上 下
51 / 63
第三章 ヴィンセント攻略

魔術具を買いに行こう・2

しおりを挟む
「アレクシス様まで……どうしてここに?」

 ヴィンセントが目を見開いて、私とアレクシスの顔を交互に見つめている。
 その後ろから店員がヴィンセントを見ながら、不思議そうな声を出した。

「なんだ、知り合いか?」

 店員の言葉にヴィンセントはハッとする。
 店員に「ええまあ」と曖昧に答えると、客相手の作り笑顔を浮かべて、丁寧な動きで扉の奥へと誘導した。

「親方、表は任せるよ。――お二人は立ち話もなんですので、どうぞ奥に」

***

 店の奥は工房になっているようだった。先ほどまでヴィンセントが作っていたであろう、魔術具の欠片や素材が、机の上に散らばっている。

 ヴィンセントが無言で客用の席を用意して、茶を淹れてくれた。
 私たちも無言で、ヴィンセントの様子を見る。互いに、なんとしゃべっていいのかわからなくなっていた。

 しばしの沈黙の後、おずおずとヴィンセントが口を開く。

「……お二人は、どうしてここに?」

 ひとまず会話のきっかけをヴィンセントが提示してくれたので、アレクシスはそれに乗っかることにしたようだ。
 今日ここまで来たいきさつを説明する。

「ルシールの補助具を買いに来たのだ。神属性の授業で使用する必要が出てきたからな」
「なるほど……」
「ヴィンセント、お前ここで働いているのか? オルムステッド侯爵は知っているのか?」
「はい。休日限定ということで、お許しをいただいております」

 ヴィンセントの返事に、アレクシスは「そうか……」とだけ返す。
 その後、なぜか難しい顔をして考え事をしているようだった。

 アレクシスの方から言葉を続ける気がないことを察したヴィンセントは、説明を続ける。

「平民時代、私はこの店で働いていました。侯爵には、魔術具作成の能力を買われて養子にしていただきましたが、そのときこの店で働き続けられないかと私が頼んだのです」

 アレクシスが首を傾げた。

「なぜだ? オルムステッド侯爵の養子となれば、扱いはもう貴族だ。街に使いを出すことはあっても、働きに出る必要などないだろう?」
「それは……」

 ヴィンセントが言いよどむ。
 だが、彼が言いにくそうにしていた理由はすぐにわかった。

「侯爵から魔術具作成の支援はいただいておりますが、生活費は別になりますので」

 アレクシスと私は唖然とした。
 平民を貴族の養子として迎え入れておきながら、生活費すらもらえないとは……ヴィンセントはいったいオルムステッド家でどんな扱いを受けているのか。
 それはもはや養子ではなく、従業員となんら変わらないではないか。

 私たちが困惑と同情を抱えていることに気づいたのだろう。
 ヴィンセントは気にするなと言わんばかりに手を振ると、苦い笑みを浮かべる。

「ありがたいことに今は、殿下の側近として過分な給与をいただいておりますから、生活に困ってはおりません。だから店で働かせてもらっているのは、半分趣味のようなものなのです。今まで殿下にお伝えせず、失礼いたしました」
「……いや。侯爵の許可を得ているのなら、それでいいのだ。いくら側近とはいえ、休日まで拘束する気はないしな。好きにするといい」
「恐れ入ります」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後

有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。 だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。 それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。 王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!? けれど、そこには……。 ※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

悪役令嬢予定でしたが、無言でいたら、ヒロインがいつの間にか居なくなっていました

toyjoy11
恋愛
題名通りの内容。 一応、TSですが、主人公は元から性的思考がありませんので、問題無いと思います。 主人公、リース・マグノイア公爵令嬢は前世から寡黙な人物だった。その為、初っぱなの王子との喧嘩イベントをスルー。たった、それだけしか彼女はしていないのだが、自他共に関連する乙女ゲームや18禁ゲームのフラグがボキボキ折れまくった話。 完結済。ハッピーエンドです。 8/2からは閑話を書けたときに追加します。 ランクインさせて頂き、本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ お読み頂き本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ 応援、アドバイス、感想、お気に入り、しおり登録等とても有り難いです。 12/9の9時の投稿で一応完結と致します。 更新、お待たせして申し訳ありません。後は、落ち着いたら投稿します。 ありがとうございました!

処理中です...