上 下
22 / 28

椿の花は春を呼ぶ(中)

しおりを挟む


稲月家に慣れてきたある日のこと、姉は唸り声を上げていた。

「姉様?」
「うぎゃっ!?」

姉の体が驚きのあまり、前に倒れる。

「驚かせてすみません。…変な声出して、どうしたのですか?」

「聞いていたのね。」と恥ずかしそうに答える姉。
一体どうしたのだろう。

「……………どうしたら平和に長生きできるのかなぁって。」
「……平和に、長生き……?」

僕は首を傾げる。よく、意味がわからない。そして、姉の役に立てない事に気づき悲しくなる。

「あぁ、ごめんね?変なこと言っちゃって……。今のは忘れて、ね?」

僕に目線を合わせ、本当にすまそうに眉を下げて謝る姉。そんな顔をさせてしまった自分が情けなくなる。
僕は小さく「わかりました。」としか言えなかった。


その日、僕は父に呼ばれた。父の部屋に入れば暖かく迎えてくれる。

「陽、いきなり呼び出して悪いな。」
「いえ、大丈夫です。」

僕は父が座っている前に置いてある座布団に腰をおろした。そして、目の前の偉大な父を見つめた。
父は一呼吸し、口を開く。

「急だが、俺はお前に組を継がせたい。」

父の言葉に驚く。父のあとを継ぐのは血の繋がった姉だと思っていたからだ。そして、僕はまだ5歳だ。言われてもピンと来ない。

「いきなりですまんなぁ。まだよくわからないだろう。そうだなぁ……。お前はちぃを守りたいと思うか?」

その言葉に迷いなく頷く。それは確かだ。
そんな僕を見た父は満足そうに頷く。

「そうかぁ。じゃあ、言い方を変えよう。ちぃを守るために組を継いではくれないか?」

姉を守る事とどう関係あるのだろうか。
頷きそうになるが途中とどまる。よく、意味がわからないのだ。つい、首を傾げてしまう。

「俺はな、女であるあの子に普通の生活を送らせてやりたいと思っている。」

普通の生活……。
姉と過ごし、その意味を理解することができた。
姉の周りだけ他とは違うのだ。
姉の居ない屋敷は僕が過ごしてきた日常と酷似している。しかし、姉と過ごす場所はどこも穏やかなのだ。最初は姉の周りの異常さに驚くが、徐々に僕の感覚が非日常的であることに気付く。

「組を継げば普通とはほど遠くなる。どうか、椿を守ってやってくれ。」

まだ5歳である僕に頭を下げる父。
僕は昨日の姉の言葉を思い出す。

『……………どうしたら平和に長生きできるのかなぁって。』

これは姉の役に立つのでは…?

「陽、勘違いだけはしないでくれ。俺はお前を継がせるために息子にしたんじゃない。ただ、お前を見たとき家族になりたいと思ったんだ。」

その言葉は、きっと偽りのものではない。
血の繋がりのない僕にも姉同様、愛情をそそいでくれているのだ。そして、僕を見つめる目はいつだって父の目だ。

「父さん、ありがとう。まだ、良く分からないけど継ぎたいです。」
「さすがは俺の子だ。」

その大きな手で僕の頭を撫でる。この家は姉だけではなく父も温かい。
僕は姉と屋敷を守る、そう父に誓った。

*****

目の前には面白くない光景が広がる。

「見ろ椿っ!カエルだっ!!」
「よく見つけたわねぇ。あら、膝怪我してるわ。こっちにいらっしゃい、手当してあげる。」
「へっ!!これぐらい舐めとけば治るぜぇ!」
「あ、ちょっ!忍、待ちなさいっ!せめて、水で汚れを落としてっ!!」

姉は従兄弟の忍を追いかける。本当に面白くない。
忍は姉の親切心を断り、その上追いかけられている。
なんて羨まs……失礼なやつなのだろう。
結局忍は姉に捕まり手当を受けている。大事なことなのでもう一度言う。結局のところだ。そして、忍の顔は満更でもない様子だ。それが僕をさらにイラつかせる。
僕は初めて嫉妬、独占欲を覚えた。
忍を何とかせねば。
そう思うが忍は7歳も年上だ。その差にもどかしい気持になる。

「陽も一緒に遊びましょう?」

優しく笑う姉の誘いに、素直に嬉しくなる。頷こうとするが、忍が僕と姉の間を割ってきた。

「おいおい、椿。そんな女みたいな奴ほっとこうぜ!」

女みたいな奴。それは僕が一番気にしていることだ。僕は平均より小さく、忍の言う通り男らしくない。事実であるが悔しい気持ちで一杯になる。

「こら、忍!陽をいじめないで。陽は貴方より6歳も下なのよ。恥ずかしくないの?」
「お姉ちゃんに守ってもらうなんてカッコ悪りぃ!」
「忍、謝りなさい。」
「椿が怒ったぁ~!」

忍はゲラゲラと笑いながら何処かに駆けていく。
僕は忍に言われたことが恥ずかしくて、下を向く。

「陽、忍のことは気にしなくて良いのよ?忍ぐらいの年頃の男の子は誰でもいじめたくなるの。それが、たまたま陽だったのよ。陽は何も悪くないわ。」

そう優しく声をかける姉はそっと僕を抱きめる。
感じる姉の体温にホッとすると同時に泣きたくなる。
姉が僕を守っているという事実を嫌でも痛感してしまうからだ。

*****

次の日、姉は満面の笑みで僕を追いかける。
昨日、追いかけられている忍を羨ましく思ったが、これは何か違う。

「陽!逃げないで!ちょっとだけでいいからっ!!」
「い、嫌です!やめて、姉様っ。」

僕の抵抗はむなしく、姉は容易く僕を捕らえた。
それでも僕は抵抗することをやめない。

「こーら、暴れない。すぐ終わるからねぇ。」
「やっ……!姉様、やめてっ。服、脱がさないで…っ!」

その光景を舎弟達が微笑ましく見ている。
見てないで助けてと思うが、言う前に姉が素早く服を脱がす。
可愛らしく笑う姉に全裸にされ、もう泣きそうだ。いや、少し泣いてしまった。

「あらあら、泣かないで。可愛いお顔が台無しよ?」

泣かせているのは貴女だ。
姉は僕を慰めながら手際よく新しい着物を僕に着せていく。最後に僕の髪色とそっくりな長い髪を僕の頭につけ、姉は満足そうに微笑んだ。

「なんて愛らしいの……っ!」

姉はうっとりとした表情で僕を見る。そんな顔で見ないで欲しい。変な気分になる。
僕は無理やり赤い女の子着物を着させられた。苦しいし、暑いし、恥ずかしいしで最悪だ。
僕じゃなくて姉が着ればいいのにと、恨めしく思ってしまう。

「陽、天使のように可愛いわっ!」

笑みを浮かべ続けている姉に、なんともいえない気持になる。

「……姉様、もう脱ぎたい。」
「えぇ!もう??」

僕の言葉にションボリとする姉。僕はあせる。本当は脱ぎたいが、姉のためなら少しぐらいならここままでも良いと、伝えようとする。が。

「わかったわ。写真を撮ってからにしましょ?ここで待ってて。カメラ持ってくるわっ!」
「……っ!?ちょ……。」

姉はとんでもない言葉を残し、颯爽とカメラを取りに行ってしまった。
ど、どうしよう……!
写真を撮られれば、それは一生残ってしまう。そんなのは嫌だ。 
僕は慌てて脱ごうとするが、脳裏に悲しそうな姉が過る。姉の悲しむ顔は見たくない。でも、写真が残るのは嫌だ。
5歳にして究極の選択を迫られている中、ふすまが荒々しく開く。

「おい、椿っ!!カエルだ……!昨日のよりも大きいぞっ!!!」

なぜお前がここにいる……!!
そこにいたのは忍だ。タイミングの悪さに自分を呪いたくなる。
僕は今、女の子の姿をしている。忍のことだ。きっと笑われるだろう。
僕は顔を真っ青にして、どう乗り切ろうかと考える。

「ゲコッ!」

忍はカエルを離した。……いや、落としたようだ。

「お前っ!俺の女になれっっ!」
「は?」
 
何言っているんだ、こいつは。
僕は急に心がけ冷えていくのを感じた。一方、忍は僕とは対照的に顔を真っ赤にさせている。
やめろ。そんな気持ち悪い顔で見るんじゃない。
どうやら忍は僕を女の子と思っているらしい。そしてあろうことか、僕に恋をしている。
思いっきり顔に嫌悪感を表すが、忍は全く気づかない。

「あら、忍?また来ていたのね?」

カメラを取りに戻って来た姉が現れた。姉の存在にホッとする。そして、忍を何とかしてほしくて姉の影に隠れる。

「陽、どうしたの?」 

姉の言葉に忍はフリーズする。

「陽っっ!!??」
「わ、ど、どうしたの?そんなに大きな声出して…。あぁ、陽の可愛さにビックリしたのね?わかるわよ忍。この天使のような……」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!!!」

忍は号泣しながら、この部屋を飛び出た。
屋敷では忍の泣き声がこだました……………。

「あらあら、どうしたのかしら……?…あぁ、陽が可愛すぎて恥ずかしくてなっちゃったのね。」

違うと思うよ、姉様……。
きっと忍は、好きになった相手が男であったことにショックを受けたのだ。仕返しができたようで何だかスッキリした気分だ。
楽しそうに僕をカメラで連写する姉。
一旦、忍のことはよそに置き、姉と過ごす時間を優先した。

*****

姉が僕のことを誰よりも大切に思ってくれているのはひしひしと感じられた。そんな姉は誰よりも優しい存在だ。だからこそ、僕の独占欲は日に日に強まっていく。相手が誰であれ、姉に好意をもつことが許せない。
僕は小学校、中学校と姉に近付く虫を蹴散らした。おかけで、姉は平和に暮らしている。
最初は姉を守ることを誇らしく思っていた。しかし、成長していくにつれ、何か見返りが欲しいと姉に対して思うようになる。そんな浅ましい自分を知られたくなくて、自ら姉と距離をとった。距離をとったことで僕が姉に対する気持ちは止まるわけでもなく、以前より高まっていく感情に悩まされる。僕の気持ちなんて知るはずもない姉は以前のように接してくれる。そんな姉に愛しさが込み上げるが、同時に疎ましく感じてしまう。
僕はもう、5歳の子供ではないのだ。優しい姉を騙すのは容易い。僕が行動を起こせば、簡単に姉は僕のものになる。しかし、姉を傷つける真似はしたくない。姉は何も知らずに平和に過ごして欲しいのだ。

悶々と過ごすこと、早16年。僕は21歳、姉は26歳となっていた。姉の年齢に焦りを感じる。いつ、嫁に行ってもおかしくない時期だ。
そして、僕の心配事は現実となる。

姉のお見合い話があがったのだ。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】帰れると聞いたのに……

ウミ
恋愛
 聖女の役割が終わり、いざ帰ろうとしていた主人公がまさかの聖獣にパクリと食べられて帰り損ねたお話し。 ※登場人物※ ・ゆかり:黒目黒髪の和風美人 ・ラグ:聖獣。ヒト化すると銀髪金眼の細マッチョ

銀髪美少女を探してたらようやく見つかったので守ろうかと思います。

忍原富臣
恋愛
 高校でのボッチ生活を終えた芥川銀治は大学生活に突入しようとしていた。  銀治は己で決めた「銀髪美少女三原則」という規律に従い、中学高校と己を鍛え続けた。剣道、柔道、空手、合気道……、銀髪美少女を守る為に彼は努力した。しかし、彼が高校生活を終えるまでの間、銀髪美少女に出会うことはなかった……。  まだ見ぬ銀髪美少女に出会うため、青春を延命させるために銀治は大学へと進学。  そして、大学初日、階段を上がろうとしていた矢先、ようやく彼の元に落ちてきたのだ。  白パンが――!!  誰とも付き合わないことを決めた主人公銀治と男性に対してトラウマを抱く彩芽。そんな彩芽を楽しませようとする双子であり姉である彩香……。  大学生活が始まってから出会えない日が続くも、再び三人は大学の校門で出会う。  男子学生に絡まれていた所を助け彩芽と彩香に感謝された銀治であったが、可愛すぎる彩芽と綺麗な彩香にぼっちで過ごしてきた彼が絶えられる訳もなくダメージを受ける。  途中、昔の出来事を振り返り暗くなってしまう銀治は独り暮らしということもあり、お隣さんに挨拶へ。隣に住んでいたのはまさかの彩芽と彩香。  そして、銀治のトラウマであり初恋である相手が銀治の部屋に訪れる……。早く帰って欲しい銀治であったが、圧倒的女子力に負けてしまい倒れてしまった。  銀治が起き、初恋相手との一つ屋根の下にインターホンの音……。  玄関先に待ち受けていたのは彩芽と彩香。  四人が鉢合わせになり危うく修羅場に……???  主人公銀治と彩芽、彩香、初恋の相手も含めたすれ違いつつも惹かれ合っていく王道ラブコメ!?

逃げて、追われて、捕まって (元悪役令嬢編)

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で貴族令嬢として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 *****ご報告**** 「逃げて、追われて、捕まって」連載版については、2020年 1月28日 レジーナブックス 様より書籍化しております。 **************** サクサクと読める、5000字程度の短編を書いてみました! なろうでも同じ話を投稿しております。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

転生先が羞恥心的な意味で地獄なんだけどっ!!

高福あさひ
恋愛
とある日、自分が乙女ゲームの世界に転生したことを知ってしまったユーフェミア。そこは前世でハマっていたとはいえ、実際に生きるのにはとんでもなく痛々しい設定がモリモリな世界で羞恥心的な意味で地獄だった!!そんな世界で羞恥心さえ我慢すればモブとして平穏無事に生活できると思っていたのだけれど…?※カクヨム様、ムーンライトノベルズ様でも公開しています。不定期更新です。タイトル回収はだいぶ後半になると思います。前半はただのシリアスです。

【R18】スパダリ幼馴染みは溺愛ストーカー

湊未来
恋愛
大学生の安城美咲には忘れたい人がいる……… 年の離れた幼馴染みと三年ぶりに再会して回り出す恋心。 果たして美咲は過保護なスパダリ幼馴染みの魔の手から逃げる事が出来るのか? それとも囚われてしまうのか? 二人の切なくて甘いジレジレの恋…始まり始まり……… R18の話にはタグを付けます。 2020.7.9 話の内容から読者様の受け取り方によりハッピーエンドにならない可能性が出て参りましたのでタグを変更致します。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

シングルマザーになったら執着されています。

金柑乃実
恋愛
佐山咲良はアメリカで勉強する日本人。 同じ大学で学ぶ2歳上の先輩、神川拓海に出会い、恋に落ちる。 初めての大好きな人に、芽生えた大切な命。 幸せに浸る彼女の元に現れたのは、神川拓海の母親だった。 彼女の言葉により、咲良は大好きな人のもとを去ることを決意する。 新たに出会う人々と愛娘に支えられ、彼女は成長していく。 しかし彼は、諦めてはいなかった。

処理中です...