私は貴方を許さない

白湯子

文字の大きさ
上 下
80 / 212
第5章「正義の履き違え」

77話

しおりを挟む


「コイツに触んな。」


低い声が聞こえてきた瞬間、背後から伸びてきたギラリと光るナイフが義弟の手のひらに突き刺さった。
その衝撃で義弟の手から鮮血が舞い、私の頬を濡らす。


「ひっ、」


血塗られた刃先が手のひらから抜けると、そこから暗褐色の液体がボタボタと零れ落ち、シーツを赤く染め上げる。


「ぐっ、」


義弟は負傷した手を押え、苦痛の表情を浮かべた。


「痛いか?ははっ、いい気味。」


くつくつと笑う殿下は、ナイフの汚れを払うように床めがけて一振する。その反動でナイフに付着していた血液が床に飛び散った。


「あ…あぁ…、なんてことを…」


殿下は1度だけでなく、2度も義弟を刺したのだ。それも虫を殺すかのように、なんの躊躇もなく、淡々と。
目の前で起こったことが信じられない。
カタカタと震える私の肩を、殿下がそっと抱き、血塗られたナイフを持つ手で、義弟向かって指を刺した。


「ほら、エリザ。アイツの手をよく見てみろ。」


殿下の言葉に従い、恐る恐る義弟の手に視線を向ける。すると、先程と同様に流れ出た血液は義弟の手のひらにズルズルと這い上がり、あっという間に傷口が塞がってしまった。
そこにあるのは、シミ一つない、しなやかな義弟の手。


「どうして…」
「〝青の魔力〟を持っている奴は、そう簡単に死なないように出来てんだよ。どんな傷だろうが、みるみるうちにに治っちまう。…そうだろ、アルベルト。」


殿下からアルベルトと呼ばれた義弟は、目を伏せた。


「血は魔力、魔力は血。殿下の仰る通り、に流れている〝青の魔力〟は主を守ろうとする治癒力が非常に高いです。心臓さえ無事なら、死ぬことはないでしょう。」
「…認めんのか?」
「えぇ、ここまできたら隠せません。僕の身体には間違いなく〝青の魔力〟が流れています。ですが、」


義弟は視線を上げ、私の瞳に見つめた。視線が絡まり、呼吸が止まる。


「僕はアルベルトではありませんよ。」


アルベルトサマジャナイ?

ヒュッと肺に酸素が入り込む。
果たしてそれが、嘘なのか、本当なのか。その言葉の真偽を確かめるようと義弟のサファイアの瞳をじっと見つめたが、彼はただ穏やかなに微笑んでいるだけだった。


「〝青の魔力〟を持っているからといって、僕がアルベルトだと決めつけるのは少々短絡的ではないでしょうか。」


私の肩を掴む殿下の手に力が入る。


「ほぉ?じゃあ何で、皇族じゃないお前がその魔力を持ってんのか、ちゃーんと説明できるんだよなぁ?」
「勿論。殿下の事ですから既にご存知だとは思われますが、僕は母の不貞によって生まれてきた子供です。単純な話し、その母のお相手が皇族だったのでしょう。」


義弟の告白に、私と殿下は息を呑む。

皇族は民衆にとって、帝国の象徴的存在だ。特に青の魔力を持って産まれてくる皇族は神に近しい存在であると言われている。そんな厳格な皇族が不貞を働いたのならば、帝国を揺るがす程の大問題だ。帝国内で暴動が起こる可能性だって十分に考えられる。


「そんな僕は、皇族からみたら汚点でしかありません。もし、この事が皇族に知られてしまったら、僕の存在は消されてしまうかもしれない。そう幼心に思った僕は身を守る為に瞳の色を変えていました。」


義弟の話しが事実であるなら、皇族にとっては義弟は危険な存在だ。帝国の崩壊の要因となる危険因子を排除したいと思うのは不思議な話しではない。

今思えば、義弟は魔法を使う時、私に目を閉じさせていた。それが、それが瞳の色を隠すためだとは思いもしなかった。
私にも隠していたという事実に、場違いにも心が傷んだ。


「…証拠は?」


殿下が唸るような声で訊ねれば、義弟は小さく笑った。


「母に証言させるのが1番手っ取り早いのですが、残念なことに母は牢獄の中で精神を病んでしまったそうです。お相手の皇族の方は、きっと死んでも口を割らないでしょうし……強いて言うなら、僕がサファイアの瞳を持っていることが、なによりの証拠かもしれませんね。」
「……一応、筋は通ってんな。」
「筋もなにも事実ですから。僕がアルベルトである話しよりも、よっぽど信憑性を帯びています。…姉上。」


突然呼ばれて、ビクリと肩が震える。
義弟はニッコリと微笑み、私に向かって両手を広げてきた。


「僕がアルベルトではないことが、わかりましたよね?もう、怖くないでしょう?ほら、こっちにおいで。」
「ふざけてんじゃねーよ。」


忌々しげに舌打ちした殿下は私のお腹に片腕を回しベッドから引きずり下ろした。一瞬の浮遊感に思わず殿下の腕に縋り付く。そして、彼はやや乱暴に自身の背中に私を隠した。混乱で膝が笑っているが、殿下の服の袖を掴み、何とか立位を保つ。

彼の背中から義弟の様子を窺うと、義弟は珍しく表情を失くした。その何の感情も読み取れない能面のような顔に背筋が凍る。


「…殿下、貴方はどれだけ罪を重ねていくつもりですか?不法侵入罪、名誉毀損、傷害罪…。帝国の皇太子といえど、民はそこまで寛容ではありません。良くて謹慎処分、皇帝権の剥奪。最悪、国外追放…。貴方はそれだけのリスクを犯しているという自覚がおありで?」
「ははっ、自分の姉貴を絞め殺そうとした奴に言われたくないねーなぁ。」


首に不穏な熱が帯びる。
先程、義弟に首を絞められたことを思い出し、身体を強ばらせた。


「僕が大切な姉上を傷付けるはずがないでしょう。」
「大切な姉上…ねぇ?やっすい言葉だな。口先だけなら何とでも言える。」
「貴方こそ、先程から根拠の無いことばかり並べて話になりません。姉上の不安を煽るような真似はおやめ下さい。」
「…根拠ならあるぜ。」


殿下の含みのある言葉に、義弟は微かに瞳を眇めた。









しおりを挟む
感想 431

あなたにおすすめの小説

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

恋心を封印したら、なぜか幼馴染みがヤンデレになりました?

夕立悠理
恋愛
 ずっと、幼馴染みのマカリのことが好きだったヴィオラ。  けれど、マカリはちっとも振り向いてくれない。  このまま勝手に好きで居続けるのも迷惑だろうと、ヴィオラは育った町をでる。  なんとか、王都での仕事も見つけ、新しい生活は順風満帆──かと思いきや。  なんと、王都だけは死んでもいかないといっていたマカリが、ヴィオラを追ってきて……。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

処理中です...