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第二章 カイ攻略

悪役にも人権はある

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「それは……どういうことだ」

 目を見開いたまま、アレクシスが呆然としてつぶやく。
 それは問いかけというよりは、言われた言葉の意味を理解できずに、心の声がそのまま出てしまったように思えた。

 衝撃からまだ脱し切れていないアレクシスの代わりに、表情を険しくしたヴィンセントが、カイにきつく問う。

「自分がなにを言っているか、わかっているのですか、カイ」
「ああ、わかってるよ。ヴィンス」

 カイは会話を打ち切るように、そう答えた。
 ヴィンセントの表情が一層険しくなる。ヴィンセントはなおも引き留めたかったようが、かける声が見つからなかったのか、結局次の言葉はなかった。

 しばらく沈黙が続く。
 おもむろに口を開いたのはアレクシスだった。

「なぜいきなり辞めるなど……。理由は聞かせてもらえるんだろうな」
「……言えない、です」
「なに?」

 アレクシスが露骨に眉をひそめる。

「わかっているのか、カイ。辞任にしろ、解雇にしろ、こんな短期間で側近を離れるということは、大きな過ちがあったと思われる。お前の男爵家の家名に傷が付くし、推薦してくれたヴィンセントにも泥を塗る行為だぞ」

 男爵家とヴィンセントの名が出た瞬間、カイの肩がビクッと震える。
 カイは青筋が浮かび上がるほどきつく拳を握りしめながら、かすれた声で訴えた。

「……っ、それでも……」

 カイは、まっすぐアレクシスを見た。

「罰は、受ける。責任はすべて、おれにあります。だから……なにも聞かずにおれをクビにしてください」
「……どうしても言う気はないのだな」

 アレクシスの言葉に、カイはうなずく。
 視界の端で、覚悟を決めたようにアレクシスの拳がきつく握られたのが見えた。

 まずい。このままでは、カイが本当にクビにされてしまう。
 カイの事情はさっぱりわからない。それでも、今カイを放り出すことが事態の改善に役立つとは到底思えなかった。

「アレクシス王子……!」

 私は咄嗟に、アレクシスの名を呼んだ。
 アレクシスがこちらを振り返る。

 私は首を何度も横に振った。
 本来アレクシスと側近の問題に、門外漢である私が差し出口をはさむことは許されない。けれど今、無礼を承知で止めなければ、絶対に後悔するという確信があった。

「ルシール……」

 アレクシスは明確に私の意図を理解してくれたようだ。
 大きく眉をひそめると、しばらく思案するように瞳を閉じる。

 やがてアレクシスは再びカイに向き直って、こう言った。

「時間が欲しい。少し考えさせてくれ」
「……わかりました」

 アレクシスはカイに猶予を与えた。
 どうやら首の皮一枚繋がったようだ。私はホッとして、大きく胸をなで下ろした。

「失礼、します」

 心ここにあらずと言った様子で、カイが一度だけ頭を下げると、静かに退出していった。

 閉じられた扉をじっと見つめていたアレクシスは、一度深く息を吐いてから、私をにらむ。

「なぜ止めた、ルシール」

 眼光の鋭さに、私は一瞬ひるむ。
 けれどアレクシスの人事に口出しした責任は、しっかり取らねばならない。

 私は正面から、アレクシスに対峙する。

「カイが望んでいるんだ。理由を言わない以上、俺にできるのはアイツの望みを叶えてやることぐらいだろう」
「違います。今、カイを一人にするのは、見捨てるのと同じです」
「そうか。だが、たとえ見捨てるのだとしても……なぜそれがいけない? 俺は王族で、カイは部下だ。王族に貢献しない部下は必要ない」

 アレクシスは強い口調で言い放つ。
 私は、ハッとした。まさかアレクシスがそこまで冷徹な判断ができるようになっているとは思わなかったのだ。

 私はしばらくこの世界で貴族として生きてきて、身分差があることに多少は慣れていたつもりだった。
 それでも、人類皆平等の教えを受けた身として、どうしても他者を切り捨てることに抵抗は生まれてしまう。

 アレクシスの考えは、王族として適切なものだ。上に立つ者として、選別し切り捨てるという行為は、自分の手の内にあるものを守るという意味でもある。

 私も間違っていない。アレクシスも間違っていない。
 この場合、どう説得すべきだろうか。私は悩んだ。

 だがその思案する姿が、なぜかアレクシスに余計な誤解を生んだようだ。

「なぜそこまでカイを庇う? アンタ、まさか……カイが好きなのか?」
「は?」

 思わず、私は気の抜けた声を出してしまった。
 あまりにも予想外の言葉だった。

「アンタは、カイが苦手だと言っていたから、違うと思っていた。だが、そこまでカイを庇うのなら……」
「ち、違います違います!」

 私は両手を振りながら、アレクシスの誤解を解こうとする。

「私はカイにチャンスを与えたいだけなんです。どんな悪役にも人権はあります!」
「悪役? 人権?」

 アレクシスの切り返しで、自分が余計なことを言ってしまったことに気がついたが、今はそこを詮索されている場合ではない。

 私は懸命に説明する。

「アレクシス王子、私と初めて会ったときのことを覚えていますか」
「……ああ」
「あの頃のアレクシス王子は、必要以上にクリスティアン王子を気にされて、心が不安定になっていました。今のカイは……あのときのアレクシス王子によく似ているんです」
「俺と?」

 私はうなずいた。

「今回の件が、本当にカイ自身が心底考え抜いて導き出されたものなら、私だって引き留めません。でもカイは明らかに憔悴して、正常な判断ができていないように見えました。――本当につらいとき、本当に苦しいとき、誰の助けもなければ人の心は闇に飲まれてしまいます」

 悪役推しとして、私には一つの矜持がある。
 それは、悪役が心から望んで選んだ道を否定しないというものだ。

 悪役とは、悪いことをする者のことではない。
 主人公と敵対する者を、そう呼ぶのだ。

 時に笑われ、時に嘆かれ、時に憎まれ……それでも自分の道を貫くのは、そう簡単なことではない。だからこそ、その苦難の道を選んだ悪役を、私は尊敬する。だから推す。

 けれど、それが悪役本人の選んだ道ではなく、仕方なく落とされた道ならば……。

「私はカイを救いたいんじゃない。カイに見せたいんです。誰かの助けがあれば、別の道があるということを。――あのときのアレクシス王子と同じように」
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