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第2章「芽吹く」
21話
しおりを挟む義弟の肩に顔を埋めたまま嗚咽を漏らす。
そんなわたしに義弟は優しく馬車の椅子に座らせてくれた。座ったあとも私の顔はユリウスの肩から離れない。
「レナード、外に居ますか?」
ユリウスが外に待機しているであろう、従者のレナードに声をかける。すると、すぐに従者の驚く声が外から聞こえてきた。
「えっ、ぼっちゃん!?いつの間に!?」
「姉上も居ますよ。驚かせしまってすみません。」
「いえいえいえいえ!お帰りなさいませ。お帰りになるってことで…よろしいですか?」
「はい。お願いします。」
馬車はゆっくりと走り出した。
何も言わずただただ泣き続ける私に義弟は優しく声をかける。
「…姉上、もしかしてテオドール殿下とお会いになりましたか?」
“テオドール殿下”
その名前にビクリと肩が震える。それを見た義弟は「あぁ、やっぱり。」と呟いた。
「…なんで…わかったの?」
「姉上がこんなにも取り乱す相手なんて殿下しか思いつきませんよ。…ねぇ、姉上。殿下と何があったのか、僕に話してくれませんか?」
どうにかして、この胸の中にある黒い靄を一刻も早く取り除きたかった私はユリウスに言われるまま、先程の出来事を全て話した。
*****
「…姉上、明日から学校に行くのはやめましょう。」
全てを話し終えると、ユリウスは私の頭を撫でながら、そう提案をしてきた。
「え?」
一瞬、義弟が何を言っているのか分からなかった。
「姉上のお話から、テオドール殿下が300年前のアルベルト殿下であることが判明しました。それだけでなく、姉上の正体もあちらに知られてしまいました。…殿下は姉上を殺そうとしてくるかもしれません。」
ユリウスの言葉に身体がガタガタと震え出した。
そうだ、ユリウスの言う通り彼がアルベルト様なら私を再び殺そうとする可能性だってあるのだ。
アルベルト様は聖女マリーを愛していた。その聖女を私が嫉妬に駆られて殺そうとしたと、アルベルト様は最後の最後までそう思い込んでいたのだ。
散々私を痛めつけ、最後には断頭台で処刑をしたというのに…まだ足りないのか。まだ彼の怒りは消えないのか。
あぁ、もしかして私が生まれ変わったのはこれが理由?
あの人の気が済むまで、何度も生まれ変わって何度も殺される。それがきっと永遠に続くのだ。
絶望で目の前が真っ暗になった。
そんな私にユリウスは優しく語りかける。
「勉強は学校に行かなくても邸で出来ますし、邸に居れば流石に殿下も姉上に手出し出来ないでしょう。あぁ、心配しなくても大丈夫です。父には僕から言っておきますから…ね?」
私はもうあの人に会わなくていいの?もう人目を気にしなくていいの?ずっと邸に居てもいいの?
義弟の言葉が甘く甘く染み込んでくる。顔を肩に埋めているため義弟の表情は見えないが、声はこの上なく優しい。
「あぁ、そうだ。デューデン国へ行くのも辞めます。こんな状態の姉上を残して行くなんて僕にはできませんから。」
それは駄目だ。
僅かに残っている私の理性がそう訴える。私は義弟の肩に顔を埋めたまま首をふるふると横に振った。
「どうしてですか?僕には姉上しかいないんです。この世界で初めて会った日から、貴女が僕の全てなんです。だから…どうか、僕を拒絶しないで…」
まるで縋るような切ない声に胸が締め付けられた。
義弟はこんな私でも受け入れてくれる。こんな私を必要としてくれる。こんな…1人では何も出来ない出来損ないの姉を…。
ユリウスには私が必要で、私にはユリウスが必要なのだ。もう、それでいいじゃないか。この関係を咎める者なんて居ないのだから。無理にこの関係を終わらせる必要なんて無かったのだ。
「姉上、言ってください。僕が必要だと。それだけで僕は…僕達はこの世界で生きていけるのですから。」
「私には…」
ユリウスが必要。
言い終わる前に、世界が変わった。
「―ぃ!?」
馬車の椅子に座っていた私は何故か床に尻もちをついていた。臀部がジンジンと痛む。
椅子から落ちた?いや、そんなことは有り得ない。そもそもここは馬車の中ではない。ここは…学校の一室だ。
床から少し視線を上げるとソファーに座る誰かの足が見えた。艶やかな黒革の紐靴に千鳥格子のトラウザーズを履いた長い足。その足は優雅に組まれている。
徐々に視線を上げれば学校の制服である黒の燕尾服に、その黒に映える美しい黄金の長い髪が私の目に写った。
まるで彫刻品のように美しい男。その容姿で1番惹き込まれるのは…サファイアの瞳だ。
―あぁ、なんで…
「テオドール皇太子殿下…」
「俺はまどろっこしいことが嫌いだ。」
床に座る私を殿下は真っ直ぐに見下ろす。まるで蛇に睨まれた蛙のように私は固まった。
「お前はエリザベータ=コーエンなのか?」
「っ」
恐怖に心臓が騒ぎ出した。彼に聞こえてしまうのではないかと思うぐらいに大きく鼓動を打っている。
ここでイエスと答えれば私は殺されてしまうのだろうか。前世で彼は確かに言っていたはずだ。危険因子は全て摘み取りたい、と…。
あぁ、嫌だ。死にたくない。また惨めに死んでいくなんて嫌だ。
「も、申し訳ございません…」
「謝罪なんて聞いていない。俺が求めている答えは、“はい”か“いいえ”だけだ。」
「…っ」
単純な2択だ。自分を守るために“いいえ”と言うべきだろう。だが嘘だと見破られたら?皇太子殿下に嘘を言うなんて罪深いことだ。
トントントンと音が聞こえる。ソファーの肘を彼の人差し指で鳴らしている音だ。彼は待っている。私の答えを。
あぁ、もう駄目だ…。
私は俯き、祈るようにして両手を握った。
「…はい。」
震える声でそう、答えた。彼の人差し指で鳴らしていた音が止まり、シンと静かになる。
その時間が私にはとてつもなく長く感じられた。
彼は「そうか。」と呟き、ソファーから立ち上がった。そして、迷いなく私の元へと歩み寄り私と目線を合わせるかのようにして、しゃがみ込んだ。彼の顔が急に至近距離となったことにより私は気を失いそうなる。
どうしてこんなにも近づくのだろう。もしや、この場で私を殺すため…?
不意に彼の腕が伸びてきた。私は咄嗟に目を瞑ることしか出来なかった。
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