55 / 212
第3章「後退」
54話
しおりを挟む無言のまま、殿下と一緒に邸へと続く煉瓦の道を横に並んで歩く。
その煉瓦の道に薄ら雪が積もった頃、殿下は久々に口を開いた。
「しけた面、してんなよ。」
「…すみません。」
自覚があった私は素直に謝る。
「聞いたこと、後悔してんのか?」
その言葉に首を振る。
「いえ、先程も言ったように知れてよかったと思っています。」
「ふぅん。じゃあ、気持ちの整理がつかないとか?」
「それもありますが…」
1番は殿下に対する申し訳なさだ。
自分のことしか考えていなかった私は、彼を無意識に傷付けた。
あの時、殿下の気持ちも汲み取っていたら、と今更ながら後悔する。そして私自身が、殿下いわく“しけた面”しているのはお門違いだってこともわかっている。
だが、それを本人に馬鹿正直に言うのもどうかと思った私は語尾を濁らせた。
「なんだよ。」
案の定、彼は怪訝そうな顔でこちらを見てくる。
一瞬、誤魔化そうとしたが、それでは今までと何も変わらないと思い、私は足を止めた。殿下も私に合わせて足を止める。
「…すみません。身勝手なことばかり言った上に、辛いモニカの記憶を思い出させてしまって…貴方を傷付けてしまいました。」
自身の無神経さを謝罪だけで許されるとは思っていない。だが、彼は優しいからきっと私を許すだろう。
「傷付けたって……。そんなこと考えてたんかよ。」
私は俯き、彼の言葉に頷く。すると頭上から大きなため息が降ってきた。
「ばっかだなァ。俺はあんなんで傷付くような男じゃねーよ。…だから気にすんな。」
ぶっきらぼうながらも優しい声に顔を上げる。そこには呆れたような笑みをこぼす殿下がいた。
ほら、彼は私に甘い。その甘さにまた泣きそうになった。
「モニカの記憶のことは、とっくの昔に過去のもんだって割り切ってるし。…お前も俺を見習ってさ、過去に囚われ続けるなよ。」
殿下は私の頭を軽く叩いてから歩き出す。その背中を見て私は思った。「あぁ、この人は強いな。」と。
少し小走りをして、殿下の横に並ぶ。
「少し時間はかかると思いますが、自分なりに過去を清算していきたいと思います。」
「お。エリザのくせに、珍しく前向きじゃん。」
「……。」
「怒んなって。シワ増えんぞ。」
ゲラゲラと笑う殿下にため息をつく。だが、いつもの様に話せている事にホッとしていた。
気付けば、シューンベルグ邸の門が見えてきた。そして、その門の前で佇む1人の人影に気付く。
あれは…。
「ユーリ?」
私が声を掛ければ、義弟のユリウスは弾かれたかのように顔を上げ、その瞳に私を写した。
「…姉上。やっと帰ってきた。」
酷く安堵した表情を見せる義弟。その顔があまりにも幼く見えたので、私は思わず駆け寄った。
「貴方、どうしてここに…。あぁ、こんなに冷たくして…」
鼻先を赤く染める義弟の頬に両手を添える。そのひんやりとした冷たさが私の手のひらに伝わった。一体どれぐらいの時間をここで過ごしていたのだろうか。
義弟は私の手の甲に自身の手を重ね、すりついてくる猫のように目を細めた。
「姉上は手は温かいですね。」
「貴方の手が冷たすぎるのよ。」
「殿下に何か酷いこととか、されませんでしたか?」
「されてないわ。それよりも…」
義弟の手は頬よりも冷たく、私の手も冷えきってしまいそうだった。
「ユーリ、手も氷のように冷たいわ。早く邸の中に入りましょう?風邪を引いてしまうわ。」
義弟は身体が弱い。その上、デューデン国から帰ってきたばかりなのだ。こんな所にいつまでも居たら体調を崩してしまう。
「えぇ。ですが、その前に…」
義弟はそう呟くと、まっすぐ前を見据えた。私も義弟から手を離し、その視線を追う。
「殿下。女性をこんな時間まで連れ回すだなんて、感心しませんね。」
その冷たく硬い声に思わず身体が強ばる。それに気付いた義弟は安心させるかのように私の肩を抱いてきた。
「こんな時間って、まだ日も暮れてないだろ。…まぁ、お前こそ、お迎えご苦労さん。まるで主人を待つ捨て犬みたいだな。」
「殿下、ユーリになんてことを…」
義弟を嘲笑うような殿下の口調に思わず眉を顰める。その義弟を愚弄する発言を咎めようと口を挟もうとすると、義弟は肩を抱く手に力を入れてきた。
「…殿下。誰が聞いているか分からない場所でそういった不用意な発言はお控え下さい。」
「わりーな。正直者なもんで。」
「貴方は将来、このノルデン帝国を導いていく尊き方です。そのように、思ったことを何でも口にするような皇帝では、民は貴方についていきません。」
「ははっ、腹ん中で何考えてんのか分からない皇帝より、よっぽどいいだろ。」
「…誰のことを言っているのです?」
「さぁな。」
不穏な空気が私たちを包む。
義弟と殿下は静かにお互いに見つめ合う中、私はどうすれば良いのかわからず困惑していた。だが、この場を鎮められるのは私しかいない。
この場に怯んでしまっている自身を奮い立たせ、口を開こうとするが、それは穏やかな声によって遮られた。
「なんの騒ぎかな?」
義弟と殿下の一触即発の睨み合いのところを割って入ったのは、意外にも父だった。
突然現れた父に、私たちは目を見開く。
「…父上、何故ここに?」
最初に口を開いたのは義弟だ。父は義弟の疑問に対し、穏やかに笑ってみせた。
「仕事中にね、外から子犬のいがみ合いが聞こえてきたから、つい様子を見に来たんだよ。野良犬達に邸の大切な花を踏み荒らされたら大変だからね。」
父の言葉に私は顔を引きつらせた。父が何を比喩しているのかが分かったからだ。
義弟と殿下も父の言わんとすることに気付いたようで、お互いバツが悪そうに視線を逸らした。
「さ、可愛い子供たち。風邪をひいてしまうよ。早く邸の中に入りなさい。」
父は義弟と私の肩を抱き、門の中へと誘導する。すると父は「おや?」と首を傾げた。
「エリィ。随分と男臭いコートを着ているんだね。」
「…あ。」
殿下にコートを借りたままだったことに言われて気付いた私は、コートを脱ぎ殿下に駆け寄った。
「コート、ありがとうございました。」
「男臭くて悪かったな。」
「…聞こえてたんですね。」
「むしろ聞こえるように言ってただろ。」
しかめっ面をしている殿下に、私は苦笑いをし小さく謝った。
そして殿下は「いい性格してるぜ。」と呟きながらコートを受け取る。
「久々にお会い出来たのに、生憎の雪で残念ですな。ですので今度、ゆっくりとお話しましょう。色々と、じっくりと、ね。」
にっこりと笑う父に殿下は顔を顰めた。
34
お気に入りに追加
1,923
あなたにおすすめの小説

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

恋心を封印したら、なぜか幼馴染みがヤンデレになりました?
夕立悠理
恋愛
ずっと、幼馴染みのマカリのことが好きだったヴィオラ。
けれど、マカリはちっとも振り向いてくれない。
このまま勝手に好きで居続けるのも迷惑だろうと、ヴィオラは育った町をでる。
なんとか、王都での仕事も見つけ、新しい生活は順風満帆──かと思いきや。
なんと、王都だけは死んでもいかないといっていたマカリが、ヴィオラを追ってきて……。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。
アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。
いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。
だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・
「いつわたしが婚約破棄すると言った?」
私に飽きたんじゃなかったんですか!?
……………………………
たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!


愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる