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第二章 カイ攻略
聖女ステラ
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私が扉に視線を向けると、係に案内されて、ステラが室内に入ってきた。
彼女の姿を見て、私は先ほどの歓声の理由に気付く。
ステラは聖女だ。きっとステラが聖杯に触れたことで、なにかしらのアクションがあったのだろう。
私はそう納得したけれど、王子たちには状況がわからないままだ。
アレクシスとクリスティアンの視線は、探るようにステラを捕らえて放さない。
「えっと……」
ステラはたじろいで、その場に立ち尽くしていた。急に王子たちに見つめられ、どうしていいのかわからないのだろう。
私はステラに空いている席に着くよう勧める。
「ステラさん、そこに座ると良いですよ」
「あ。あなたはさっきの……」
ステラの顔がこちらを向く。知った顔だったからか、少し安心できたようだ。
私は、ステラが隣に座るのを確認してから、できるだけ穏やかに微笑みかける。
「ルシールです。ところで、向こうで声がしたようだけれど、なにかあったんですか?」
おそらく聖女関連だろうと思いつつも、私はステラに尋ねた。
隣で聞き耳を立てているアレクシスとクリスティアンへ説明してもらうためだ。
ステラはうなずくと、先ほどあった出来事を話し出す。
「はい。わたしが聖杯に触ったら、白く光る水が聖杯からあふれ出してしまって……それでみなさん驚かれたみたいです」
「……ほう、すごいな。聖杯からあふれるほどの魔力か」
感嘆の声を上げて、ステラとは逆隣に座っていたアレクシスが会話に入ってきた。
アレクシスは興味深そうにステラをのぞき込みながら、矢継ぎ早に質問する。
「白く光ったということは光属性か? アンタは平民だったな。親のどちらかが、貴族の血を継いでいる可能性はないのか?」
「え、えっと……」
アレクシスの勢いに押され、ステラがしどろもどろになる。
アレクシスに悪気がないのは知っているが、平民がいきなり王子に話しかけられたら、慌ててしまうのも無理はない。
「アレクシス王子。そんなに一気に質問したら、ステラさんが驚いてしまいますよ。それに他人の属性を尋ねるのはマナー違反じゃないんですか?」
「む。たしかにそうだな」
アレクシスは、素直にうなずく。
次いでステラの方を向くと、小さく頭を下げた。
「悪かった。つい気が急いた」
「い、いえ。大丈夫です……!」
王子に謝られ、慌ててステラは大きく首を横に振る。
「講堂にいたみなさんは、わたしの魔力が白く光るところを見ていますし、特に隠すようなことでもないですから。気にしないでください」
「そうか」
「ただ、わたしの親はどちらも平民ですし……。そもそも自分にあんなに魔力があるなんて、思いもしませんでした。魔法学院から入学届が来たときも、なにかの間違いじゃないかと思っていたくらいで」
「ふむ……」
アレクシスが腕を組み、考え込む。
「だが実際、魔力があふれたのも、光属性なのも間違いはないのだろう? ルシールのようにある程度高位の貴族であれば、多少は王族の血が入っている可能性もあるのでわからなくはないが……。そうでなければ、あとは伝説の聖女ぐらいしか考えられないぞ」
「せ、聖女? わたしがですか?」
アレクシスがうなずく。
だがステラはとんでもないと言わんばかりに、首を横に振った。
「まさか……。とても考えられないです」
「む。だが、他に可能性はないしな……」
ステラは恐縮して否定するが、アレクシスが引く様子はない。
会話を止めるべきか、進めるべきか、私は迷った。
アレクシスが聖女に固執する理由が、なんとなくわかったからだ。
この国には聖女に関する伝説がある。
それは大まかにいえば『国荒れるとき、聖女は現れ、正しき王を導かん』といった内容だ。
つまり逆をいえば、聖女に選ばれた王は、真の王と認められるという意味になる。
きっとアレクシスは、王になりたいのだろう。
だから聖女に固執するのだ。
アレクシスの望みを叶えるなら、聖女であるステラと親密になるに超したことはない。
けれど王位第一継承者には今、クリスティアンという存在がいる。
マンガでは、アレクシスはクーデターを起こし、国は荒れた。そしてステラに選ばれたクリスティアンは、その後王として民衆に愛されるようになった。
今はアレクシスとクリスティアンの仲が良いし、クーデターの可能性はだいぶ減っているとは思っている。
けれどステラの存在が、二人の間に亀裂を入れてしまう可能性は否定できない。
私はどうするべきなのだろうか。
悩みに悩んで、私はおもむろに口を開いた。
「……まあ、急いで結論を出す必要はないのではないですか? 学園生活はあと三年もありますし、その内詳しいことがわかるかもしれませんよ」
「ふむ……」
「それでもアレクシス王子が気になるなら、私がステラさんの様子を確認するのはどうでしょう? 神属性で女性同士ですし、もしステラさんがお友達になってくれるなら、なにかあったときにすぐに対応できると思うんです」
「そうだな……。アンタが確認してくれるなら、問題ないだろう」
互いに落とし所を見つけて、アレクシスとステラが安堵の息を吐く。
私はステラに勝手に友達申請したことを詫びた。
「ごめんなさい、ステラさん。勝手に決めてしまって。後出しになってしまいましたけど……お友達になってもらってもいいですか?」
「はい、わたしでよければ仲良くしてもらえると嬉しいです……! 助かりました、ルシール様」
あからさまに喜ぶステラの様子がおかしくて、私はつい笑ってしまった。
「王子相手に話すのは緊張しますからね。ステラさんの気持ちはよくわかります」
「なに? ルシールがオレに緊張しているところなど、見たことがないぞ」
敬意が足りないとでも言いたそうなアレクシスに、私は苦笑する。
「これでも少しは緊張しているんですよ。ただ実際に緊張するのと、相手に緊張しているよう見せることは、まったく別ですから」
「むう、本当か?」
笑う私に、アレクシスがむくれてみせる。
その様子がおかしかったのか、ステラが小さく吹き出した。
「ふふっ、お二人は仲がいいんですね」
「まあ……一応婚約者だしな」
「そうですね。まあ、それなりに」
ラブラブとは言わないが、アレクシスとは比較的友好な関係を築けていると思う。
今はまだ互いに幼いので、結婚するということにあまり実感はわかないが、いずれは考えなければならないのだろう。
推しと結婚なんて前世ではとても考えられないことだったので、正直どう感情を持っていけばいいか、戸惑っている部分はある。
けれど、悪役が……アレクシスが幸せになれるといい。
そう思っていることだけは間違いない。
「…………」
小さく私が微笑んでいると、ふと誰かの視線が突き刺さったような気がした。
咄嗟に顔を上げたが、誰とも目線は合わない。気のせいだったのだろうか。
ただ自信はないが……それは、奥でずっと黙っていたクリスティアンの視線だったように思えた。
彼女の姿を見て、私は先ほどの歓声の理由に気付く。
ステラは聖女だ。きっとステラが聖杯に触れたことで、なにかしらのアクションがあったのだろう。
私はそう納得したけれど、王子たちには状況がわからないままだ。
アレクシスとクリスティアンの視線は、探るようにステラを捕らえて放さない。
「えっと……」
ステラはたじろいで、その場に立ち尽くしていた。急に王子たちに見つめられ、どうしていいのかわからないのだろう。
私はステラに空いている席に着くよう勧める。
「ステラさん、そこに座ると良いですよ」
「あ。あなたはさっきの……」
ステラの顔がこちらを向く。知った顔だったからか、少し安心できたようだ。
私は、ステラが隣に座るのを確認してから、できるだけ穏やかに微笑みかける。
「ルシールです。ところで、向こうで声がしたようだけれど、なにかあったんですか?」
おそらく聖女関連だろうと思いつつも、私はステラに尋ねた。
隣で聞き耳を立てているアレクシスとクリスティアンへ説明してもらうためだ。
ステラはうなずくと、先ほどあった出来事を話し出す。
「はい。わたしが聖杯に触ったら、白く光る水が聖杯からあふれ出してしまって……それでみなさん驚かれたみたいです」
「……ほう、すごいな。聖杯からあふれるほどの魔力か」
感嘆の声を上げて、ステラとは逆隣に座っていたアレクシスが会話に入ってきた。
アレクシスは興味深そうにステラをのぞき込みながら、矢継ぎ早に質問する。
「白く光ったということは光属性か? アンタは平民だったな。親のどちらかが、貴族の血を継いでいる可能性はないのか?」
「え、えっと……」
アレクシスの勢いに押され、ステラがしどろもどろになる。
アレクシスに悪気がないのは知っているが、平民がいきなり王子に話しかけられたら、慌ててしまうのも無理はない。
「アレクシス王子。そんなに一気に質問したら、ステラさんが驚いてしまいますよ。それに他人の属性を尋ねるのはマナー違反じゃないんですか?」
「む。たしかにそうだな」
アレクシスは、素直にうなずく。
次いでステラの方を向くと、小さく頭を下げた。
「悪かった。つい気が急いた」
「い、いえ。大丈夫です……!」
王子に謝られ、慌ててステラは大きく首を横に振る。
「講堂にいたみなさんは、わたしの魔力が白く光るところを見ていますし、特に隠すようなことでもないですから。気にしないでください」
「そうか」
「ただ、わたしの親はどちらも平民ですし……。そもそも自分にあんなに魔力があるなんて、思いもしませんでした。魔法学院から入学届が来たときも、なにかの間違いじゃないかと思っていたくらいで」
「ふむ……」
アレクシスが腕を組み、考え込む。
「だが実際、魔力があふれたのも、光属性なのも間違いはないのだろう? ルシールのようにある程度高位の貴族であれば、多少は王族の血が入っている可能性もあるのでわからなくはないが……。そうでなければ、あとは伝説の聖女ぐらいしか考えられないぞ」
「せ、聖女? わたしがですか?」
アレクシスがうなずく。
だがステラはとんでもないと言わんばかりに、首を横に振った。
「まさか……。とても考えられないです」
「む。だが、他に可能性はないしな……」
ステラは恐縮して否定するが、アレクシスが引く様子はない。
会話を止めるべきか、進めるべきか、私は迷った。
アレクシスが聖女に固執する理由が、なんとなくわかったからだ。
この国には聖女に関する伝説がある。
それは大まかにいえば『国荒れるとき、聖女は現れ、正しき王を導かん』といった内容だ。
つまり逆をいえば、聖女に選ばれた王は、真の王と認められるという意味になる。
きっとアレクシスは、王になりたいのだろう。
だから聖女に固執するのだ。
アレクシスの望みを叶えるなら、聖女であるステラと親密になるに超したことはない。
けれど王位第一継承者には今、クリスティアンという存在がいる。
マンガでは、アレクシスはクーデターを起こし、国は荒れた。そしてステラに選ばれたクリスティアンは、その後王として民衆に愛されるようになった。
今はアレクシスとクリスティアンの仲が良いし、クーデターの可能性はだいぶ減っているとは思っている。
けれどステラの存在が、二人の間に亀裂を入れてしまう可能性は否定できない。
私はどうするべきなのだろうか。
悩みに悩んで、私はおもむろに口を開いた。
「……まあ、急いで結論を出す必要はないのではないですか? 学園生活はあと三年もありますし、その内詳しいことがわかるかもしれませんよ」
「ふむ……」
「それでもアレクシス王子が気になるなら、私がステラさんの様子を確認するのはどうでしょう? 神属性で女性同士ですし、もしステラさんがお友達になってくれるなら、なにかあったときにすぐに対応できると思うんです」
「そうだな……。アンタが確認してくれるなら、問題ないだろう」
互いに落とし所を見つけて、アレクシスとステラが安堵の息を吐く。
私はステラに勝手に友達申請したことを詫びた。
「ごめんなさい、ステラさん。勝手に決めてしまって。後出しになってしまいましたけど……お友達になってもらってもいいですか?」
「はい、わたしでよければ仲良くしてもらえると嬉しいです……! 助かりました、ルシール様」
あからさまに喜ぶステラの様子がおかしくて、私はつい笑ってしまった。
「王子相手に話すのは緊張しますからね。ステラさんの気持ちはよくわかります」
「なに? ルシールがオレに緊張しているところなど、見たことがないぞ」
敬意が足りないとでも言いたそうなアレクシスに、私は苦笑する。
「これでも少しは緊張しているんですよ。ただ実際に緊張するのと、相手に緊張しているよう見せることは、まったく別ですから」
「むう、本当か?」
笑う私に、アレクシスがむくれてみせる。
その様子がおかしかったのか、ステラが小さく吹き出した。
「ふふっ、お二人は仲がいいんですね」
「まあ……一応婚約者だしな」
「そうですね。まあ、それなりに」
ラブラブとは言わないが、アレクシスとは比較的友好な関係を築けていると思う。
今はまだ互いに幼いので、結婚するということにあまり実感はわかないが、いずれは考えなければならないのだろう。
推しと結婚なんて前世ではとても考えられないことだったので、正直どう感情を持っていけばいいか、戸惑っている部分はある。
けれど、悪役が……アレクシスが幸せになれるといい。
そう思っていることだけは間違いない。
「…………」
小さく私が微笑んでいると、ふと誰かの視線が突き刺さったような気がした。
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