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第4章「好奇心は猫をも殺す」
65話
しおりを挟む甘い香りが鼻腔を擽る。
目を開ければ、一面のカモミール畑の中心に私は立っていた。
私の足元には、白いドレスを身に纏う少女が座り込み、こちらを無表情で見上げている。その静かなエメラルドの瞳からは、何の感情も読み取れない。
「酷い顔ね。」
「え、」
「自覚ないの?まるで、世界に絶望したような顔よ。」
「…。」
「あの子が居ない世界は、そんなにも寂しい?死にたくなるほどに?」
少女の言葉に頷く。
義弟が居なくなった世界で、どう生きていけば良いのだろう。いっそのこと、死んで消えてしまいたい。
「…哀れね。」
ポツリと呟いた少女は、足元に咲いている一輪のカモミールを摘み取る。
「そんなんだから、貴女はこの場所に縛られたままなのよ。」
縛られているのは私ではなく、目の前にいる少女だ。以前、そう言っていたじゃないか。
少女は私に哀れみの視線を送ってから、摘み取ったカモミールを自身の口に運び入れた。
「……何をしているの?」
「見て分からない?食べているのよ。」
「どうして?」
「貴女も食べればわかるわ。」
そう言って少女は、新しく摘み取ったカモミールを私に差し出す。
私は首を横に振った。
「どうして食べないの?」
「だってそれは食べ物ではないでしょ?」
「そうやって貴女は逃げるのね。」
失望したかように、少女は顔を伏せる。
その様子に私は少しムッとした。食べなかったぐらいで、そんな言い方をしなくてもいいじゃないか。それに、カモミールを食べるだなんて聞いたこともない。この少女はおかしいのだ。
そんなことを考えていると、突然世界が反転した。
「―っ!?」
視界に、白いカモミールの花びらが舞い散る。
少女に押し倒されたのだと、遅れて気付いた。その細い身体で、どこにそんな力があったのだろうか。私は少女の下から逃れようと藻掻くが、少女の身体は石のようにびくともしなかった。
「さ、食べるのよ。エリザベータ。」
私の口元に、先程摘み取ったカモミールを押し付ける。
「やめて…!」
首を横に捻り、カモミールが口に入るのを必死で拒む。
「逃げないで、目を逸らさないで。世界が歪んでしまった原因は、貴女にもあるのよ。」
突然何を言い出すのだ。
私は何も悪い事なんて、していない。とんでもない言いがかりだ。
「テオドール殿下を傷つけてまで、あんなにもアルベルト様のことを知りたがっていたじゃない。」
「やめて、」
「自分で聞いたにも関わらず、怖くなった貴女はアルベルト様から目を背けて逃げた。」
「…っ」
どうして私は少女に責められているのだろう。
怖いものは、怖いのだ。仕方がないじゃないか。
この少女は、終わった過去のことに対し、一体私にどうしろというのだ。
「開き直らないで。どうして貴女がアルベルト様をそんなにも怖がっているのか教えてあげるわ。」
「…え?」
「アルベルト様のことを、何も知らないからよ。」
私がアルベルト様のことを何も知らない?
そんなことはない。殿下から過去のことを聞いて、私は全てを知ったのだ。知ったからこそ、私は彼を恐れている。
「全てを知った?本当に?」
「本当よ。だから、これ以上何かを知る必要なんて無いの。」
「…じゃあ、何故アルベルト様は貴女のお墓を掘り起こしたの?」
「もう一度私を殺すためよ。1度殺したくらいでは、彼の怒りは収まらなかった。」
「仮に貴女を2度殺したとして、どうしてアルベルト様はその後死んでしまったの?」
「それは…」
思わず、言葉が詰まる。
「ほら、何もわかっていないじゃない。貴女は、ただ真実から目を背けているだけ。逃げているのよ。」
少女の言う通りかもしれない。だが、私は…
「知りたくないよ…」
瞳から涙がポロポロとこぼれ落ちる。子供みたいに、ヒクヒクと泣き始めた私を少女は、冷めた瞳で見下ろす。
「…知らないと、貴女はここに囚われたままだわ。」
「どうせ真実を知っても、また苦しむだけでしょう?だったら知らないままでいい。もう、苦しいのは嫌なの。何もかも忘れて、死んでしまいたい…!」
私の言葉に少女の瞳に憤怒の炎が宿る。
「何も知らないくせに、勝手に死のうとする貴女を私は許さない。」
こちらを鋭く睨みつけた少女は、私の口元に押し付けていたカモミールを自身の口の中に運び入れた。何度か歯を動かし、
―――そして、
なんの躊躇いもなく、少女は私の口に自身の唇を押し当ててきた。
「―っ!?」
驚愕に目を見開き、思わず口を開ける。すると、少女の口から生温い液体を喉に流し込まれてしまった。咄嗟にそれを飲み込む。
鼻に抜けるのは、よく知っている甘い林檎のような香り。あぁ、これは…
私が飲み込んだのを確認した少女は、私から唇を離した。
「エリザベータ、よく聞いて。貴女の前に現れるもの全てを疑いなさい。」
「急になにを…」
「真実の欠片に食らいつくの。」
少女は真摯な瞳で私を見つめる。
「そして、貴女が何を思って死んでいったのか、ちゃんと思い出して。」
悲痛に顔を歪ませる少女の首から、ぽたぽたと赤い雫がこぼれ落ち、私の頬を伝っていった。
「私を救えるのは、今を生きている貴女しかいないの。」
よく見れば、少女の首は継ぎ接ぎがみられる。そこから、赤い雫が滴り落ち、カモミール畑を赤く染め上げていく。
まるで、少女が泣いているみたいだ。
私は、そっと少女の頬を撫でる。
―可哀想に…。
いつの間にか少女の身体には、真っ赤な首輪と、足枷が嵌められていた。
「私を助けて、エリザベータ。」
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