私は貴方を許さない

白湯子

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第6章「不完全な羽化」

91話

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幼少期ユリウスside


「これは、ずっと昔のお話です。


この世界には果てしなく続く広大な海と、人々が暮らす小さな島しかありませんでした。


人々は山に野菜や果物を取りに、また人々は海に魚や貝をとりに、人々は助け合いながら何百年も穏やかで平和な日々を過ごしていました。


しかし、その幸せな日々は長くは続きませんでした。


ある日、島で1番大きな山が噴火してしまったのです。


迫り来るマグマから、人々は海に逃げました。ですが、逃げ遅れた者も居ました。


全員は助かりませんでした。


噴火が終わると、小さな島は広大な大地へと姿を変えていました。マグマが海で冷やされて大地を作ったのです。


人々は生きていることに喜びを感じました。


が、その喜びはすぐに絶望に変わりました。
1度、マグマで覆われてしまった大地は死んでいたのです。
作物が育たない、草も生えない。かつて青々しかった島は、ゴツゴツとした岩場に成り果てていました。


ならば、海はどうだ。
人々は海に潜り魚を探しました。
ですが、探しても探しても見つかりません。


これもきっと噴火のせいでしょう。


人々はどんどん飢えていきます。


誰かが言いました。


『あのまま死んでおけばよかった。』


その言葉を聞いたある者は同感し、またある者は憤慨し、またある者は…


『ならば、私たちの為に死んでくれ。』


ある者は生きるため、また大切な者を守るために『誰か』を殺しました。そして、その肉を食べたのです。


そこから全てが狂いだしました。


人々は生きるため、殺し合いを始めたのです。


かつての仲間を。
はるか昔に『愛している』と言った口で、人々は人の肉を喰らいました。


全ては生きる為、仕方ない。
そう言い聞かせることで、いつしか殺し合いが人々の中で当たり前になっていきました。


そんな過酷な環境下で、人々の中に進化を遂げた者が現れました。


大きく尖った耳に、鋭い牙と爪、身体は厚い毛に覆われた、まるで獣のような姿。
獣の人間離れした力は、殺し合いが優位になりました。


進化は、獣だけでは終わりません。


ある者は、争いから逃げるため、海の中で生活ができるような魚類に進化を遂げました。


またある者は、人間を食べ過ぎたせいか、人間の姿を失い、理性をも失い、ただ肉を喰らうだけの化け物のような姿になりました。


また一人、また一人、と進化を遂げていく中で、もちろん進化を遂げない人々も居ます。


人々は逃げました。


北に、北に、ずっと北に。


尊敬していたあの人は飢えに耐えきれず餓死、愛するあの人は獣に喰われ、宝物のあの子は生きることを放棄してしまいました。


それでも人々は逃げました。


北に、北に、ずっと北に。


ついに、人々は一人になってしまいました。


一人になっても彼は逃げます。


北に、北に、ずっと北に。


北に何があるのでしょうか?
いいえ、何もありません。
それでも彼は北に逃げます。


誰よりも生に執着していた彼に、ついに限界が訪れます。
もう、1歩も歩けなくなってしまったのです。


『あぁ、私はこのまま死んでしまうのだろうか。』


彼は嘆きます。
そして、幸せだったあの頃に戻りたいと何度も、何度も神に願います。


掠れた視界の中で、何かが横切りました。
まるで、深い海のような美しい姿。


昔から神の使いだといわれてきた〝神蟲〟が彼の目の前に現れたのです。


神蟲はじっと彼を見つめてきます。


どうして、神蟲がこんな所に。
生き物は全て絶滅したのでは?


ですが、今の彼にとってそんなことはどうでもいいのです。


彼は神蟲を掴みます。


そして、彼は生きる為、神蟲を口の中に入れました。


恐れ多くも、彼は神の使いである神蟲を喰らったのです。


この瞬間、彼は神の存在を信じないことにしました。
もし、本当に神が居るのであれば、こんな悲劇は起こらなかったからです。


神蟲を喰らった彼の身体には、すぐに変化が訪れました。


彼は神の力を手に入れたのです。


その神の力は、どんな人種にも勝る偉大な力でした。


獣も、魚類も、化け物も神の力の前では皆、無力です。


そして、彼はその力を使って大地に緑を与え、殺し合いを終結させました。


ですが、以前のように皆で暮らすことは出来ませんでした。


獣は西のヴェステンへ、魚類は南のデューデンへ、化け物は東のオステンへ。


そして、彼は北のノルデンへ。


皆、離れて暮らすことになりました。


彼らは死ぬまで、お互いを干渉し合うことはありませんでした。


こうして、負の歴史は誰にも受け継がれることなく、闇の中に葬られましたとさ。


めでたしめでたし。」










物語を話し終えた僕は、ベッドの端に腕を置いて寝てしまった幼い彼女を見つめ、溜息をついた。呆れではなく、愛しさで。


「寝てしまったの?」


ベッドの中で腰掛けている僕は、彼女の栗色の頭を撫でる。だが、反応は返ってこない。彼女は規則正しい寝息を立てている。
可愛らしくて…憎らしい、僕の姉。

僕はベッドの端に置いてある肩掛けを彼女の背中に被せる。このまま風邪でも引いたら大変だ。


「面白くなかった?でも、貴女が悪いんだよ?」


彼女は最近、王子様が出てくる物語にハマっている。先程も彼女はいつものように王子様の物語を話してと僕に強請ってきたのだ。

それが面白くなくて、今日は違う物語をお話したら案の定、彼女は飽きて寝てしまった。

それでいい。
彼女に王子様なんか必要ない。


「…おやすみ、僕のリトルレディ。」




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