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第4章「好奇心は猫をも殺す」
68話
しおりを挟む時計の秒針が、いつもよりも駆け足で進んでいく。実際そんなはずは無いのだが、そう思ってしまうのは私の心情のせいだ。
時が止まってしまえばいいのに。そう思えば思うほど秒針はその足を早め、そして…
―――カーン、カーン、カーン…
終業を知らせる鐘が、学校中に鳴り響く。
午前の授業が全て終わり、昼食の時間となってしまった。同時にそれは、義弟との時間でもある。
今まで、こんなにも昼食の時間が訪れるのを憂鬱に思ったことがあっただろうか。
昨日までの昼食の時間は私にとって至福の時だった。可愛い義弟に会いたくて会いたくて、早く時間が進めば良いのにと思っていたほどだ。
たった1日で、こうも気持ちが変わるだなんて、心底人間は不思議な生き物だと思う。
ここでぼんやりしていても仕方ない。
私は広げていた教科書やノートを鞄にしまい、植物園へと向かった。
※※※※※
植物園に近づけば近づくほどに、だんだんと胃がキリキリしてきた。
もういっそのこと、無理して行かなくても良いのでは?理由なんて後からいくらでもつけられる。
そんなことを考えながら歩いていると、植物園の入口に人だかりができているのを見つけた。
植物園の中を見つめ、恍惚な表情を浮かべている生徒たちに嫌な予感がする。
人と人の隙間から植物園の中を覗けば、案の定、芝生に座り楽しそうに談笑する聖女と義弟の姿が見えた。
それを見た私の胸にカッと憤怒の炎が燃え上がる。
私に会えることが唯一の休息だと言っていたくせに、何故聖女と一緒に居るのだ!
結局こうなるのであれば、最初から思わせぶりなことを言わないで欲しかった。
あの甘い言葉の真意がわからず戸惑っていたが、それ以上にまだ義弟に必要とされているのだと、喜んだ自分が居たのも事実。義弟を疑っているくせに、まだ縋ろうとするのか。あまりの愚かさに泣きたくなった。
なぜ義弟は、こんなにも残酷なことをするのだろう。何かの報復なのだろうか。
無意識に唇をかみ締めていると、人と人の隙間から聖女のピンクダイヤモンドの瞳と目が合った。その吸い込まれそうなほど美しい瞳に思わず息を呑む。聖女は私を見つけるなり、花が咲くような笑顔を見せた。
「エリザベータ様!」
その言葉に生徒たちの視線が一斉に私に集まった。私を見据える生徒たちの顔には、明らかな敵意が含まれており、思わず後退りする。
そんな私の元へと、芝生から立ち上がった聖女は無邪気に駆け寄ってきた。生徒たちは、波が引くように聖女に道を空ける。その表情は先程とはうって違って、穏やかなものだった。その変わり身の早さに、ゾッとする。
「こんにちは!やっとお会いできて嬉しいです!」
そう言う聖女は好意的な笑顔で、私の左手をぎゅっと掴んできた。突然のスキンシップに戸惑っていると、義弟も私の傍に歩み寄ってきた。
「お疲れ様です、姉上。…もしかしたら、貴女はもうここには来ないのかもしれないと思って、ずっと心配してました。」
切なげに私を見つめる義弟も、私の右手をそっと握る。
「えと…?」
どうして私は2人に手を握られているのだろう。戸惑いを隠せない私が義弟と聖女を交互に見つめていると、2人はにこりと笑った。
「「ずっと、貴女が来るのを待っていました。」」
声を揃え、優しく目を細める2人。
その甘く蕩けるような視線に、息が詰まる。
彼らの瞳は、まるで合わせ鏡のように、そっくりだった。
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