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第3章「後退」
45話
しおりを挟むモニカside
帝国歴××年。
憎らしいほど晴れた朝、コーエン一族の処刑が始まった。
噴水広場に集まる民衆は、粗末な馬車で運ばれて来たコーエン一族に罵声を浴びせ、聖女様になんて事を、罪深いっ、早く死んじまえっ、と口々に叫んだ。
コーエン一族は追い立てられ、ふらつきながら断頭台へと近づき、身体を冷たい処刑具に固定された。そして、ギロチンが朝日に輝きながら地面に向かって落下していき、あっという間に首と胴体は切り離された。
最後に断頭台に連れてこられたのは、エリザベータ=コーエン、私のお嬢様だ。
足の無いお嬢様はズルズルと引き摺られ、乱暴に処刑具に固定された。
――そして、
ギロチンが落ちると、美しかったお嬢様の首は胴体から、またたくまに切り離されてしまった。
首切り役人が、お嬢様のプラチナブロンドの髪を無骨な手で握りしめて血の滴る首を持ち上げると、大衆は熱狂した。
興奮する大衆の中、私は広場を静かに見つめていた。角膜に焼き付くぐらいに、お嬢様の最期の姿を見届ける。私には、それしかできないから。
強く握り締めた手からは、真っ赤な血が滴り落ちた。
※※※※※
昼に近づくと、どこへともなく人は散り、辺りはがらんと静まり返っていた。
広場には不気味な断頭台と、血に染る石畳がそのままになっている。
1人になった私は広場に足を踏み入れた。鉄臭い、血の匂いが鼻腔に突き刺さり、その不快さに眉を顰めながら、断頭台の前まで来た。
そこには、首と胴体を切り離されたお嬢様が乱雑に転がっていた。
他の死体は役人が綺麗に掃除したのだが、お嬢様の身体だけは見世物にするため、そのままになっていたのだ。
私はその場に片膝をつき、そっとお嬢様の首を持ち上げる。
「あぁ、お嬢様…。」
彼女は目を見開いたまま絶命をしていた。私の好きなエメラルドの瞳。その瞳で最期に何を映したのだろうか。
私はそっとその瞳を閉じる。
―可愛い、可愛い、私のお嬢様。
私はその小さい首を胸に抱き締める。服が彼女の血で染まっていくが、そんなのどうでもいい。寧ろ、彼女の血を身に纏えるだなんて、これ以上幸せなことはないだろう。
変わり果てたお嬢様の姿を見ても涙は溢れてこない。
泣いても何も変わらないことを、昨日痛いほど思い知ったからだ。だから、私は泣かない。泣いている場合ではない。私にはやるべき事が沢山ある。
私は、お嬢様の首と胴体を持ち上げた。記憶にある重さよりも軽いその身体に涙が溢れそうになったが、それを必死に飲み込み、私は広場を後にした。
※※※※※
ザクザクと一心不乱に穴を掘る。額に滴る汗を拭い、シャベルを放り投げた。
―これぐらい掘れば、大丈夫かな。
ポッカリと空いた穴を満足げに見下ろした私は、その穴にお嬢様の胴体をそっと入れ、手を組ませた。そして、首の上には頭を置き、首元にスカーフを巻けば、ただ眠っているようにしか見れなかった。
まだ、生きているんじゃないかと錯覚するぐらい、お嬢様は綺麗だ。
本当は、棺に入れ沢山の花を添えてあげたかったが、お金の無い私はそれらを用意することが出来なかった。
―ごめんなさい、お嬢様。
心の中で謝り、私は再びシャベルを手に取った。そして、お嬢様に優しく土をかけていく。足、胴体、首…。
お嬢様の顔に土をかけようとして、手が止まる。これがお嬢様と最後のお別れだ。
「…お嬢様、」
私は微笑む。
「長い間、お疲れ様でした。後は私に任せて、ゆっくりと休んでください。」
ここは町外れの森だ。誰にも邪魔されず、静かに眠ることができるだろう。
私はお嬢様の顔にそっと土をかぶせた。
「お休みさないませ、お嬢様。」
次の世界は、貴女にとって幸せな世界でありますように。
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