11 / 212
第1章「共依存」
10話
しおりを挟む早くも入学した日から数ヶ月が経った。
この数ヶ月間 “名誉回復、姉としての尊厳を取り戻せっ!”をモットーに嫌味を言ってくる令嬢に対し逆に嫌味で言い負かしてあげたり、「俺が娶ってやるよ。」と言ってくる子息の自尊心をへし折ってあげたりと、まるで迫り来る敵をバッタバッタと切り伏せる騎士の如く過ごしていた。
そんなある日、教授の都合により授業が無くなり空き時間が出来た。これは幸いと思い私は調べものをするために誰も居ない第1図書館に訪れた。
一般校舎には第1と第2と呼ばれる2つの図書館が併設されている。
第1図書館は古い書物が置いてあるもほぼ物置となっており利用する人はほぼ居ない。それに比べ第2図書館は近代化書物を多く取り入れており、授業で使える教材も豊富なのでよく利用されている。
目的の本を見つけ適当な席に着く。誰も居ないし集中できそうね、と思いながら本を開こうとした時、騒々しい足音が廊下から聞こえてきた。…嫌な予感がする。残念な事にその予感は的中してしまった。
乱暴に図書館の扉を開け、入ってきたのは数名の女生徒だ。
「カトリナ様、話しが違うじゃないですか!」
「シューンベルグ公爵の娘は常識が欠けていて無能だから、こちらが簡単に優位に立てるって言ってましたのにっ。」
「私だって何が起きているのか分からないのよっ!だって前に会った時はもっと馬鹿っぽかったんだものっ!!」
バ…馬鹿。せめて世間知らず、ぐらいに留めて欲しかった。
本棚で死角になっているため私の存在には気付いていないようだ。前世の記憶が無かったとはいえ、女生徒たちの言葉に軽く落ち込む。どうしたものかと考えている間にも彼女達の会話は続いていく。
「計算が狂ったわ…。あの頭が空っぽ女を脅して利用すればユリウス様と誰よりも早く、お近付きになれると思っていたのにっ…!」
「まさかこちらが恥をかくだなんて…」
何となく聞いたことのある声だと思ったら最近私に突っかかって来ていた女生徒たちのようだ。
…なるほど、そういった思惑があったのか。脅しだなんて穏やかではない。
カトリナと呼ばれている女生徒には覚えがある。
カトリナ=クライネルト。ヴェーレグ辺境伯の孫娘だったはずだ。帝国の重要な国境付近の領土を治めている一族で軍事力の高い貴族である。
…正直、関わりたくない。敵にすると少々面倒な相手だ。だが、この会話を聞いて見過ごすことは出来ない。
私は手に持っていた“ノルデン帝国歴史書”を机の上に置き、腰掛けていた椅子から立ち上がった。その物音に気付いたカトリナは過剰に反応する。
「誰っ!?」
「御機嫌よう。」
本棚の影から歩み寄り微笑んでみせると彼女達の顔が分かりやすく強ばった。
「何やら脅すとか物騒なお話が聞こえてきましたが…」
「まぁ!シューンベルグ公爵令嬢である貴女が盗み聞きですか。なんていやらしい方なのかしら?」
「カトリナ様の言う通りですわっ!」
強気な笑みを浮かべた彼女達は、まだ自分たちが優位だと思っているようだ。
「盗み聞きもなにも先にここに居たのはこちらですよ。それに貴女たちこそ裏でコソコソと…いやらしいのはどちらかしら?」
「ぐっ…」
どうやら言い返せないらしい。もし何か言ってきたとしても彼女達の思惑を全て聞いた私にはどんな事も言い返せる自信はある。
悔しそうに唇を噛むカトリナと気まずそうに視線を逸らす女生徒たち。私は彼女達の間に僅かな溝を見つけた。
「…今からお話することは独り言なので気にしないで下さいね。」
「何言って…」
怪訝な顔をする彼女達に構わず話し始める。
「私を脅して弟に近づくよりも、私に上手く取り入った方が角が立たない上に弟に近づく1番の近道じゃないかしら。」
私の独り言にはっと息を飲む彼女達に呆れる。
普通ならそう考えるはずだが彼女達は最初から私をくいものにしようとしていた。…最初から彼女達は間違っていたのだ。
「違うのですっ!公爵令嬢、私はカトリナ様に脅されていまして…これは私の意思では無いのです!!ですので、どうか…どうか、これまでのご無礼をお許しください…!」
1人の女生徒が必死にそう主張する。すると他の女生徒たちも後に続き謝罪をはじめた。それを私は冷めた気持ちで見つめる。
「あ、貴女たち…裏切る気っ!?」
声を荒らげるカトリナに、もう誰一人として味方はいない。カトリナと女生徒たちの間の溝は完全に拡がった。人間誰しも自分が一番可愛いのだ。
私は何も言わずただ静かにカトリナを見つめる。その視線に耐えられなくなったカトリナは「いつか痛い目にあわせてやるっ!!」と言い放って図書館から走り去った。
図書館に再び静寂が訪れる。図書館に残された女生徒たちは、気まずそうにそこに佇む。そんな彼女達に私は極めて優しく声をかけた。
「貴女達も大変でしたね…。」
「えっ、いえ…」
「きっと彼女は、貴女たちの優しさに甘えてしまったのかもしれませんね。…でも少し羨ましい…。私には甘えられるようなお友達が居ないもの…あぁ、急にごめんなさい。今のは聞かなかったことにして下さる?」
目を伏せ哀愁を漂わせる。すると彼女達はごくりと喉をならした。
「無礼なことをしてきた私達にチャンスを下さるんですか…?」
窺うような彼女達ににっこりと微笑む。
「チャンスだなんてそんな…私はただお友達が欲しいだけ…。貴女方が嫌じゃなかったら私とお友達になってくださいませんか?」
「…っ!はいっ!勿論でございます。必ずシューンベルグ公爵令嬢のお力になってみせますわ!」
「公爵令嬢だなんて堅苦しいですわ。もうお友達なんですから名前で呼んでください。」
「は、はいっ!エリザベータ様!」
…上辺だけの付き合いならいくらでもできる。彼女達だってそうだろう。互いの利害が一致しての関係だ。私も彼女達もその家の価値しか見ていない。
人を疑うことを知らなかった前世の私は、何度も騙されてその度に酷い目にあってきた。彼女達の残酷さは誰よりも知っている。
もう、誰も信じない。信じられない。
「エリザベータ様、あのカトリナ様のことですから、きっと懲りずにまた何かしらやってくると思います。」
「ですが、必ずしも私達が貴女をお守りしますから安心して下さい。」
「まぁ、頼もしいですわ。」
一人一人の力は弱いが彼女達が集まれば強い力となる。カトリナに負けず劣らずの、強い力だ。
胸に手を当て「任せてくださいっ!」と言わんばかりに私をキラキラとした目で見つめてくる彼女達は、まるで花のように可愛らしい。
「実はカトリナ様にはずっとウンザリしていたんです。」
「私もですわ!ずっと自慢話しかしないんですもの。」
「先程の顔見ましたか?全生徒に見せてあげたいぐらい、素敵な顔でしたわ。」
ほら、300年前と一緒。
とても可愛らしく、残酷な花々だ。
59
お気に入りに追加
1,923
あなたにおすすめの小説

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

恋心を封印したら、なぜか幼馴染みがヤンデレになりました?
夕立悠理
恋愛
ずっと、幼馴染みのマカリのことが好きだったヴィオラ。
けれど、マカリはちっとも振り向いてくれない。
このまま勝手に好きで居続けるのも迷惑だろうと、ヴィオラは育った町をでる。
なんとか、王都での仕事も見つけ、新しい生活は順風満帆──かと思いきや。
なんと、王都だけは死んでもいかないといっていたマカリが、ヴィオラを追ってきて……。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。
アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。
いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。
だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・
「いつわたしが婚約破棄すると言った?」
私に飽きたんじゃなかったんですか!?
……………………………
たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる