上 下
57 / 63
第三章 ヴィンセント攻略

向き合わねばならぬもの

しおりを挟む
 私は深く息を吐く。
 今日はアレクシスと待ち合わせて、真剣に今後のことを話すつもりだった。結婚のことも、それ以外のことも。

 放課後、廊下でたたずみながら、アレクの到着を待つ。
 しばらく待っていると、急いで来たのだろうか、アレクシスが頬を上気させながら駆け寄ってきた。

「待たせたな、ルシール」

 アレクシスは、ここ数日見慣れた王子スマイルで、自然に私の手を取る。
 昨日までの私だったら、このスキンシップにも慌てふためいていたのだろうが、私の心の中は今まったく別の考えで埋め尽くされていた。

 私が浮かない顔をしていることに気づいたアレクシスは、すぐさま不安そうに顔をのぞき込んでくる。

「どうした?」
「……アレク、少し二人きりで話せませんか」

 私はなるべく平静を装ってアレクシスに言った。
 だが、ただならぬ雰囲気を察したアレクシスは表情を硬くする。

「……わかった。なら場所を変えるか」

***

 アレクシスにエスコートされてやってきたのは、学院の敷地内にある東屋だった。校舎から離れている場所にあるため、人通りがほとんどなく、恋人たちの逢瀬に適しているということで知られている。

 東屋に入って、私たちは互いに無言で向き合った。
 お世辞にも恋人同士の甘い雰囲気などない。私はこれから先に起こりうる可能性を考えて憂鬱になった。それでも、ここまで来て話さないわけにはいかない。

 私は、ゆっくりと口を開いた。

「あの、私――」
「断らせないからな」

 まだなにも言っていないのに、アレクシスは断言する。私の浮かない様子から、婚約を解消されるのだと思ったのだろう。
 うすく潤んだ瞳で、アレクシスがこちらをにらみつける。

「アンタが本気でオレに惚れていないことくらいわかっている。けれど、惚れさせるチャンスくらいくれたっていいじゃないか」
「アレク……」

 私がアレクシスに手を伸ばすと、アレクシスは一歩後ろに後ずさる。
 そして悔しそうに顔をそらした。

「婚約を破棄する必要なんてないだろう? 別に今すぐ結婚しなくてもいい。アンタがちゃんとオレを意識してくれれば、それで良かったんだ。それ以上なんて……望んでいない」

 アレクシスは自分の拳をきつく握りしめながら、歯を噛みしめていた。
 自分が傷つく前に結論を出そうとしているアレクシスに、私は胸が痛くなる。

「それとも……他に好きな男でもいるのか」
「アレク、違います! 他に好きな男なんていません。私の話を聞いてください」

 私は強引にアレクシスの手を取った。
 他の理由ならいざ知らず、別の男に目移りしたのが原因などと勘違いされては、すれ違いが余計に悪化してしまう。
 アレクシスの両手を掴みながら、必死に訴えた。

「たしかに時間は欲しいと思っています。でも、今日話したいのはそれだけじゃないんです」

 レイチェルに相談したあと、私はアレクシスとの関係について真剣に考えた。
 年齢の件も、恋愛感情の件もたしかに大事だ。けれど、それは時間がいずれ解決してくれる。

 だがそれ以外に、私とアレクシスの結婚を行う上で、時間だけでは解決できない大きな問題があるのだ。

「アレクは子ども扱いをするなと言いました。だから、今まであえて聞かなかったことを尋ねます」
「……なんだ」

 アレクシスがわずかに怯えた様子で、応える。

 私は深く息を吸う。
 アレクシスの真正面に立って、私はもっとも確認しなければならないことを尋ねた。

「私と結婚することで、王位を継ぐ可能性がなくなったとしても、アレクは私を望みますか?」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

悪役令嬢は天然

西楓
恋愛
死んだと思ったら乙女ゲームの悪役令嬢に転生⁉︎転生したがゲームの存在を知らず天然に振る舞う悪役令嬢に対し、ゲームだと知っているヒロインは…

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました! でもそこはすでに断罪後の世界でした

ひなクラゲ
恋愛
 突然ですが私は転生者…  ここは乙女ゲームの世界  そして私は悪役令嬢でした…  出来ればこんな時に思い出したくなかった  だってここは全てが終わった世界…  悪役令嬢が断罪された後の世界なんですもの……

侯爵令嬢の置き土産

ひろたひかる
恋愛
侯爵令嬢マリエは婚約者であるドナルドから婚約を解消すると告げられた。マリエは動揺しつつも了承し、「私は忘れません」と言い置いて去っていった。***婚約破棄ネタですが、悪役令嬢とか転生、乙女ゲーとかの要素は皆無です。***今のところ本編を一話、別視点で一話の二話の投稿を予定しています。さくっと終わります。 「小説家になろう」でも同一の内容で投稿しております。

醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 とある侯爵家で出会った令嬢は、まるで前世のとあるホラー映画に出てくる貞◯のような風貌だった。 髪で顔を全て隠し、ゆらりと立つ姿は… 悲鳴を上げないと、逆に失礼では?というほどのホラーっぷり。 そしてこの髪の奥のお顔は…。。。 さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドで世界を変えますよ? ********************** 『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』の続編です。 続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。 前作も読んでいただけるともっと嬉しいです! 転生侍女シリーズ第二弾です。 短編全4話で、投稿予約済みです。 よろしくお願いします。

処理中です...