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第4章「好奇心は猫をも殺す」
60話
しおりを挟む「…約束って何ですか?」
邸へと向かう馬車の窓から雪景色をぼんやりと眺めていると、隣りに座る義弟がそう尋ねてきた。
突然の問いに、一瞬何のことだか分からなかったが、直ぐに殿下が去り際に言ったことかと思い至った。
「あぁ、それは…」
『いいか、これは俺とお前だけの秘密だ。』
ふと、彼の真摯な言葉が脳裏を過った。途中まで開いた口を閉じる。
「姉上?」
黙り込んでしまった私を不審に思ったのだろう。義弟は心配そうに私の顔を覗き込んできた。
おっと、いけない。
義弟を安心させるために、私は咄嗟に笑みを貼り付けた。
「殿下が暫く皇宮に籠るから、その間にしっかり勉強していなさいって。」
「あの殿下が、姉上に勉強を…?」
疑うような視線に内心冷や汗をかく。
下手に誤魔化さず、正直に言った方が良かっただろうか。いや、それでは殿下の約束が守れない。私は殿下に対して、誠実で居たいのだ。
少し無理があるが、何とか義弟に納得してもらわなければ。
「えぇ、そうよ。」
「…少し信じられませんが、姉上がそう言うならそうなんでしょう。」
案外とあっさり信じてくれたことに、拍子抜けする。
過保護の義弟のことだ。とことん追求してくると思ったのだが…。まぁ、納得してくれたのなら、それで良い。私は心の中で安堵の息を漏らした。
「明日からの放課後は、図書室で勉強しながらユーリを待っているわ。」
「姉上、僕を待たなくてもいいんですよ?貴女を遅くまで待たせるのは、心苦しいです。」
「私が貴方を待ちたいの。……もしかして、私が待っているのは嫌?迷惑だった?」
もしそうだとしたら、話しは変わってくる。大切な義弟の嫌がることはしたくない。だが、私のわがままのせいで、知らずのうちに迷惑をかけてしまっていたら…。
不安を隠せない私は、恐る恐る義弟の様子を伺った。
「迷惑だなんて、そんなこと有り得ません。…嬉しいですよ、とっても。」
義弟は優しく微笑みながら、私の右手の甲に触れる。
そこが偶然にも、殿下の魔法がかけられた場所だったので、心臓が小さく跳ねた。
「…ねぇ、姉上。殿下が居なくて寂しいですか?」
「え?あ、あぁ、そうね、寂しいわ。でも、私にはユーリが居るもの。貴方が居てくれるなら、それでいい。」
私は甘えるように義弟の肩に頭を乗せる。一瞬、義弟の身体が強ばる。が、すぐに弛緩し、義弟も私に身体を擦り寄せてきた。
「僕もですよ、姉上。」
お互いがお互いの存在を求め合う、この関係はとても居心地がよい。
だが、一方で麻薬のようだとも思う。
この居心地の良さを知ってしまえば、離れることは難しい。ずぶすぶに溺れている私は、この先もずっと義弟の存在に依存していくのだろう。
それで良いのだ。義弟もそれを望んでいる。
無理してまで、何かを変えようとする必要なんてない。そんな無駄なことをしなくても、私たちの世界は永遠だ。
―――だから
私は、義弟に感じた違和感を全て蓋をする。
そうすれば、この世界は壊れない。
余計なものは箱に詰めて、心の奥底にしまっておこう。
世界で最も信頼している義弟の傍らで、私は静かに目を閉じた。
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