私は貴方を許さない

白湯子

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第5章「正義の履き違え」

78話

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「まず、お前に違和感を覚えたのは、皇宮の侍女から興味深い報告を受けた時だ。」
「…。」


義弟は何も言わずに、静かに殿下を見つめている。
殿下が発した〝興味深い報告〟という言葉に、胸が嫌にざわつきを始めた。


「エリザが皇宮に来たことがあっただろ?そん時、エリザを世話した侍女が『シューンベルグ公爵令嬢が、監視魔法が組み込まれた首飾りを身に付けていました。』って言ってたんだよ。」


無意識に、服の下に閉まっているネックレスを握り締める。


―――監視。


その聞き慣れない単語に、その意味を直ぐに理解することが出来なかった。


「しかも、その首飾りは弟から貰ったものだって言うじゃねーか。どう考えても、ユリウス、お前の仕業だろ。」


殿下の言葉を上手く取り込めない。脳が考えることを放棄している。
待って、まだ、理解していないの。
お願い、私を置いていかないで。


「エリザ、お前はてめぇの弟に盗聴されてたんだよ。ずっとな。」


まるで、後頭部を鈍器で殴られたような衝撃が襲いかかる。
嘘だ。
誰よりも私を大切にしてくれている義弟が、そんなことをするはずがない。

だが、悲しいことに辻褄が合ってしまう。
デューデン国へ行っていたはずの義弟が何故、殿下と一緒に過ごしていたことを知っていたのか。
私が皇宮から帰ってきた時もそう。彼は私に『1日歩き回っていたから疲れているのでしょう。』と言ってきた。私は一言もそんなこと言っていなかったというのに。それ以外だって……

義弟に感じていた違和感の花が、はらはらと散っていく。


「盗聴だなんて人聞きの悪い。僕はただ姉上を見守っていただけですよ。」


平然と言ってのける義弟に、唖然とする。
どうして、そんな言い方をするの?
私を盗聴していたことを、認めると言っているようなものじゃないか!


「ストーカー野郎は大抵そう言うんだよ。」


義弟が私を盗聴していたという実感が、まるで毒がまわるかのように、ゆっくりと身体を痺れさせていく。
あぁ、嘘だ、嘘だ…。こんなこと、有り得ない。

私の世界に、まるで蜘蛛の巣のようなひび割れが走る。


「この段階ではまだ、頭のイカれたシスコン野郎としか思っていなかったけどな。その違和感が確信に変わったのはつい最近だ。覚えているか?一昨日、お前がエリザを迎えに来た時のことを。」
「…。」



『あぁ。こんにちは、殿下。今日も、お忙しそうですね。』
『あぁ、めっちゃ忙しいぞ。優秀なユリウス君よ、手伝っていってくれても良いんだぜ?』
『残念ながら僕は自分のことと姉上のことで精一杯でして…力不足で申し訳ないです。』
『そんなつれないことを言うなって。俺が直々に茶をいれてやるからよ。』
『例の侍女のお茶ですか?ふふふ、遠慮しておきます。まだ冥土に行くのは早いですから。』
『はははっ。そう遠慮すんなって、冥土の土産ぐらいは持たせてやるからさ。』



「お前は、例の侍女のお茶って言ったよな。」
「言いましたが、それが?」
「お前はモニカのカモミールティーを知らないはずだ。」
「お忘れですか?以前、僕は貴方の前で1度だけですが、飲んだことがあります。」
「ちゃーんと覚えているぜ。」
「なら、何故僕が知らないだなんて……」


義弟は不自然に口を閉じる。それを見た殿下はニヤリと口角を上げた。


「確かに、お前は俺が入れたカモミールティーを飲んだ。だが、その味がモニカのだと伝える前に、俺はお前を転移したんだぜ?だから、お前が俺のカモミールティーを〝例の侍女のお茶〟と呼ぶのは不自然だ。」


義弟の顔が初めて強ばった。


「モニカのクソマズ茶を知ってんのは、モニカの記憶を持つ俺とエリザ、あとはモニカの茶でぶっ倒れたことのあるアルベルトしか居ねぇーんだよ。」
「…。」


義弟は何も答えない。
目を伏せ、何かを考え込んでいる義弟の姿を見て、言い知れぬ恐怖が身体を駆け巡る。


「ゆ、ユーリ。違うなら違うと言って。」


口から出たのは笑ってしまうほど、か細い声だった。
義弟は目を伏せたまま口を開く。


「…すみません、姉上。」
「ち、違う、そうじゃなくて…」


謝って欲しい訳では無い。私は、先程のように否定して欲しいのだ。

貴方が認めてしまったら、貴方で成り立っているこの世界が崩れてしまう。
だから、お願い、否定して。
私の世界を壊さないで。


「いい加減にしろ、エリザ。コイツに首を絞められたのを忘れたのか。」
「っ、」


殿下の鋭い声に、ビクリと肩が震える。


「お前だって、本当は気づいてたんじゃないのか?弟がアルベルトだってことを。」
「そ、そんな…ち、違う…」
「その証拠を探す為に、お前は弟の部屋に入った。」
「違う…っ」


確かに私は、嘘をついた義弟に疑心感を覚えた。だからといって、義弟がアルベルト様だなんて、突拍子もなく、そんな恐ろしいことを思うはずがない。

そこまで考えて、はたと気づく。


「…待ってください。どうして貴方が知っているのですか?」


まるで、私の行動を見ていたかのような彼の口ぶりに戸惑う。
今思えば、彼がここに居ること自体、おかしいのだ。

顔を青くして殿下を見上げると、彼は薄く笑った。


「わりーな、エリザ。お前の行動は全て見させてもらってた。」


殿下の言葉を理解する前に、当然、右手の甲に鈍い痛みが走る。自身の右手を見れば、以前見たものと同じように、皇族の紋章である青薔薇の模様が浮かび上がっていた。
確かこれは、殿下を呼び出せる魔法だ。


「これは、召喚の魔法陣じゃない。監視の魔法陣だ。」
「か、んし…?」


その穏やかではない言葉に、くらりと目眩を覚える。
まただ、また…、監視…


「本当は、聖女の野郎の本性を見てやろうと思ってたんだけど……まぁ、弟の意味深なセリフを聞けたし、結果オーライだな。」


結果オーライ?馬鹿な事を言わないで。

私の行動は全て殿下に見られていた?
何の同意もなしに?
私の意思は?
私に嘘をついたの?
義弟だけでなく、殿下にも見られていた?

殿下に抱いていた信頼がガラガラと崩れていく。


「俺は、お前らの会話をしっかり聞いてたぜ。ユリウス、300年前がどーのこーのって言ってたよなぁ?そこまで言っちまったら、もう言い逃れはできねーぞ。」


義弟は何も答えない。いや、答えられないのだ。

それが、彼が何者であるかを雄弁に物語っていた。


「あ、あぁ…」


思わず、両手で顔を覆う。

嘘だ、嘘だ、嘘だ……



世界が音を立てて、



崩れてた。



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