私は貴方を許さない

白湯子

文字の大きさ
上 下
32 / 212
第3章「後退」

31話

しおりを挟む



つかつかと、やや早歩きで廊下を歩く。そして、気付けば義弟とよく過ごしていた学校の中庭に辿り着いていた。


―あぁ、私は無意識にユーリを探していたのね。


私はその事に気づき、一気に脱力した。
数分前まで“この調子なら義弟からの自立も難しくない”と思っていたのに…。結局はこのザマだ。情けない。

心が弱っている時に、いつも私を支えてくれていたのは紛れもなく義弟だ。だが、その義弟は居ない。

私は中庭にあるベンチに腰掛けた。臀部から伝わるベンチの冷たさにぶるりと身体が震える。
義弟と一緒に過ごしていた頃の中庭の木々達は青々としていたが、今ではその葉も抜け落ち、すっかり冬の装いになっている。その寒々しい風景に、落ち着いていた寂しさがぶり返してしまった。
その寂しさを誤魔化すために服の下にある硝子細工のネックレスに触れる。これは義弟がデューデン国へ旅立つ前の日に私にくれたお守りだ。義弟に「これはお守りなので、常に肌身離さず着けていて下さいね。服の下にしまっておいた方が無くさなくて良いかもしれません。」と旅立つ前に言われたので、言われた通りに毎日首からかけて服の下にしまっている。不思議なことに、このお守りに触れると安心するのだ。

お守りの効果なのか、少しづつ私に冷静さが戻ってきた。


―…殿下に失礼な態度をとってしまったわ。


いつだって、その事に気付くのは物事が終わってからだ。後悔の念が遅れて押し寄せてきた。やってしまった事を悔やんでも、後戻りなんて出来ない。まさに、後悔先に立たず。そんなこと、わかっている。

私を散々傷つけたアルベルト様は、この新しい世界には居ないのだ。あの人はもう私にとって、過去の人。だから本来ならば、テオドール殿下からの戯言ぐらい笑って流せるはずなのに……


―それが出来なかったって事は…私がまだアルベルト様に囚われているってことよね…。


私の中でアルベルト様は、まだ過去の人になっていないのだ。
魂に刻まれてしまったアルベルト様に対する恐怖心はそう簡単には拭えない。

あの人の存在が未だに自分の心を蝕んでいることを思い知った。あの人が私の心に居座り続ける限り、私は前に進むことは出来ないだろう。
だからこそ、300年前に何があったのかを知り、私の中に居るアルベルト様を完全に過去の存在にしたいのだ。

そうすれば、私は前に進める。…はずだ。


「…はぁ。」


ため息をつけば、それは白い息となる。だいぶ気温が下がってきた。

ノルデン帝国の冬は長く、厳しい。あと何日も過ぎれば雪も降り、帝国は一気に銀色の世界に包まれるだろう。
冬の脅威を前にすれば自分の存在など、ちっぽけなものだ。そのことが今の私には重くのしかかった。


―殿下に、謝りに行かないと…。


ずっとここに居たら、何だか泣いてしまいそうだ。
ベンチから腰をあげようとすると、突然私に人影が覆い被さった。


「あの、大丈夫ですか?」


頭上から可愛らしい少女の声が降ってきた。鈴が転がるような声とは、こういう声のことを言うのかもしれない、と思いながら私は顔を上げた。



******

テオドールside


―あ、やべ。やりすぎた。


エリザベータの顔が強ばったのを見てそう思ったが、思った時には遅かった。
部屋から出ようとするアイツを慌てて引き留めようとしたが、アイツのまるで人形のように冷たい視線に思わず怯んでしまった。なんて、情けない。自分に腹が立つ。
1人残された部屋で大きく溜息をつき、頭を掻きむしった。

普段ツンと澄ました態度をとっているエリザベータが、珍しく顔を真っ赤にして照れている姿につい調子に乗ってしまった。調子に乗った結果がコレだ。俺はアイツを怒らせてしまった。

エリザベータにとって、アルベルトは地雷だということを誰よりも分かっていたというのに……調子に乗りすぎるのは俺の悪い癖だ。反省。


―アイツ、昔と同じ顔してたな。


あの状態のエリザベータをほっとくのは危険だ。俺はエリザベータを追いかけようとドアノブに手をかけた。


――コンコン


扉を叩くノック音が聞こえた。そのタイミングの悪さに思わず舌打ちをする。


「誰だ。」
「フーゴでございます。殿下のお耳に入れておきたいことがありまして…」


フーゴとは俺が学校にいる時の従者だ。またジジィ皇帝陛下からの煩い言伝かと思った俺はフーゴを部屋の中へと招き入れた。


「あぁ、お前か。入れ。」
「失礼致します。」


フーゴは音を立てずに静かに部屋の中に入ってきた。いつもは落ち着いた男なのだが、今はその顔に焦りが見られた。


「どうした?」
「実は…―――」


耳に入ってくる内容に、まるで鈍器で頭を殴られたような衝撃が俺を襲った。
そして、俺の身体は考えるよりも前に動いた。


「で、殿下どちらへっ!?」
「決まってんだろ、お前も突っ立ってないで探せっ!クビになりてーのかっ!」
「は、はいっ!畏まりました。」


俺は部屋を飛び出した。


駄目だ。今のアイツに会わせては駄目だ。


会ってしまったら、きっと…


アイツは壊れてしまう。





焦っていた俺は、部屋の窓から見える中庭にエリザベータが居るのに気付かなかった。



しおりを挟む
感想 431

あなたにおすすめの小説

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

恋心を封印したら、なぜか幼馴染みがヤンデレになりました?

夕立悠理
恋愛
 ずっと、幼馴染みのマカリのことが好きだったヴィオラ。  けれど、マカリはちっとも振り向いてくれない。  このまま勝手に好きで居続けるのも迷惑だろうと、ヴィオラは育った町をでる。  なんとか、王都での仕事も見つけ、新しい生活は順風満帆──かと思いきや。  なんと、王都だけは死んでもいかないといっていたマカリが、ヴィオラを追ってきて……。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

処理中です...