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子会社問題①給与格差

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「親会社はボーナスが3.3ヶ月分出たらしいぜ」

「マジかよ…いいよなぁ親会社は」

夏と冬、ボーナスの時期になると、そこら中で聞こえてくる会話。

ボーナス。賞与。サラリーマンにとって大きな金が舞い込んでくる重要イベントである。

しかし手に入る金額は、親会社と子会社とで大きく異なる。法人用複合機トップのエクセル社、その子会社の一つであり、その「販社」の中で最大の売上高を誇るエクセル販売東京のボーナスは2.2ヶ月分だ。

世間から見れば決して悪くはない。しかしエクセル社のボーナス額はテレビニュースで報道されることも多く、
その度に自分は「子会社勤め」であることを認識させられる。

「なんで親と子で、こんなに格差があるのだろう」

私が呟いた言葉に反応したのは、隣の席にいる女性事務員の椎名だった。

「いいじゃないですか。私のような契約社員はそもそもボーナス出ないし」

「そうなんだけどさ。でも割り切れない気持ちもあるよ」

そう私がいうのには理由がある。

エクセル社の役割は「製造」と「管理」である。管理の役割の中には販売管理、という仕事がある。これは子会社の一つであるエクセル販売東京が販売台数の年間目標を達成するために指導していく事であるが、親会社は販売ノウハウを持っているわけではない。エクセルの売上と利益を稼ぎ出すのは子会社の貢献あってこそなのである、と私は思っている。



「そうですよ係長。だってエクセルの売上は俺らの努力あっての事ですよ。親の人たちはただ俺らの売上とかを見て『あーしろ、こうしろ』と言っているだけですし」

そう口を挟んできたのは部下の林田。大学卒5年目の、私の課のトップセールスである。

「林田さん、ちょっと、聞こえますよ…」

「聞こえるように言ってんだよ」

椎名は課長席を見ながら慌てていた。しかし林田はわざと聞こえるように言っている。

「大体、管理って販売した事もないくせに何が分かるっていうんだよ」

「林田くん…何が言いたいのですか?」

課長の本田は鋭い目で林田を睨んだ。

本田がいなければ…私がそこの席にいたはずなのに…

本田は私の所属する大手営業部第二課の課長である。親会社からの出向者、年齢は若干32歳だ。本社では係長ないし主任クラスらしいが、子会社では立派な課長である。

私は35歳、係長である私の方が年上だ。私はこのエクセル販売で優秀な成績を残し続け、同期の中で最も早く係長に昇進した。

そして今年頑張れば、来年は課長になれる…そう考えていた矢先に本田が出向で課長ポストに就いた。出向者は最低2年は異動しない。決まった訳ではないが、係長から課長への横滑りが通例だった会社の伝統からすると、私の昇進は2年以上遅れると思っていい。

これまで出世競争で大きな挫折を味わったことのない私は、親会社からの出向者である本田の出現によって、子会社における「硝子の天井」の存在を思い知らされることになった。

どれだけ努力してもエクセル販売東京という子会社にとって、課長以上のポストは親会社の若手エリートの管理者修行の場であった。また出世競争に敗れた者たちの”流刑先”とも呼ばれているが、そんな彼らにもきっちりと管理職のポストは与えられる。子会社の人間が汗水たらして、その努力の末に勝ち取れるポストを、親会社の人間はいとも容易く手にすることができる。

問題は給与格差である。子会社に出向し、子会社プロパーと同じ仕事をしていても、
出向者の給与は親会社と同じである。一般的に子会社の給与は親会社の7割程度と言われている。エクセル社の平均年収は750万、販社最大規模のエクセル販売東京のそれは520万程度であるから、世間の相場と相違はないようだ。

「大体ねぇ、親会社と子会社とで差があるのは当然でしょう?」

本田は林田を馬鹿にするように、冷たい笑いを浮かべながら

「現場業務の大変さは分かりますが、それを管理して『結果を出させる』というマネジメントこそが会社への利益貢献の最たるものですよ」

本田は常に正論を吐く。しかしその正論は親会社としての正論だ。係長である私には本田の理解できる部分もあるが、売上を稼ぐ我々と、親会社との大きな待遇格差を目の当たりにすると、消化しきれない気持ちを抱くのは「子会社族」としては当然だろう。

だからそのあとに本田の言った

「親会社だって大変なんですよ。『子会社に結果を出してもらうために』」

という言葉には流石に我慢できず私は

「林田の態度については、管理者責任を持つ私から謝罪します。ただ、その言葉は取り消してもらませんか?私たちだって人間なんだ、奴隷じゃない」

と反論した。

しかし本田は私の言葉を歯牙にもかけず

「係長である貴方が、そんな低次元な事は言わないでほしいですね」

と、さらりと返した。

「大変さは見ていれば分かる。しかしあなた方一人一人の気持ちを汲んでいたら、仕事にならない。冷徹に的確に指示を与えなければならない。エクセルがトップであり続けるのは徹底した販売管理の賜物なのですよ」

「しかし…私たちはロボットじゃないんだ!」

私は気がついたら叫んでいた。
オフィスに残る社員…エクセル販売のプロパー達が私と本田のやり取りに注目している。

「子会社が親会社の指示に従うのは当然のことでしょう?」

「従っていますよ。そして私たちは結果を出している」

「ということは、私たちの販売管理手法が優れているから、という証左になるじゃないですか」

本田は「こいつバカか?」という顔で私を見ていた。

「いいですか?販売子会社の仕事は『売ること』です。親会社である私たちは売り切るために子会社に指示を出し、成果を管理します。そして子会社の管理者は、親会社の指示を徹底するために部下を管理しなければなりません。これが間違っていますか?」

間違ってはいない。間違ってはいないが…それでも私たちは…

「それは私たちに…子会社には意思は必要はない、という事ですか?」

「そう捉えてもらって結構です。指示に従う側、指示を出す側。どちらが上か、分かるでしょう?係長、子会社としての立場を弁えなさい」

本田は無表情に、心の底から見下したように私を見ていた。

「さぁ、くだらないやり取りはやめましょう。お互い大人なのですから」

そして本田は林田を一瞥し

「文句を言う暇があったら1台でも多く売って来てください。売れば売るほどインセンティブが出るじゃないですか。少しは”給与格差”は埋まるかもしれませんよ」

と笑いながら本田は言い、さらに「まぁ、子会社の人間にはそれくらいしか出来ないでしょう」と続けた。

その刹那、林田は「この野郎っ!」と本田の胸倉を掴み、右腕で思いっきり殴った。

それが私の小さい檻の中における出世競争の終わりを告げた出来事であった。




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