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第2章「芽吹く」
18話
しおりを挟む「あ、そうだ。姉上、奥の方に新しい薬草を植えてみたので是非見てください。」
そう言ってユリウスはすっと立ち上がり、私に手を差し伸べてきた。…よく出来た子だ。軽くお礼を言い、ユリウスの手を握りながら立ち上がった。そして、そのまま優しく手を引かれサンルームの奥へと案内される。
お目当ての薬草を私に見せ、いきいきと説明するユリウスはいつもの大人びた姿ではなく小さな少年のようで何とも愛らしい。
楽しそうに説明するユリウスにうんうんと耳を傾けていたが、私はハッと当初の目的を思い出した。
「危ない、忘れるところだったわ。これ、ユーリ宛の手紙よ。」
私はずっと持っていた手紙をユリウスへ差し出した。ユリウスは首を傾げながら受け取り、送り主を確認すると「あぁ。」と合点がついたようだった。そしてそのまま躊躇なく封を切り、中に入っていた1枚の用紙に目を通す。
「…なんて書いてあるの?」
「デューデン国への留学の許可がおりたみたいです。」
「え、もうおりたの?」
ユリウスは数日前、デューデン国の植物の生態を学びたいということでデューデン国への短期留学の申請を学校に申し込んだのだ。申請には半年以上かかると聞いていたため、留学に行けるのは来年かなと思っていたら…まさか、こんなにも早く決まるなんて…驚きを隠せない。
「えぇ、想像していたよりも早いので僕も驚いています。」
「それだけユーリが優秀だってことよ。凄いじゃない。」
「そうだと良いのですが…。でも、姉上にそう言って頂けて嬉しいです。」
照れくさそうに微笑むユリウスの可愛さときたら…。その眩しさに目を細めた。
「…うーん…。」
「どうしたの?」
喜ばしい事なのに、ユリウスはどこか浮かない様子だ。
「僕がデューデン国へ行っている間は姉上を一人にさせてしまいます。それがとても心配です。」
実に心配そうに私を見つめるユリウスに軽くめまいを覚えた。
自分と同じ歳とはいえ弟に…ましてや、私は18歳だった前世の記憶も持っているのだ。精神年齢ではずっと上であるはずなのに、こんなにも心配される私って…。内心かなり落ち込んだが、それを表に出さずに私はにっこり微笑んでみせた。
「大丈夫よ。学校での心配事は無くなったし、それにお父様やベル達も居るから1人じゃないわ。だから私のことは心配しないで…ね?」
自惚れではなく、私が「行かないで」と言えばこの義弟は躊躇いもなく首を縦に振るだろう。私のせいで折角決まった留学を断るなんて、絶対にあってはならないことだ。
「ですが…」
「自分で申請した留学でしょ?デューデン国で学びたいことがあるんでしょ?留学なんて選ばれた人しか行けないんだからね?」
不満げに目を伏せ口ごもるユリウスに私は必死で畳み掛ける。
「…そうですね、姉上の言う通りです。でも僕は…」
「なあに?」
この義弟が何を言ってきても、私は留学させる意志を曲げるつもりはない。どんと構える。何でもいらっしゃい。
「僕は、姉上と離れるのが寂しいです…」
「ゔっ…」
伏せ目からの凶悪な流し目に私の心臓は悲鳴をあげた。左目の下にある泣きぼくろがさらにその威力を増幅させている。なんて母性本能に訴える顔なのだろう。これが無意識なのだからタチが悪い。
思わず心臓を抑えた私をユリウスは「姉上!大丈夫ですか?」と背中をさすってきた。それを私は「だ、大丈夫よ。」と片手で制する。
最近の義弟はどうもこういった発言が目立つようになった気がする。きっと彼なりの不安の表れなのだろう。
だが、ここで私が折れる訳にはいかない。義弟の可能性をここで摘み取ってはいけないのだ。
「私もユーリがデューデン国に行ってしまうのは寂しいわ。でもね…」
「分かってますよ。せっかく留学の許可を頂いたのですから。それを無下にはできません。」
「…その通りだわ。」
ちゃんと分かっているじゃないかと、私は安堵し肩の力を抜いた。
「ただ、姉上が全く寂しそうじゃなかったから、言ってみただけです。姉上も僕と同じ気持ちだってことが分かって安心しました。」
「…。」
「いたっ」
とてつもなく可愛らしく微笑む義弟の綺麗な額に私はデコピンをお見舞いした。
「で、留学はいつからなの?」
「3日後ですね。」
「そう、3日後…3日後!?」
さらりと答えるユリウスに流されそうになった。3日後なんて、あまりにも急すぎではないだろうか!せめて1、2週間の猶予はあってもいいはずだ。
「あなたどうしてそんなにも落ち着いていられるのよ!3日後よ!?早く準備しないと間に合わないわっ!」
「大丈夫ですよ、姉上。3日もあれば間に合います。」
「お馬鹿!3日しかないのっ!ほら、呑気にお茶なんて飲んでないで!留学って何が必要かしら、まず服?デューデン国は南だから夏服を多めに持っていくべき?あ、でも夜は冷え込むって聞いたことがあるわ…。あとで確認しないと。あとは緊急事態に備えて…」
私は頭をフル回転して留学先で必要なもののリストを作っていた。少し買い物にも行かなければ…。
そんな私の様子を義弟はニコニコと眺めるだけであった。
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