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第二章 カイ攻略
調査隊発足
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アレクシスは私の言葉に驚いたように目を見開く。
そしてしばらく考えるように黙った後、小さな声でつぶやいた。
「……三日だ」
「え?」
「三日だけ待ってやる。それまでにカイの事情を調べてみればいい」
私はハッとした。
それは私の意見をほぼ受け入れてくれたということだ。
「ありがとうございます、アレクシス王子!」
「おい、急に抱きつくな! はしたないぞ」
嬉しさのあまり腕に抱きついた私を引き剥がしながら、アレクシスはフンと鼻を鳴らす。
「待つだけだ。少しでも過ぎたら、カイはクビにするからな」
耳の辺りを赤く染めながら、アレクシスがそっぽを向いて言う。
なにはともあれ、猶予はもらった。それまでに事情をすべて明らかにして、問題があれば解決しなければならない。
***
私はアレクシスの部屋から出てすぐに、レイチェルとステラを自室へ呼ぶ。
アレクシスが積極的に協力してくれない以上、私が頼れる人は彼女たちぐらいしかいない。
二人は話を聞くと、すぐに駆けつけてくれた。
私は先ほどのカイとアレクシスとのやりとりを説明する。
「アレクシス王子から、三日ほど猶予をもらいました。カイを助けるためには、それまでに事情を調べなければいけません」
「三日ですか、あまり時間がありませんね……」
ステラが不安そうにつぶやき、隣でレイチェルもうなずいている。
そこへ、三十代後半ぐらいであろう、焦げ茶色の髪をした男が、パンの入ったかごを持って近づいてきた。
「まあまあ、そんな暗い顔しないで、お嬢さん。ほら、新作のパンでも食べるといい」
「あ、ありがとうございます。……あなたは?」
男に差し出されたパンを受け取って、戸惑いながらステラが尋ねる。
無精ひげの生えた顎をなでながら、男はニッと笑った。
「おじさんは通りすがりの遊び人さ」
「彼はヒューといいます。学院に出入りしているパン屋の一人です」
私は、ヒューがまともに答える気がないと気づいて、すぐさまフォローする。
「パン屋?」
「どうしてパン屋がここに?」
意味がわからないといった様子で、ステラとレイチェルが首を傾げている。
私は小さくため息をつくと、ヒューがこの場にいる理由を説明する。
「私が呼びました。ヒューは情報通で、とても顔が広いんです。……彼は学院にパンを卸しに来るなり、食堂に入り浸って、王族の侍女から門番に洗濯女まで、ありとあらゆる方と話に興じています」
私がヒューと最初に出会ったのは、酵母入りパンを作ることができないか模索している時だった。
ちょうどギルグッド家に出入りしていた業者の中にヒューがいたのだ。
ヒューは愛想がよく、特に女性と見るやいなや、話しかけずにはいられない性格だった。
このふざけた口調と屋敷の奥様にまで声をかけるせいで、軽薄だとヒューを毛嫌いする者もいるが、不思議と彼の周りには人だかりができていることが多い。
また庶民とは思えないほど頭の回転が速く、発想も柔軟だ。新種のパンが作りたいと私が言ったときに、業者の中で真っ先に話に乗ってくれたのがヒューなのである。
学院の台所を見に行った際にヒューがいたことには驚いたが、ヒューのパン屋は業界の中でも大手なので、学院に出入りしていても不思議ではない。
「ルシール嬢ちゃんには、散々儲けさせてもらってるからな。学院内のことなら、おじさんになんでも聞いてくれ。レイチェルお嬢さん。そして、ステラお嬢さん」
ウィンクしながら、ヒューが二人に微笑みかける。
まだ名乗ってもいないのに呼びかけられたレイチェルは、驚きの声を上げた。
「どうして、わたくしたちの名前を?」
「名前だけじゃない。お嬢さんのご両親の名前も、裁縫の腕が素晴らしいことも、いつも元気よく声をかけてくれるカイが気になっていることも、全部知っているさ」
「まあ!」
初対面の人間に自分の恋心まで知られていたことにレイチェルが驚き、嫌悪感をあらわにする。
「……ルシール様。わたくし、この方があまり好きではありませんわ」
「えーっと……レイチェルさん、気持ちはわかりますが落ち着いて。ヒューも、ふざけるのはほどほどにしてあげてください」
「こいつは失礼」
なんとなく、軽薄なヒューと生真面目なレイチェルは相性が悪いのではないかと予想していたが、残念ながらそれは当たってしまったようだ。
けれど、今は時間がない。カイのためにも、ヒューの協力は必須だ。
「余裕があれば、ステラさんとレイチェルさんの二人にお任せしているのですが……今回は時間もありませんし、女性だけでは調べにくいこともあるかと思います。ヒューに協力するよう言ってありますので、うまく使ってあげてください」
「はい」
「……わかりました」
ステラは素直にうなずき、レイチェルは不服ながらもうなずいてくれている。
ひとまず理解はしてくれたようだ。……納得はしていないかもしれないが。
「ま、おじさんに任せときな。王子様の女の趣味から、野良猫が遊びに来る時間まで、なんでも調べてやるよ」
妙に自信満々なヒューの言葉に、私は「これだからヒューには頼みたくなかったのに」とつぶやいて、深くため息をつく。
「ともかく……今はカイの事情を探るのが最優先です。みんなで手分けして調べましょう」
そしてしばらく考えるように黙った後、小さな声でつぶやいた。
「……三日だ」
「え?」
「三日だけ待ってやる。それまでにカイの事情を調べてみればいい」
私はハッとした。
それは私の意見をほぼ受け入れてくれたということだ。
「ありがとうございます、アレクシス王子!」
「おい、急に抱きつくな! はしたないぞ」
嬉しさのあまり腕に抱きついた私を引き剥がしながら、アレクシスはフンと鼻を鳴らす。
「待つだけだ。少しでも過ぎたら、カイはクビにするからな」
耳の辺りを赤く染めながら、アレクシスがそっぽを向いて言う。
なにはともあれ、猶予はもらった。それまでに事情をすべて明らかにして、問題があれば解決しなければならない。
***
私はアレクシスの部屋から出てすぐに、レイチェルとステラを自室へ呼ぶ。
アレクシスが積極的に協力してくれない以上、私が頼れる人は彼女たちぐらいしかいない。
二人は話を聞くと、すぐに駆けつけてくれた。
私は先ほどのカイとアレクシスとのやりとりを説明する。
「アレクシス王子から、三日ほど猶予をもらいました。カイを助けるためには、それまでに事情を調べなければいけません」
「三日ですか、あまり時間がありませんね……」
ステラが不安そうにつぶやき、隣でレイチェルもうなずいている。
そこへ、三十代後半ぐらいであろう、焦げ茶色の髪をした男が、パンの入ったかごを持って近づいてきた。
「まあまあ、そんな暗い顔しないで、お嬢さん。ほら、新作のパンでも食べるといい」
「あ、ありがとうございます。……あなたは?」
男に差し出されたパンを受け取って、戸惑いながらステラが尋ねる。
無精ひげの生えた顎をなでながら、男はニッと笑った。
「おじさんは通りすがりの遊び人さ」
「彼はヒューといいます。学院に出入りしているパン屋の一人です」
私は、ヒューがまともに答える気がないと気づいて、すぐさまフォローする。
「パン屋?」
「どうしてパン屋がここに?」
意味がわからないといった様子で、ステラとレイチェルが首を傾げている。
私は小さくため息をつくと、ヒューがこの場にいる理由を説明する。
「私が呼びました。ヒューは情報通で、とても顔が広いんです。……彼は学院にパンを卸しに来るなり、食堂に入り浸って、王族の侍女から門番に洗濯女まで、ありとあらゆる方と話に興じています」
私がヒューと最初に出会ったのは、酵母入りパンを作ることができないか模索している時だった。
ちょうどギルグッド家に出入りしていた業者の中にヒューがいたのだ。
ヒューは愛想がよく、特に女性と見るやいなや、話しかけずにはいられない性格だった。
このふざけた口調と屋敷の奥様にまで声をかけるせいで、軽薄だとヒューを毛嫌いする者もいるが、不思議と彼の周りには人だかりができていることが多い。
また庶民とは思えないほど頭の回転が速く、発想も柔軟だ。新種のパンが作りたいと私が言ったときに、業者の中で真っ先に話に乗ってくれたのがヒューなのである。
学院の台所を見に行った際にヒューがいたことには驚いたが、ヒューのパン屋は業界の中でも大手なので、学院に出入りしていても不思議ではない。
「ルシール嬢ちゃんには、散々儲けさせてもらってるからな。学院内のことなら、おじさんになんでも聞いてくれ。レイチェルお嬢さん。そして、ステラお嬢さん」
ウィンクしながら、ヒューが二人に微笑みかける。
まだ名乗ってもいないのに呼びかけられたレイチェルは、驚きの声を上げた。
「どうして、わたくしたちの名前を?」
「名前だけじゃない。お嬢さんのご両親の名前も、裁縫の腕が素晴らしいことも、いつも元気よく声をかけてくれるカイが気になっていることも、全部知っているさ」
「まあ!」
初対面の人間に自分の恋心まで知られていたことにレイチェルが驚き、嫌悪感をあらわにする。
「……ルシール様。わたくし、この方があまり好きではありませんわ」
「えーっと……レイチェルさん、気持ちはわかりますが落ち着いて。ヒューも、ふざけるのはほどほどにしてあげてください」
「こいつは失礼」
なんとなく、軽薄なヒューと生真面目なレイチェルは相性が悪いのではないかと予想していたが、残念ながらそれは当たってしまったようだ。
けれど、今は時間がない。カイのためにも、ヒューの協力は必須だ。
「余裕があれば、ステラさんとレイチェルさんの二人にお任せしているのですが……今回は時間もありませんし、女性だけでは調べにくいこともあるかと思います。ヒューに協力するよう言ってありますので、うまく使ってあげてください」
「はい」
「……わかりました」
ステラは素直にうなずき、レイチェルは不服ながらもうなずいてくれている。
ひとまず理解はしてくれたようだ。……納得はしていないかもしれないが。
「ま、おじさんに任せときな。王子様の女の趣味から、野良猫が遊びに来る時間まで、なんでも調べてやるよ」
妙に自信満々なヒューの言葉に、私は「これだからヒューには頼みたくなかったのに」とつぶやいて、深くため息をつく。
「ともかく……今はカイの事情を探るのが最優先です。みんなで手分けして調べましょう」
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