

恋心を封印したら、なぜか幼馴染みがヤンデレになりました?

夕立悠理
恋愛
 ずっと、幼馴染みのマカリのことが好きだったヴィオラ。  けれど、マカリはちっとも振り向いてくれない。  このまま勝手に好きで居続けるのも迷惑だろうと、ヴィオラは育った町をでる。  なんとか、王都での仕事も見つけ、新しい生活は順風満帆──かと思いきや。  なんと、王都だけは死んでもいかないといっていたマカリが、ヴィオラを追ってきて……。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

処理中です...