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第一章 アレクシス攻略
国王の見学
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「父上!?」
この部屋にいる誰もが知らされていなかったのだろう。国王の突然の訪問に、皆が目を白黒させている。
クリスティアンも驚いているようだから、アレクシスを動揺させるための策略というわけでもなさそうだ。
慌てて年嵩の侍従のひとりが国王に椅子を持っていく。
国王は「執務の合間に寄っただけだ。こちらのことは気にしなくていい」と言うと、その椅子に腰掛けた。
私は国王を観察する。三十半ばほどの、金髪に紅の瞳を持つ美丈夫だ。髪色のせいもあるだろうが、顔立ちは驚くほどクリスティアンによく似ている。どことなく腹黒そうに見えるのは、私の偏見だろうか。
名前はたしかエルドレッドだったはずだ。
マンガでは、エルドレッド王の登場シーンはほぼない。ステラが入学する魔法学院には出てこないし、ヒーローであるクリスティアンともことさら仲がよい描写はなかった。
ハッキリ言えばモブなので、性格もわからない。
ただ、アレクシスの婚約挨拶の場に現れなかったことから考えると、あまり息子たちを溺愛するタイプの王ではない気がする。
それに息子たちの様子を見に来たのだろうが、なにもこんな直前ではなくてもいいだろう。
せめて事前に知らせてくれれば、心を落ち着かせる時間くらい用意ができたのに。
私が心の中でそう毒づいていると、隣でアレクシスのつぶやきが聞こえた。
「どうして父上が……?」
アレクシスの視線は、国王に釘付けになっていた。
その瞳には、困惑と恐怖の色が浮かんでいる。手足は震え、呼吸がひどく乱れている。
……まずい。国王もアレクシスのコンプレックス対象だったか!
私は咄嗟にアレクシスの手を掴むと、力強く握りしめた。
「アレクシス王子!」
「……ルシール?」
国王を凝視していたアレクシスがこちらを向く。
アレクシスの指先は、一瞬で冷え切っていた。温めるように両手で覆うと、私はアレクシスに声をかける。
「落ち着いてください。国王陛下は見学にいらしただけですよ」
「それはわかっているが……」
「今は勝負に集中して下さい。大丈夫です、アレクシス王子は絶対に勝てます。自分を信じてください」
「だがオレは……兄上に勝てたことは一度も……」
アレクシスの口から、自分を否定する言葉が続く。
私は首を横に振った。
「過去は過去。今は今。もう昔のアレクシス王子とは違うのです。合宿の日々を思い出してください」
外で遊ぶのが好きな十歳の子どもが、大人でも逃げ出したくなるような勉強ずくめの日々に耐えたのだ。
それは誇るべき、アレクシスの成果である。
「あんなに一生懸命、努力されたではないですか。九九だって、周りが気にならないほど覚えたのでしょう。それとも、もう忘れてしまわれたのですか?」
「……いや」
呆然としたようにつぶやくと、アレクシスは目をまたたかせた。
その瞳には先ほどまでの恐怖はない。
「忘れていない。ちゃんと覚えている」
どうやら、ある程度平静を取り戻してくれたようだ。
私はホッと息を吐いた。
「でしたら大丈夫ですよ」
私が深呼吸をうながすと、アレクシスは三度、大きく胸を動かす。
すると少しは落ち着いたのか、アレクシスは片眉を上げながら苦笑を浮かべた。
「そうだな。悪夢を見るほど勉強したのだ。始まる前からつまずいてなどいられないな」
「ええ。その通りです」
私がうなずくと、ちょうど三の鐘が鳴った。
勝負の時間だ。
「では行ってくる」
「はい、勝ってきてくださいね」
私の声援にアレクシスは苦笑すると、右手を軽く上げて応えた。
この部屋にいる誰もが知らされていなかったのだろう。国王の突然の訪問に、皆が目を白黒させている。
クリスティアンも驚いているようだから、アレクシスを動揺させるための策略というわけでもなさそうだ。
慌てて年嵩の侍従のひとりが国王に椅子を持っていく。
国王は「執務の合間に寄っただけだ。こちらのことは気にしなくていい」と言うと、その椅子に腰掛けた。
私は国王を観察する。三十半ばほどの、金髪に紅の瞳を持つ美丈夫だ。髪色のせいもあるだろうが、顔立ちは驚くほどクリスティアンによく似ている。どことなく腹黒そうに見えるのは、私の偏見だろうか。
名前はたしかエルドレッドだったはずだ。
マンガでは、エルドレッド王の登場シーンはほぼない。ステラが入学する魔法学院には出てこないし、ヒーローであるクリスティアンともことさら仲がよい描写はなかった。
ハッキリ言えばモブなので、性格もわからない。
ただ、アレクシスの婚約挨拶の場に現れなかったことから考えると、あまり息子たちを溺愛するタイプの王ではない気がする。
それに息子たちの様子を見に来たのだろうが、なにもこんな直前ではなくてもいいだろう。
せめて事前に知らせてくれれば、心を落ち着かせる時間くらい用意ができたのに。
私が心の中でそう毒づいていると、隣でアレクシスのつぶやきが聞こえた。
「どうして父上が……?」
アレクシスの視線は、国王に釘付けになっていた。
その瞳には、困惑と恐怖の色が浮かんでいる。手足は震え、呼吸がひどく乱れている。
……まずい。国王もアレクシスのコンプレックス対象だったか!
私は咄嗟にアレクシスの手を掴むと、力強く握りしめた。
「アレクシス王子!」
「……ルシール?」
国王を凝視していたアレクシスがこちらを向く。
アレクシスの指先は、一瞬で冷え切っていた。温めるように両手で覆うと、私はアレクシスに声をかける。
「落ち着いてください。国王陛下は見学にいらしただけですよ」
「それはわかっているが……」
「今は勝負に集中して下さい。大丈夫です、アレクシス王子は絶対に勝てます。自分を信じてください」
「だがオレは……兄上に勝てたことは一度も……」
アレクシスの口から、自分を否定する言葉が続く。
私は首を横に振った。
「過去は過去。今は今。もう昔のアレクシス王子とは違うのです。合宿の日々を思い出してください」
外で遊ぶのが好きな十歳の子どもが、大人でも逃げ出したくなるような勉強ずくめの日々に耐えたのだ。
それは誇るべき、アレクシスの成果である。
「あんなに一生懸命、努力されたではないですか。九九だって、周りが気にならないほど覚えたのでしょう。それとも、もう忘れてしまわれたのですか?」
「……いや」
呆然としたようにつぶやくと、アレクシスは目をまたたかせた。
その瞳には先ほどまでの恐怖はない。
「忘れていない。ちゃんと覚えている」
どうやら、ある程度平静を取り戻してくれたようだ。
私はホッと息を吐いた。
「でしたら大丈夫ですよ」
私が深呼吸をうながすと、アレクシスは三度、大きく胸を動かす。
すると少しは落ち着いたのか、アレクシスは片眉を上げながら苦笑を浮かべた。
「そうだな。悪夢を見るほど勉強したのだ。始まる前からつまずいてなどいられないな」
「ええ。その通りです」
私がうなずくと、ちょうど三の鐘が鳴った。
勝負の時間だ。
「では行ってくる」
「はい、勝ってきてくださいね」
私の声援にアレクシスは苦笑すると、右手を軽く上げて応えた。
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