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シュガー君との出会い
しおりを挟む10月31日。世間ではハロウィンで賑わっている。
私が通っている中学校も例外ではなく、ガッツリそのイベントに参加していた。と言っても、生徒全員参加というわけでもなく、ノリの良い男女で構成されている。
そんな中、私は1人図書委員の仕事を真っ当とこなしていた。
図書室は良い。めったに人が来ないし、静かだ。少しカビ臭い気もするが、それすら落ち着かせるスパイスの1つだ。私にとってまさに理想の空間である。
別に人と関わることが嫌いというわけではない。女子特有のノリとテンションには付いていけず、自然と1人を好むようになってしまった。
特に、今日の男女共にテンションが異常だ。あっちからこっちからと断末魔のような叫びが聞こえる。
私だって年に一度のイベントと聞けばワクワクもするし、楽しみでもある。だが、皆のように発狂するほどのものではない。
私は、街並みが少しハロウィン風になっているのを目で楽しんだり、限定のお菓子を買ったりするように、ささやかに楽しみたいのだ。
私は1つため息をつく。
耳をすませば、ハロウィンを楽しんでいるのであろう、聞いているだけで頭が痛くなるような叫びや悲鳴が聞こえた。
(元気だなぁ……。)
私は、読み途中であった小説を捲るのであった。
*****
気付けば窓の外は日が傾いていた。時計を見れば、とっくに下校時間が過ぎていたので私は慌てて帰りのしたくをした。
本に集中しすぎると周りが見えない。それが私の良い所であり、悪いところでもあるね、と3歳年上の兄が教えてくれたのは最近のことだ。
図書室を出る前に戸締りを確認し、電気を消した。
電気を消せば、一気に図書室は茜色に染め上げられた。私は密かにこの光景を楽しみにしている。今日もこの図書室に満足し、図書室の戸を閉めるのであった。
下駄箱へと続く廊下を見れば、点々とキラキラと光る小さい何かが一定の距離を保って落ちていた。
ゴミだろうか。
私はその何かに近付き拾い上げる。何かの紙くずだろうと思っていたのは、水玉模様の包みのキャンディだった。
何故、こんなものが落ちているのだろう。
私は1つ1つそのキャンディを拾い上げた。
最初はキャンディだけであったが、少し歩けばチョコレートやカップケーキなどに変わっている。つい、次は何が落ちているのだろうかとワクワクしてしまった。
……………一体何処まで繋がっているのだろう。
ついに私は3階へと続く階段を上ってしまっている。様々なお菓子たちは私の手だけでは持ちきれず、体育着袋が入っていた袋に入れた。
因みに、持ち帰って食べるつもりではない。適当なコンビニのゴミ箱を見つけて処分するつもりだ。勿体無いと思うが、皆が歩いていた廊下に落ちていたものを食べるほどの勇気は持ち合わせていない。それに、こんなに落ちているお菓子たちに怪しさを感じてしまうのだ。
黙々と拾っていくうちにとうとう屋上にたどり着いてしまった。この学校の屋上は立ち入り禁止である。いつもなら鍵がかかっているはずの扉はあいていた。お菓子たちはその扉の奥へと続いている。
ここまで来てしまったのだ。後には引けないし、何よりこの先がどうなっているのかが気になる。私は好奇心が勝ってしまい、扉を開けた。
「―っ。」
足を踏み入れ、目の前に広がる光景に目を見張る。何故ならそこは一面茜色の世界であったからだ。図書室の世界は素朴な美しさであったが、こちらは壮大な絵画のようで圧倒されてしまった。
まるで違う世界に迷い込んだようだ。
しばし、呆然と見いいってしまったが、この光景に相応しくないものを発見した。それは、目の先のフェンスの下に存在する、白い膨らんだ布のことである。茜色の世界にはアンバランスな白い布。その白い布へとお菓子たちは続いている。
中身はお菓子が入っているのだろうか。
私は1つ1つお菓子を拾いながら徐々に白い物体へと近付いていった。
全てのお菓子を拾い終わると、白い物体は私のすぐ足元にあった。間近で見てみると意外と大きく、人一人入っているような大きさだ。
(……もしかして、今日の余ったお菓子をここに隠したのかな?)
そう思い、私は今まで拾い上げたお菓子たちを戻すためその白い布をめくり開けた。
―瞬間、甘い香りが鼻先に漂った。
白い布の中には、お菓子と猫のように体を丸めて眠る男が居た。その体は華奢で小さく、バスタオルぐらいの大きさの白い布にすっぽりと体が隠れるほどのものだった。顔を見れば、はっと目を見張るほど可愛らしい顔立ちであり、男というよりも男の子といった表現の方が似合う。
茜色に染まる男の子は、息を呑むほど綺麗であった。
つい見蕩れてしまったが、ひんやりとした風が流れたことによって我に返る。
今は10月の下旬だ。日が傾く今の時間帯はさすがに冷え込む。この男の子もこんなところで寝ていたら風邪を引いてしまうだろう。
私は起こすために男の子の顔をのぞき込むように声をかけた。
「起きてください。」
「んっ。」
私の呼びかけに反応するように、閉じた瞼がピクリと震えた。一応聞こえたようだが、また夢の世界へと入ってしまおうとする男の子に再び声をかける。
「風邪引きますよ。」
「んぅ……。」
男の子はゆっくりと目を開け、ボンヤリとした目で私を見る。
あまり人と関わることがない私は、人と目を合わすことが苦手だ。何だか気恥しくてドキドキしてしまうのだ。
まだ夢の中なのだろうか、男の子はふにゃりと笑をこぼした。
「トリック・オア・トリート」
「は?」
にこやかに微笑む男の子から思いがけない言葉をかけられ、一瞬その単語の意味を理解出来なかった。
「お菓子くれなきゃイタズラするぞ。」
(あぁ、それそれ。)
ハロウィンの決まり文句だ。
男の子は期待の眼差しを向けてくる。……そんなにもお菓子が欲しいのだろうか。私は今まで拾い上げ、お菓子袋になってしまった体育着袋を男の子の前に差し出す。
「どうぞ。」
「え……?」
(……何故、そんなに落胆しているの。)
さっきまでの輝かしい笑が一気に失われてしまった。なんだが申し訳ない気持ちで一杯になる。
「あ、やっぱり落ちているものは嫌だった?ごめん。これは持ち帰って…」
「違う!それがいいっ!」
男の子は素早くその袋を胸に抱く。
(あ、私の袋……。 )
と言いたい所だが、離してやるもんかと、必死の姿に言葉を飲み込む。
取らないから、そんなに警戒しないで。
その姿はまるで毛を逆立てる子猫のようだ。
「…そう?まぁ、多分、それ君のだと思うよ。」
「え?」
「廊下に落ちていたものを拾ってたらここにたどり着いたの。」
「あ。」
一瞬嬉しそうな顔をするが、またションボリとした顔になってしまった。廊下に落ていたのがそんなにショックだったのだろうか。
「……そう、俺が落としちゃったんだ。ありがとーね、倉田さん。」
可愛らしくはにかむ男の子が自分のことを俺というのは違和感を感じたが、もっと違和感を感じたのは私の名前を知っていたということである。
「……私のこと知っているんだ。」
「だって同じ学年だもん。わかるよ。」
(凄いなぁ……。)
自慢ではないが、私は同じ学年でもフルネームを言えるのは3人ぐらいである。だからこそこの男の子に驚く。相当記憶力がいいのだろう。
私は用事が終わったので、この場を去ろうとした。寒い。
「下校時間過ぎてるから、もう行くね。君も早く帰った方がいいよ。」
「ま、待って!」
男の子は立ち去ろうとする私の右手を両手で握てきた。想定外の行動に驚き、体が強ばるが、男の子の縋るような顔にすぐ、強ばりはとける。私はもう一度男の子と向き合った。
私は平均よりも高身長であり、男の子より頭1つ分大きかった。つい、つむじをみてしまう。
(綺麗なつむじだこと。)
つむじが綺麗とか思ったのは生まれて初めてだ。
つむじを見ているはずだったのに、いつの間にか男の子と間近で目を合わせていた。心臓が一瞬止まった。
「……俺、佐藤 茜。倉田さんのクラスの隣の3組だよ。趣味は料理と食べること。特に甘いお菓子が好きかな。あとねあとねぇ、」
「うん、とりあえず帰ろうか。」
「うん、よろしくね。」
「あ、はい。こちらこそ……。」
(……………何だこれ。)
これが甘党少年との出会いだった。
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