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第二章 カイ攻略
剣術大会・2
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私は控室から出た後、アレクシスに人通りがない場所で声をかける。
「アレクシス王子……ブラッドに、あらかじめ作戦を教えるわけにはいかないんですか?」
「なぜそんなことを聞く?」
「いえ……。ただ、隠す必要はない気がして。最初からすべて説明した上で、協力してもらった方がよくありませんか? 決勝で負ける約束をしていたはずのカイに、いきなり本気で戦われたら、ブラッドはカイが裏切ったと思いますよ」
私の言葉に、アレクシスが困ったように眉根を寄せる。
「アンタの言うことにも一理ある。だが……兄上に止められたのだ」
「クリスティアン王子に?」
「兄上はブラッドが敵と通じているのではないかと疑っている」
私はハッとした。
同時にアレクシスに言われるまで、その可能性に思い至らなかった自分にも驚く。
「正確には、敵と通じている可能性が捨てきれない、だ。ブラッドの母親が病気なのは間違いないが、本当に死までもう時間がないかは裏付けが取れていない。ブラッドが嘘を言っている可能性もあるし、あるいは母親を人質に取られて、敵のいいなりになっているかもしれない」
「……それは、あり得ますね」
私が同意すると、アレクシスはホッと息をついた。
そして苦い顔で、クリスティアンに叱られたのだと語る。
「自分の側近を守ろうとするのはいいが、信頼する相手は慎重に選べと言われた。守るべきものの優先順位を間違えてはならないと、な」
クリスティアンの言葉は正しい。
私はクーデターを止めたい一心だったのだが、ブラッドはそもそもマンガに登場しない。信用できるかなんて、誰にもわからないのだ。
私が不用意な発言をしたことで、逆にアレクシスに不利に働く可能性はいくらでもある。
「すみません、私……余計なことを言ってしまって」
「そう気にするな。俺が決めたことだ」
子どもをあやすかのような手つきで、アレクシスが私の頭をなでる。
「むしろ、俺はアンタに感謝しているんだ」
「アレクシス王子が、私に?」
「アンタがいなければ、俺はカイが苦しんでいることにも、俺を狙う敵がいることも気づかずに、のうのうと過ごしていただろう。アンタの意見は……まあ、貴族としては変わっているかもしれないが、代わりに新しい道を示してくれた。だから俺は自分で選ぶことができたんだよ。それに……」
「それに?」
「……いや、まあ、それはいいか。ともかく、アンタはいつも通りにしてればいい」
アレクシスはなにかを誤魔化すようにして、首の後ろをかく。
私を安心させるように微笑むと、手を差し出した。
「大丈夫だ、きっとうまくいく。ほら、行くぞ」
「……はい!」
私はその手を取ると、アレクシスと一緒に客席へと歩き始めた。
***
そして剣術大会は始まりを告げた。
この剣術大会は純粋に剣の腕を見るために、魔術の使用は禁じられている。
それでも万が一の暴発に備えて、会場と観客席の間には魔法障壁が張られていた。
だが、防ぐのは魔術攻撃と物理攻撃のみで、会場内の声は聞こえてくるようになっているそうだ。いったいどういう仕組みなのだろう。
試合は順調に進み、カイとブラッドともに勝ち進んでいった。
初戦から見ていたが、二人とも勝ち方に余裕があり、危なげがない。カイがブラッドの実力なら問題ないと言っていたのもうなずける。
やがて決勝は予想通り、カイとブラッドの対決となった。
ひとまず途中で敗退するなどのトラブルがなかったことに、私は安堵する。
会場では、カイとブラッドが決勝開始の合図を待ちながら、対峙していた。
「カイ、約束を果たすぞ」
「ブラッド……」
ブラッドはカイに言う。事情を知らない人間から見れば、まるで親友同士が正々堂々決勝で戦うことを約束したかのように見えるだろう。
だがその実は、自分に勝利を譲るという裏取引を忘れるなという脅迫だ。
カイは瞳を閉じた。
そして口をきつく結ぶと、強い眼差しでブラッドを射貫く。
「ブラッド……ごめん」
「なんだ」
「おれは――全力で行く!」
ブラッドが驚愕に目を見開く。
「決勝戦、始め!」
審判の宣言とほぼ同時に、カイは剣を構え、飛び出した。
予想外の出来事にショックを受けたブラッドだったが、反射的に剣を構える。
ブラッドの剣は、カイの攻撃をギリギリで防いだ。だが咄嗟のことで、防御姿勢が崩れてしまう。ブラッドがよろめいた。
カイは大きく一歩踏み込むと、足払いをかけるために片足を大きく左に振る。
ブラッドが後ろに飛んで避けた。
だがカイはその動きを予想していたように、次の攻撃を仕掛ける。カイは片足を軸に、大きく体を回転させながら、剣をふり上げたのだ。
カイの拳だけでは届かない距離だが、剣の分リーチが伸びる。
カイの剣はブラッドの剣の柄に当たった。ブラッドの剣は彼の拳を離れ、宙に飛ばされていく。
それはあまりに一瞬の出来事だった。
剣を失い、尻餅をつくブラッドの喉元に、カイが切っ先を突きつける。
「おれの勝ちだ、ブラッド」
「…………」
飛ばされたブラッドの剣が地に落ち、鈍い音を立てた。
審判すらあまりの神速に、カイの勝利宣言を忘れてしまっているようだ。
ブラッドは自分になにが起こったのか、わからないといった様子で呆然としている。
ブラッドはカイを見上げ、自分の手を見つめ、再びカイを見た。
やがて、自分の敗北を理解したのだろう。
喉元に突きつけられている剣先を掴むと、立ち上がりカイをにらみつけた。
「……ったな」
「ブラッド、説明させてくれ。おれの話を――」
「裏切ったな、カイ!!」
カイの言葉を遮り、ブラッドが怒りの咆吼を上げる。
するとブラッドの全身から、なぜか黒い煙が立ち上った。
吹き出た煙はやがて、ブラッドの頭上で雷雲のように集まり、その中でバチバチと紫の電流を走らせている。
その様子を見ていたクリスティアンが、立ち上がって叫んだ。
「あれは……不和の呪い!?」
「各員、護衛対象を囲め!」
「防御魔術を発動しろ! 神属性は結界を張れ!」
王族の護衛たちが、慌ただしく指示を飛ばす。
だが、私はどうしていいかわからず、周囲を見回すばかりだった。
不和の呪いがなんなのかわからない。だが、万が一攻撃が客席に飛んできても、攻撃魔法ならすでに張ってある魔法障壁で防げるのではないのだろうか。
なぜ、そんなに慌てふためいているのだろう。
そんなことを私が考えていたときだった。
視界の端で、ブラッドから黒い煙と紫の煙が、まっすぐ私の方に向かって飛んでくるのが見える。
その攻撃はなぜか魔法障壁をすり抜け、私の目の前まで伸びてきた。
アレクシスが、こちらに向かって叫んでいる。
「ルシール!」
「アレクシス王子……ブラッドに、あらかじめ作戦を教えるわけにはいかないんですか?」
「なぜそんなことを聞く?」
「いえ……。ただ、隠す必要はない気がして。最初からすべて説明した上で、協力してもらった方がよくありませんか? 決勝で負ける約束をしていたはずのカイに、いきなり本気で戦われたら、ブラッドはカイが裏切ったと思いますよ」
私の言葉に、アレクシスが困ったように眉根を寄せる。
「アンタの言うことにも一理ある。だが……兄上に止められたのだ」
「クリスティアン王子に?」
「兄上はブラッドが敵と通じているのではないかと疑っている」
私はハッとした。
同時にアレクシスに言われるまで、その可能性に思い至らなかった自分にも驚く。
「正確には、敵と通じている可能性が捨てきれない、だ。ブラッドの母親が病気なのは間違いないが、本当に死までもう時間がないかは裏付けが取れていない。ブラッドが嘘を言っている可能性もあるし、あるいは母親を人質に取られて、敵のいいなりになっているかもしれない」
「……それは、あり得ますね」
私が同意すると、アレクシスはホッと息をついた。
そして苦い顔で、クリスティアンに叱られたのだと語る。
「自分の側近を守ろうとするのはいいが、信頼する相手は慎重に選べと言われた。守るべきものの優先順位を間違えてはならないと、な」
クリスティアンの言葉は正しい。
私はクーデターを止めたい一心だったのだが、ブラッドはそもそもマンガに登場しない。信用できるかなんて、誰にもわからないのだ。
私が不用意な発言をしたことで、逆にアレクシスに不利に働く可能性はいくらでもある。
「すみません、私……余計なことを言ってしまって」
「そう気にするな。俺が決めたことだ」
子どもをあやすかのような手つきで、アレクシスが私の頭をなでる。
「むしろ、俺はアンタに感謝しているんだ」
「アレクシス王子が、私に?」
「アンタがいなければ、俺はカイが苦しんでいることにも、俺を狙う敵がいることも気づかずに、のうのうと過ごしていただろう。アンタの意見は……まあ、貴族としては変わっているかもしれないが、代わりに新しい道を示してくれた。だから俺は自分で選ぶことができたんだよ。それに……」
「それに?」
「……いや、まあ、それはいいか。ともかく、アンタはいつも通りにしてればいい」
アレクシスはなにかを誤魔化すようにして、首の後ろをかく。
私を安心させるように微笑むと、手を差し出した。
「大丈夫だ、きっとうまくいく。ほら、行くぞ」
「……はい!」
私はその手を取ると、アレクシスと一緒に客席へと歩き始めた。
***
そして剣術大会は始まりを告げた。
この剣術大会は純粋に剣の腕を見るために、魔術の使用は禁じられている。
それでも万が一の暴発に備えて、会場と観客席の間には魔法障壁が張られていた。
だが、防ぐのは魔術攻撃と物理攻撃のみで、会場内の声は聞こえてくるようになっているそうだ。いったいどういう仕組みなのだろう。
試合は順調に進み、カイとブラッドともに勝ち進んでいった。
初戦から見ていたが、二人とも勝ち方に余裕があり、危なげがない。カイがブラッドの実力なら問題ないと言っていたのもうなずける。
やがて決勝は予想通り、カイとブラッドの対決となった。
ひとまず途中で敗退するなどのトラブルがなかったことに、私は安堵する。
会場では、カイとブラッドが決勝開始の合図を待ちながら、対峙していた。
「カイ、約束を果たすぞ」
「ブラッド……」
ブラッドはカイに言う。事情を知らない人間から見れば、まるで親友同士が正々堂々決勝で戦うことを約束したかのように見えるだろう。
だがその実は、自分に勝利を譲るという裏取引を忘れるなという脅迫だ。
カイは瞳を閉じた。
そして口をきつく結ぶと、強い眼差しでブラッドを射貫く。
「ブラッド……ごめん」
「なんだ」
「おれは――全力で行く!」
ブラッドが驚愕に目を見開く。
「決勝戦、始め!」
審判の宣言とほぼ同時に、カイは剣を構え、飛び出した。
予想外の出来事にショックを受けたブラッドだったが、反射的に剣を構える。
ブラッドの剣は、カイの攻撃をギリギリで防いだ。だが咄嗟のことで、防御姿勢が崩れてしまう。ブラッドがよろめいた。
カイは大きく一歩踏み込むと、足払いをかけるために片足を大きく左に振る。
ブラッドが後ろに飛んで避けた。
だがカイはその動きを予想していたように、次の攻撃を仕掛ける。カイは片足を軸に、大きく体を回転させながら、剣をふり上げたのだ。
カイの拳だけでは届かない距離だが、剣の分リーチが伸びる。
カイの剣はブラッドの剣の柄に当たった。ブラッドの剣は彼の拳を離れ、宙に飛ばされていく。
それはあまりに一瞬の出来事だった。
剣を失い、尻餅をつくブラッドの喉元に、カイが切っ先を突きつける。
「おれの勝ちだ、ブラッド」
「…………」
飛ばされたブラッドの剣が地に落ち、鈍い音を立てた。
審判すらあまりの神速に、カイの勝利宣言を忘れてしまっているようだ。
ブラッドは自分になにが起こったのか、わからないといった様子で呆然としている。
ブラッドはカイを見上げ、自分の手を見つめ、再びカイを見た。
やがて、自分の敗北を理解したのだろう。
喉元に突きつけられている剣先を掴むと、立ち上がりカイをにらみつけた。
「……ったな」
「ブラッド、説明させてくれ。おれの話を――」
「裏切ったな、カイ!!」
カイの言葉を遮り、ブラッドが怒りの咆吼を上げる。
するとブラッドの全身から、なぜか黒い煙が立ち上った。
吹き出た煙はやがて、ブラッドの頭上で雷雲のように集まり、その中でバチバチと紫の電流を走らせている。
その様子を見ていたクリスティアンが、立ち上がって叫んだ。
「あれは……不和の呪い!?」
「各員、護衛対象を囲め!」
「防御魔術を発動しろ! 神属性は結界を張れ!」
王族の護衛たちが、慌ただしく指示を飛ばす。
だが、私はどうしていいかわからず、周囲を見回すばかりだった。
不和の呪いがなんなのかわからない。だが、万が一攻撃が客席に飛んできても、攻撃魔法ならすでに張ってある魔法障壁で防げるのではないのだろうか。
なぜ、そんなに慌てふためいているのだろう。
そんなことを私が考えていたときだった。
視界の端で、ブラッドから黒い煙と紫の煙が、まっすぐ私の方に向かって飛んでくるのが見える。
その攻撃はなぜか魔法障壁をすり抜け、私の目の前まで伸びてきた。
アレクシスが、こちらに向かって叫んでいる。
「ルシール!」
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