上 下
19 / 63
第一章 アレクシス攻略

閑話 暗躍者たち(エルドレッド王視点)

しおりを挟む
 夜空に二つ目の月が登り、人々が寝静まる頃、執務室の扉を叩く者がいた。
 エルドレッドが入室許可を出すと、息子クリスティアンが慣れた様子で入ってくる。

「こんな時間に呼び出してすまないな、クリスティアン」
「いえ。国王陛下のためでしたら、喜んでいつでも馳せ参じますよ」

 クリスティアンが笑顔で、嫌味なのか冗談なのかわからない返しをする。
 他人の言葉の裏を読み合うのは貴族の常だが、実の親子同士で化かし合うのは勘弁してもらいたい。

 エルドレッドの周囲に護衛すらいないことで、クリスティアンは愛想抜きで話す場だと気付いたようだ。
 早々に張り付いた笑顔を捨てて、少し疲れた表情で長椅子に座りこむ。

「それで今日はなんです、父上? 側近も廃して、こんな夜中に呼び出したのです。なにか重要なお話があるのでしょう?」

 クリスティアンに促され、エルドレッドは本題に入る。

「……アレクシスの王位継承について、其方はどう思う」
「以前と同じですよ。アレクが望むのであれば、玉座などいくらでも譲ります。僕は王位などに興味はありません」

 あっけらかんと言い放たれ、エルドレッドは肩を落とした。

「……やはり気持ちは変わらぬか」

 結果は予想していたが、クリスティアンは本気でアレクシスが王位に就けばいいと思っているようだ。

 だが、アレクシスは王にするには純粋すぎる。
 親の欲目を抜きにしても優秀な子だと思っているが、あまりに簡単に他者の意見を受け入れてしまうのだ。
 優秀な者が下に付いている間はうまく行くかもしれないが、ひとたび悪心を持って近づく者がいれば、あっという間に国を傾けてしまうだろう。

 その点クリスティアンは、他人の本質を見抜く力に長けている。悪く言えば、他人を信用しないという欠点にも繋がるが、為政者として厳しい判断をくだすことができるのは、素質の一つだと考えている。

「余は、其方の方が王に向いていると思うのだが……」
「父上こそ、アレクを王位継承させたくないのなら、公衆の面前で褒めたのは悪手でしたね。アレクを権力闘争に巻き込まないために、わざと遠ざけていたのに……。あの行動ですべてが無駄になりましたよ」

 痛いところを突かれて、エルドレッドは口をすぼめる。
 子供じみた真似だという自覚はあるが、公の顔が多い身で、自分の素直な感情を表せる数少ない機会を逃したくない。

「アレクシスが、あれだけの功績を残してみせたのだ。褒めないわけにはいかぬ」
「おや、まるでアレクを褒めたくないような言い方ですね」
「……そう嫌味を言うな。其方が余のやり方に納得していなかったのは知っている」

 クリスティアンの言葉が、とげのように突き刺さる。

 エルドレッドとて、人の親だ。我が子を無条件で愛せるのなら、いくらでも愛情を注ぎたかった。
 けれど、アレクシスが王に向いていない性格をしていること、そしてアレクシスの母親が魔族の血を色濃く残す隣国の姫であったことから、アレクシスを重用することで不要な権力闘争を生む可能性が高かった。

 それにクリスティアンの母である第一夫人は、アレクシスとその母を目の敵にしている。
 次の王位が自分の子クリスティアンではなく、アレクシスになるかもしれないと知ったとき、彼女がどんな暴挙に出るか予想がつかない。

「あるいは其方の母が、もう少し大人しくしてくれていればな」
「……あの人が、またなにか?」

 クリスティアンの瞳が、冷たく細められた。
 クリスティアンは実母のことを、常に『あの人』と呼ぶ。

「……いや、いつもの愚痴だ。たいしたことではない」
「そうですか」

 クリスティアンの態度から、未だに母子関係が芳しくないことは察せられた。不用意な言葉で、親子の間に入ったヒビを無理矢理広げる必要はない。

 エルドレッドは話題を切り替える。

「そういえば、オルムステッド公爵の推薦した者を、取り巻きから外したらしいな。公爵から苦情が来たぞ」

 オルムステッド侯爵は、クリスティアンの婚約者の父親だ。
 興味のある話題かと思ったが、クリスティアンは「ああ、あの者ですか」と忘れていたかのようにつぶやく。

「彼は以前から、アレクに余計なことを吹き込んでいたようでしたからね……。いつ首を飛ばしてやろうかと思っていたところへ、陛下の御前で王族を侮辱するような発言をしたので、解雇いたしました。陛下もご覧だったでしょう?」

 ずいぶんと過激な言い回しだ。
 どうやらクリスティアンは、よほどその取り巻きを排除したかったらしい。

「……まあ、正式な理由があるのなら、解雇は構わない。ただ、ルシール嬢も其方に暴言を吐いていたようだが、彼女は良いのか? 公平性に欠けるぞ」
「ルシール? 彼女がなんの罪を犯したと言うのです?」

 きょとんと、クリスティアンが首を傾げてみせる。

「彼女はなに一つ間違ったことは言っていませんよ。アレクに暗算ができて、僕にはできなかった。それだけです。むしろ、アレクの計算能力をあそこまで高めた彼女を賞賛すべきではないですか? 僕だったら、彼女に報償の一つは与えていますよ」

 クリスティアンの言葉に間違いはないが、クリスティアンは他者への判断を、自分の好悪で決めがちだ。
 クリスティアンもアレクシスもまだ子どもなのだから、と自分に言い聞かせつつも、彼らが成人したとき、果たして同じ過ちを犯さないか、断言はできない。

 クリスティアンがルシールにどのような感情を抱いているか気になり、エルドレッドはもう少し深く尋ねることにした。

「……其方、よほどルシール嬢を気に入ったのだな。珍しいこともあるものだ」
「ルシールは、とても面白いですから」
「面白い? 優秀だとは聞いているが……」

 ギルグット侯爵の娘が秀でているとは聞いていた。
 ルシールをアレクシスの婚約者に置いたのも、権力闘争から離れた場で、アレクシスを補佐できる優秀な女性が欲しいと望んだからだ。

 だが面白いとはどういう意味だろう。
 続きを聞きたいとエルドレッドは思ったが、クリスティアンはもう語る気がないらしい。

 クリスティアンの様子が、大事なものを見つからないように隠す子どものように思えて、エルドレッドはそれ以上の追求を避けた。

「……わかった。王位継承に関しては、もうしばらく様子を見よう。オルムステッド公爵には、余からうまく言っておく」
「助かります、父上」

 話は終わったとばかりにクリスティアンは立ち上がる。
 その背中に、エルドレッドはどことなく声をかけなければならない焦燥に駆られて、思わず引き留めた。

「あまり無理はするな、クリスティアン。余はアレクシスだけではなく、其方のことも心配しているのだ」
「それは身に余る光栄です、陛下」

 エルドレッドの言葉に、クリスティアンがわざと大仰に礼をすると、執務室を退出する。
 年頃の男子は、親の言うことを聞かなくなる期間があるというが、クリスティアンもその時期に入ってしまったのだろうか。

 エルドレッドは扉の向こうにいる護衛に気付かれないように、そっとため息をついた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

悪役令嬢に転生したので、剣を執って戦い抜く

秋鷺 照
ファンタジー
 断罪イベント(?)のあった夜、シャルロッテは前世の記憶を取り戻し、自分が乙女ゲームの悪役令嬢だと知った。  ゲームシナリオは絶賛進行中。自分の死まで残り約1か月。  シャルロッテは1つの結論を出す。それすなわち、「私が強くなれば良い」。  目指すのは、誰も死なないハッピーエンド。そのために、剣を執って戦い抜く。 ※なろうにも投稿しています

原産地が同じでも結果が違ったお話

よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。 視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。

処理中です...