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椿の花は春を呼ぶ(下)
しおりを挟む「父さん、一体これはどういうことですか?」
「陽、そんな怖い顔をするではない。」
「僕の質問に答えてください。」
僕と父の間にはいくつかの写真が置かれている。この写真は姉の部屋から拝借したお見合い写真だ。
「どこから持ってきたのはさておき、バレたかぁ。お前が知れば騒ぐと思って内密にしていたんだが……、目敏いやつめ。」
そう言いながらも父の表情は穏やかだ。その態度は更に僕の神経を逆なでする。
「騒ぐのは当然です。姉のことですから。」
「シスコンも度を過ぎると、ただの変態だぞ?それと、俺が見つけ出したお見合い相手にちょっかい出すのはやめなさい。」
「……何のことですか?」
「知らばくれるのはよせ。お前の行動は勝手に俺の耳に入ってくるんだぞ。」
舌打ちしたくなるのを堪える。僕の行動はどうやら筒抜けのようだ。僕の帰りが遅くなっていたのはこれが原因である。
「ちぃには早く結婚して幸せになって欲しいんだが。」
「結婚することが姉の幸せに繋がるとは思いません。」
「これだからシスコンは……。」
父はヤレヤレといった様子で肩をすくめる。
父が何といっても僕は結婚に反対だ。姉の横に他の男が立つなんて考えられない。
「……忍……。おぉ、忍なんてどうだろう?」
父は閃いたように、僕が1番聞きたくない男のぼそりと呟いた。
「うん、忍だ。忍ならお前にちょっかい出されても、再起不能までにはならないだろう。しかも、ちぃとはいとこ同士で昔よく遊んだ仲だ。我ながらいい考えだ。」
父の言葉に表情を凍らせた。そして、脳裏に姉の横に忍が居るのが浮かんだ。そんな自分にイラつく。
16年想い続けていたのだ。姉は誰が何と言おうと僕のものであり、それを邪魔する男は許さない。
「父さん、それでは姉が可哀想です。好きでもない男の元へ嫁ぐなんて。」
「だからといって、お前が選ばれることはないだろう?」
全てを見透かしたような笑みで僕を見つめる。
本当に食えない人だ。
「わかりませんよ?姉弟関係抜きで聞けば頷くかもしれません。」
「お前だけは駄目だ。」
「……………何故。」
「お前は俺にそっくりだから。ちぃを苦しめるのは目に見えている。」
「そんなこと……」
ない。とは言えなかった。僕にだってわかっている。だからこそ今、こんな状況になっているのだ。
「ふふふ、若造が。調子に乗るではない。…たが、お前は可愛い息子だ。俺は自分の子に甘い。……一週間後にちぃの結婚が決まる。その間俺は何も聞かないし、見ないようにしよう。」
父は僕の返事など聞かずにこの部屋を出ようとする。そして最後に「愛しているよ、馬鹿息子。」と、微笑み出ていった。
その部屋に一人になる。
僕の中は歓喜で湧いていた。一週間、チャンスが出来たのだ。
やっと行動に移せる。まずは虫を排除しないと…。
僕は微笑んだ。
*****
早朝、僕は2つの足音で目を覚ました。
「ヤス!結婚しましょ!」
「何度も言いますけど、嫌ですぅぅぅ!!」
……何をやっているんだあの人は…。
僕は朝から重いため息をついた。
僕は昨日姉に忠告した。知らない相手と結婚したら不幸になるよ、だから僕を選んで的なことを言った。少しは僕のことを意識してくれればいいなと思っていた結果がこれだ。何故か姉はヤスに求婚している。
ヤスは幼い頃から姉の世話役の一人だ。そのためか、気心が知れた仲らしい。その間に男女の気が無くとも嫉妬してしまう。それに姉から何度も求婚されるとか何それ羨ましすぎる。
僕が怒りで眠りから覚醒している中、行動を起こすため体を起こした。
姉がヤスから離れるのを確認し、ヤスに近付く。
「わ、若っ!おはようございますっ!!」
「おはよう、ヤス。朝から元気だったけど、姉さんと何を話していたの?」
ヤスは青い顔から更に真っ青になる。もはや青を通り過ぎて真っ白だ。話の内容は筒抜けであったが、あえてヤスに聞く。
「た、大したことははははは話してませんっ!!」
いや、大した話をしていたと思うよ?
僕は無意識に顔に出てしまったらしい。ヤスが悲鳴をあげた。
「おおお嬢に結婚を迫られましたが……ひっ…!ちゃ、ちゃんと断りましたよっ!?」
「断るとかヤスのくせに何様のつもり?」
「若は一体俺をどうしたいんですかっ!!」
自分でも理不尽なことを言っているのはわかっている。だからといって、許せるわけがない。
「取り敢えず、一週間消えて欲しい……かな?お願い、ヤス。」
「そんなお使い行ってきて?的なノリのお願いなんて嫌ですっ!!って、ぎゃああああああ!!!」
ヤスの顔面を殴る。一週間寝ていて欲しいので、骨を1、2本折っておくつもりだ。しかし、気づけばヤスは全治3ヶ月の大怪我になってしまった。
意識のないヤスに一応心の中で謝るのであった。
*****
ヤスに続いてまたもや虫が湧いた。
忍だ。
僕の中の忍に対する好感度は日々下がり続けている。忍が次期八島組組長でなければ、もうこの世には居ないだろう。
忍は会合が終わると1人、部屋を出た。何やら嫌な予感がした僕は忍のあとをつけた。
「結婚して下さい。」
「……え。」
「は?」
僕の予感は的中した。忍は会って早々姉に求婚したのだ。やつはもうダメだ。潰そう。
そして、忍が恋に落ちる様を2回も見てしまったことに吐きそうになる。そんなもの見たくなかった。
今すぐ忍を殴りたい衝動に駆られるが、そんな自分を必死に抑え込む。
そんな僕のことなんてお構いなしに忍は熱をあげていく。その目はかつて僕を見た目と一緒だ。
そんな目で姉さんを見るな。
怒りが込み上げるが僕は冷静に忍の頭が床にのめり込んでいく様を撮影した。もちろん、写真を撮るのも忘れない。
姉と別れ、帰ろうとしている忍を捕まえた。
ここでいきなり殴らなかった僕を褒めて欲しい。
ずっと姉と忍の様子を見せ付けられていたのだ。僕は今までにないぐらいに腸が煮え返っている。しかし、ここでガタイの良い忍を殴ればきっと赤くなるだけでは済まないだろう。姉は怪我に敏感だ。心配をさせるわけにはいかない。僕は笑顔でぐっと堪えた。
姉のことを聞けば、恥じらう乙女のように答えた。その想いは本物であることは伝わってきた。しかし、最初からその気持ちが本当であれ、潰すつもりだ。
感情が高まりやすい忍をわざと煽って薬いりのお茶を飲ませた。それからは後の祭り。忍はぐっすりだ。僕は長年の恨みをはらしたような清々しい気持ちで忍を帰すため、その大きな体を引きずって外に向かった。
*****
忍を車に乗せ、あとは舎弟達に任せる。
これでやっと邪魔な虫は排除した。
僕はこれからどう姉を口説くか考えを巡らしていると、一台の車が荒々しく敷地内へと入ってきた。誰が運転しているのか確認するため座席に目をやるがスモークが貼っており、中を見ることは出来ない。車は真っ直ぐ僕の元へ向かってくる。
だが、僕は焦らない。次期稲月組長なる僕だ。それをよしとしない輩が僕の命を狙うのは珍しくない。しかし、こんな大胆なやり方は初めてだ。僕は懐にある護身用の拳銃を取ろうする。
「陽っ!」
僕の名を呼ぶ姉の声がした。反射的にそちらを向くと同時に僕はあの時のように押された。……おかしな事に押される感覚に覚えがあった。
「ねぇさっ…!」
僕はとっさに拳銃をとり、車のタイヤを撃つ。
瞬間、姉の体は車にぶち当たる。そして、その女性特有の華奢な体は地面へ投げ飛ばられた。
呆然とその一部始終を見る。が、ハッとし必死に姉の元へ崩れるように駆け寄る。
倒れている姉を見て既視感を感じた。
何故。
脳裏に赤く染まる姉がチラつく。
あぁ、なんてことだ。
同じだ。僕は前にも同じ経験をした。
「あ…姉、さん……。いや…なんで……。」
僕は堪らず姉を腕にだく。
同じだ。この体温も、柔らかさも。
そして僕は知っている。この温かさが消えていくのを…。
「…っ…や、やだ…やだぁ……。」
僕は子供のように泣きじゃくり、その体を抱き締める。あんな思いはもう、したくない。姉の居ない世界など耐えられないのだ。
僕は後悔する。僕が臆病でなければ……。姉を傷付けるのを恐れ、姉から逃げていた。僕が逃げずに姉と向き合ってたらこんなことにならなかったはずだ。
そんな僕を姉はあの時のよう、穏やかな顔をしていた。そして、その小さな口を開く。
「‥‥あ‥‥りが…とう……。」
「…っ。」
その言葉に息を呑む。この言葉に覚えがない。そしてあの時、僕が聞けなかった言葉であることに気づく。
あぁ、貴女は……。
その言葉を言うために僕を呼んだの……?
僕の涙は止まらなかった。
*****
僕の腕の中には穏やかな顔をして眠る姉がいる。この腕で抱き締められることに喜びを感じた。
あの時は本当に死んでしまったのではないかと思っていた。しかし、幸運にも撃った弾がタイヤに当たり車は軌道がそれ、大事にはいたらなかったらしい。心底ホッとするが、姉の肌を傷付けられたことに憤りを感じる。
「……んっ……。」
姉は苦しそうに声を漏らした。つよく抱き締めすぎたようだ。
「ごめんね、姉さん。」
僕は慌てて力を緩める。そうすると先ほどのように安定した寝息が聞こえた。
そんな姉に笑が溢れる。可愛くて可愛くて仕方が無い。
姉を傷付けられた車の正体は監視下にある小さな組だった。自分達よりも年若い僕が組を継ぐことが許せなかったらしい。
くだらない。
僕はそいつらに見合った処分を下した。一生太陽の日差しは浴びれないけど、生きている。勝手に判断してしまったが、きっと父はわかってくれるだろう。
「…陽……。」
姉が僕を呼んだ。起こしてしまったのかと顔を伺うが、先程と変わらず寝息を立てている。どうやら寝言だったらしい。寝言で僕の名前を呼んだことに、背筋がゾクゾクし、身体が歓喜で震えた。
「貴女って人は……。」
堪らず僕は姉の豊かな胸に顔を埋める。何て柔らかいのだろう。柔らかいだけではなく、甘い香りもする。僕の中で高まるものを必死に抑え込む。すぐにその身体から離れれば良いもの、この感触がなくなるのは捨てがたい。結局、そのままになる。
辛い状況だが、嬉しさが勝つ。
今の姉は赤い着物を着ている。姉は本当に赤が似合うのだ。あの夢で赤く染まっていた姉、それはとても美しかった。
今のところ、夢の彼女のことはよくわかっていない。もしかしたら生まれる前に会っていたのかもしれない。本当ならそんな非現実的なことは信じないが、姉とならそんな運命を信じてみたくなる。
今度話してみよう。きっと姉は優しく微笑んでくれる。
「姉さん、大好きだよ。」
愛している。
だから、置いていかないで。
もし、その時が来てしまったら
………今度は僕も連れてってね?
愛しい姉を腕に抱きながら僕は穏やかな気持ちで眠るのであった。
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