私は貴方を許さない

白湯子

文字の大きさ
上 下
47 / 212
第3章「後退」

46話

しおりを挟む


モニカside


お嬢様が眠るお墓に手を合わせ、目を閉じる。

私は誓う。
必ず、アルベルトと聖女をこの手で殺してやる、と。

虚言で無実のお嬢様を罰した聖女が憎い、お嬢様を散々痛みつけて命を摘み取ったアルベルトが憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い…


―あんなヤツらは死んじゃえば良いんだ。


「…お嬢様、行ってまいります。」


憎悪の念を抱きながら、私は皇族に仕える侍女として皇宮に忍び込んだ。
本来、皇族に仕える侍女達はだいたいが貴族の娘なのだが、下町育ちの私でも簡単に入ることが出来た。そのことに違和感を感じ、採用担当に理由を聞けば人手不足だから、とのこと。
少々拍子抜けだが、これでアルベルトと聖女の傍で殺せるチャンスがぐっと高まった。

焦らず、慎重に。失敗は許されない。私は2人を確実に殺すために皇宮で息を潜めることにした。


※※※※※


皇宮に忍び込んで、1週間ほど経過した。

部屋の隅で待機しつつ、今日も奴らの会話に耳を傾ける。


「ねぇ、アル。お金が無いのなら、もっと税金を増やしちゃえば?」
「さすがは僕の聖女。いい案だね。すぐにそうしよう。大臣、今の話聞いていたよね?」
「もちろんでございます。では、そのように。」


―…本当、人間を馬鹿にしている。


大多数の平民は貧しい暮らしを強いられている。
下町に住む私の家だって、学校にも行けず、下の妹と弟は十になる前から働きに出ているのだ。そんな家が大半であることは、彼らも重々に理解しているはず。理解した上で、その平民から金を搾り取ろうとするだなんて、一体何を考えているのだろうか。

このままでは、不満を募らせた民衆が暴動を起こすのも時間の問題だ。学のない私だって分かることなのに……。

周りから褒められてニコニコと笑っている聖女をチラリと一瞥した。


聖女マリー。
国境視察中のアルベルトの前に、突然現れた神に愛された乙女。
愛らしい見た目と、天真爛漫な性格で彼女はアルベルトだけでなく、多くの人間を魅了した。
そして誰もが、口を揃えてこう言うのだ。彼女こそ皇后に相応しいと。


―ばっかじゃねーの。


私は心の中で舌打ちをする。
この聖女は想像してた以上に、とんでもない毒婦だった。

貧しい平民とは対照的に、聖女マリーは並外れた豪華な生活を送っていた。
前皇帝陛下と皇后陛下が亡くなってからは、タカが外れたかのように昼も夜も関係なく皇宮で華やかなパーティを開き、夫であるアルベルト以外の貴族の青年達と情愛のような肉欲に溺れ、絢爛豪華な調度品に囲まれた彼女は実に滑稽に見えた。
その上、聖女はこうして政治にも介入して、法を掻き乱す。資金が底を尽きているのも彼女の浪費のせいだ。

エリザベータお嬢様が着せられた罪のひとつ、“帝国金の横領”は聖女の仕業である。その上、邪魔な前皇帝陛下と皇后陛下を殺そうとしたのも聖女。聖女は全ての罪をエリザベータお嬢様に擦り付けたのだ。

贅沢の限りを尽くし、自分のことしか考えていない軽薄な女。
それが私から見た聖女マリーだ。
聖女が異常であると誰の目から見ても明らかなはずなのに……


――何故、誰もこの暴君聖女を咎めない。


この皇宮は可笑しいのだ。皆、聖女の言葉を盲目的に信じ、破滅への道へと自ら進んでいる。

ノルデン帝国の若き獅子と謳われていたアルベルトも聖女に溺れ、かつての面影は無い。そこに居るのは、聖女に良いように使われて喜ぶ哀れな男だ。


―こんなクソ野郎のせいで、お嬢様はずっと苦しんでいたのかよ…。


悔しさで目の前が真っ赤になった。絶対に奴らを許してはいけない。


「やった!これでお金が増えるね!そうだ!私、デューデン国に旅行に行きたい!」
「良いね、じゃあ今度…」
「アルはお仕事があるでしょ?だから、カイとレオンと一緒に行ってくるよ!私のことは心配しないで、お仕事頑張ってね。」


―頭おかしすぎるだろ、この女。


聖女マリーの発言に私は目眩を覚えていた。お金が増える?旅行だ?ふざけんな。
税金はお前が自由に使える金じゃない。本来税金は民衆のために使われる金だ。それを私利私欲のために使おうとしているだなんて、有り得ない。
それに、聖女マリーは一応、ノルデン帝国の皇后なのだ。皇后の職務をほったらかして、色男と言われている騎士を連れて旅行に行くだなんて、どうかしている。だが、それを咎めるものは誰もいない。


「僕の事を気遣ってくれてありがとう。うん、分かった。気をつけて行っておいで。」
「ありがとう、アル。お土産いっぱい買ってくるね!!」


ニッコリと笑った聖女は軽やかに部屋を出ていく。それを、愛しそうに見送ったアルベルトは本気で増税の準備にとりかかっていた。
目の前で繰り広げられた、おぞましい三文芝居に殴りかからなかった自分を誉めてあげたい。

あれが本当に神に愛された乙女なのだろうか。もし、そうだとしたら、それは神ではなく悪魔だ。
…そうだ、きっとそうなのだ。初めから神なんて居なかったのだ。それなら納得する。
神が存在しないこの腐った世界で奴らを裁けるのは、私しかいない。

静かに増悪を滾らせながら、アルベルトと聖女を殺す方法を考える。

聖女が旅行(とかマジでふざけんな、一生帰ってくんな。)中にアルベルトを殺そうか?今まで2人同時に殺そうとしていたが、1人づつの方が楽に殺せるはずだ。そして、混乱する公宮に帰ってきた聖女を殺す。…いや、少し無理があるか…。

まぁ、時間はまだある。確実に2人を殺せる方法を考えていこう。

そう思いながら、私はスカートの中に隠しているナイフにそっと触れた。








しおりを挟む
感想 431

あなたにおすすめの小説

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

恋心を封印したら、なぜか幼馴染みがヤンデレになりました?

夕立悠理
恋愛
 ずっと、幼馴染みのマカリのことが好きだったヴィオラ。  けれど、マカリはちっとも振り向いてくれない。  このまま勝手に好きで居続けるのも迷惑だろうと、ヴィオラは育った町をでる。  なんとか、王都での仕事も見つけ、新しい生活は順風満帆──かと思いきや。  なんと、王都だけは死んでもいかないといっていたマカリが、ヴィオラを追ってきて……。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

処理中です...