私は貴方を許さない

白湯子

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第8章「優しい拷問」

125話

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軟禁生活8日目…いや、9日目だっただろうか。
私はお昼近くに目が覚めた。
最近、日付の感覚がない。それだけでなく体内時計も狂い始めている。生活リズムが昼夜逆転していくのも時間の問題かもしれない。


「……んー…」


寝起きでぼうっとしているせいなのか、身体が揺れている感覚がある。
ふいに喉の乾きを覚えた私は、水を飲もうとベッドから降り立ち、眠気まなこを擦りながらキッチンへと向かった。
歩く度に鎖がジャラジャラと音を立てるが、最初の頃と比べればあまり気にならなくなっている。四六時中ずっと繋がれているので、変に慣れてしまったのだろう。これが良いのか悪いのか…。

コップに注いだ水を飲み、一息つく。
冷たい水が食道を通り、身体と脳が微睡みから覚めていくのを感じた。

流しでコップを軽くゆすいだ私は、今日は何をしようかと考えながらキッチンを出ると、丸いダイニングテーブルの上に大きな四角い箱が置いてあるのに気が付いた。


「…?」


こんな箱、私の記憶が正しければ昨夜には無かったはずだ。朝は……ぼんやりとしていたので、あったかどうかはわからない。

薄紅色の包装紙につつまれた箱には白いリボンが結んであった。まるで箱の上に白い花が咲いているような、可愛らしいデザインの箱である。

私は「またか…。」と軽くため息をついた。
ユリウスはここに訪れる度に、何かしらの贈り物を持ってきてくれる。きっとこの箱もユリウスが用意したものだろう。
直接渡されないのは初めてではあるが…もしやサプライズのつもり?

中身を予測しようと私は軽く箱を持ち上げる。……。大きさの割には軽い。片手でも持てそうだ。
衣服、又は人形だろうと予想しながらリボンを解き、包装紙を丁寧にはがす。
すると、包装紙の下からは高級感のある白い箱が現れた。箱には帝都で有名なブティック店のロゴが印字されている。


「またお金のかかるものを…」


ブツブツと文句を言いながらも、内心では期待している私はゆっくりと箱の蓋を開けた。


「…これは…」


箱の中には見覚えのある服と、猫のぬいぐるみが入っていた。

服を手に取り目の前で広げる。
布地は温かみのある若草色で、スカート裾に小さく描かれた薔薇の模様が上品さを演出している。
首元は、やや深めのスクエアネックで、デコルテを強調するようなデザインだ。
見間違えるはずがない。これはビアンカが私に選んでくれたワンピースだ。
私はこの屋敷に初めて来た時にこのワンピースを着ていた。だが、ユリウスが濡らしてしまったので、下着と一緒に洗濯カゴの中に入れていたのだ。

私は色んな角度からワンピースを確認する。皺、シミがひとつもない綺麗なワンピース。
私は目を大きくして驚く。ユリウスは流行りのワンピースを下品だと言っていた。それなのに、こんなにも綺麗にしてくれ…。


「…っ」


嬉しいという感情が心の底から湧き上がり、浮き立つような感覚を覚えた。
彼が来たらお礼を言わなければ。

内心で小躍りしながら、早速このワンピースに着替えようと夜着のリボンを解こうとした―――その時、微かに空気が揺れ青い粒子と共にユリウスが現れた。


「おはようございます、姉上。たまたまメルシー&リリーのチョコレートブラウニーを購入できたので、良かったら一緒に…」
「あ、ちょうどいい所に。あのね、これなんだけど…」


チョコレートの専門店であるメルシー&リリーのテイクアウト用の箱を片手に現れたユリウスに、先程のワンピースを広げてみせた。


「…っ!」


ユリウスは目を見開き、息を呑む。だが浮き足立っている私は、それに気付かない。


「私ね、このワンピース気に入っていたから、本当に嬉しくて…。だから、綺麗にしてくれて…」


〝ありがとう〟と、お礼を言おうとした。だがそれは、ツカツカとこちらに寄ってきたユリウスに遮られた。彼は話している私の手からワンピースを強引に奪い取ったのだ。


「―えっ」


私の手から離れたワンピースは、若草色の裾をはためかせながら宙を舞う。反射的にワンピースの裾を掴もうとしたが、それは出来なかった。
なぜなら、次の瞬間にはワンピースが青い炎に包まれていたからだ。

ワンピースは炎の中で生き物のように捩れ、みるみるうちに色をなくし、形をなくし、存在をなくし……


「…………。」


灰と化したワンピースは、ちぎれた黒蝶の羽のように舞い上がり、はらはらと空気に消えてしまった。
一瞬にしてワンピースは世界から消えたのだ。

だが、彼の奇行はこれだけでは終わらない。箱の中に静かに隠れていた猫のぬいぐるみを見つけたユリウスは、口の中で小さく舌打ちをした。初めて聞いた彼の舌打ちにも私は反応すら出来ない。

ユリウスは乱暴な手つきでぬいぐるみの頭を鷲掴み、自分の顔の前まで落ち上げた。誰の目から見ても何の変哲もない、可愛らしい猫のぬいぐるみだ。それなのにユリウスは冷たい視線で、ぬいぐるみを一瞥する。そして頭だけでなく胴体をも掴み、躊躇なく捻り始めた。
まるで雑巾を絞るかのように、ギチギチと、捻じる、

捻じる、

捻じる、

捻じる捻じる捻じる捻じる捻じる捻じる捻じ……あ………


静かな部屋に、高く鋭い布を切り裂く音が響いた。


ぽと…ぽと…。


ぬいぐるみの首と胴体の切断面から白い綿が零れ落ちる。
無惨な姿に成り果てた猫のぬいぐるみ。
ユリウスは手に持っていた頭と胴体を床に叩きつけ、先程のワンピースと同様に全て燃やしてしまった。
塵になった綿をユリウスは忌々しそうに踏みつけている。

今度は猫のぬいぐるみが世界から消えてしまった。


「………あぁ……」


彼の奇行に理解が追いつかない。頭も心も痺れて、くらりと意識が遠のく。

ユリウスの視線が床から私に移る。
彼の不穏に煌めいているサファイアの瞳を見た瞬間、私の中で何か音を立てて













切れた。











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