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第一章 アレクシス攻略
愛すべき弟とその婚約者(クリスティアン視点)・1
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我が愛しの弟アレクシスから、勝負がしたいという奇妙な依頼が来たのは、五日ほど前のことだった。
アレクシスからなにかお願い事をされたのも初めてだし、そもそもなんの勝負なのかまるで説明がない。まったく意味がわからなかったけれど、僕は弟の願いを快諾した。
意味がわからないものほど、心躍ることはないからだ。
物心ついた頃から、僕にはわからないという経験をしたことがほとんどなかった。
勉強、政治、遊戯、心の機微……たとえ知らない事柄でも観察すれば大概の予想はつくし、少し調べれば全容がわかる。むしろ他人は、なぜいちいち説明しなければわからないのかと思っていたのだが、どうやら僕は人より頭の回転が速いらしい。
そのことに気付いてから、僕の人生は退屈との戦いになった。
退屈から逃れるため新しい知識を手に入れれば入れるほど、未知の事柄が減っていく。自分で自分の首を絞めていることに気付いてはいたが、退屈に心を殺されるよりはずっといい。
そんな僕の心を動かす数少ない人物の一人がアレクシスだった。
アレクシスは僕と真反対の子どもだった。驚くほどに素直なのだ。
幼い頃のアレクシスは、僕がなにかをすれば、すぐにそれを真似ようとしていた。そして自分が失敗すると、「兄上はすごい」「兄上にできないことなんてない」と、尊敬と賞賛のこもった瞳で僕を見つめてくるのだ。
それがうわべだけの世辞なら、僕もなんとも思わなかっただろう。けれど、アレクシスは本心からそう思っていた。自分にできないことを平然とやってのける兄が、特別で素晴らしい存在だと信じていたのだ。
どんな子どもにも自尊心はある。自分の無力を知りながら、自分より優秀な者を褒め称えるなど、誰にでもできることではない。
そうと気付いてから、僕はアレクシスにことさら構うようになった。
僕の教えたことを、アレクシスは乾いた海綿が水を吸うごとく、みるみる吸収していく。そのたびに成長し、変化していく弟の姿が楽しかった。
だが、至福の時はあっという間に終わりを告げる。
僕を崇拝する一部の者が、僕を次期王とするために、アレクシスに忌まわしい言葉を投げかけるようなったのだ。
次第にアレクシスは普通の子どものように、僕を恐れ、妬み、距離を置くようになっていった。アレクシスの素直さが、逆にあだとなってしまったのだ。
弟の心を取り返そうにも、一度根付いた僕への恐怖はそう簡単に消せるものではない。
再び、退屈な日々がやってきた。
優秀な第一王子と、それをひがむ第二王子。ありきたりでつまらない関係がこの先も続くのだと、心底うんざりしていた。
その矢先、この意味不明な勝負依頼が飛んできたのである。
新しくなにかが始まりそうな予感に、僕は胸の高鳴りを抑えきれなかった。
アレクシスからなにかお願い事をされたのも初めてだし、そもそもなんの勝負なのかまるで説明がない。まったく意味がわからなかったけれど、僕は弟の願いを快諾した。
意味がわからないものほど、心躍ることはないからだ。
物心ついた頃から、僕にはわからないという経験をしたことがほとんどなかった。
勉強、政治、遊戯、心の機微……たとえ知らない事柄でも観察すれば大概の予想はつくし、少し調べれば全容がわかる。むしろ他人は、なぜいちいち説明しなければわからないのかと思っていたのだが、どうやら僕は人より頭の回転が速いらしい。
そのことに気付いてから、僕の人生は退屈との戦いになった。
退屈から逃れるため新しい知識を手に入れれば入れるほど、未知の事柄が減っていく。自分で自分の首を絞めていることに気付いてはいたが、退屈に心を殺されるよりはずっといい。
そんな僕の心を動かす数少ない人物の一人がアレクシスだった。
アレクシスは僕と真反対の子どもだった。驚くほどに素直なのだ。
幼い頃のアレクシスは、僕がなにかをすれば、すぐにそれを真似ようとしていた。そして自分が失敗すると、「兄上はすごい」「兄上にできないことなんてない」と、尊敬と賞賛のこもった瞳で僕を見つめてくるのだ。
それがうわべだけの世辞なら、僕もなんとも思わなかっただろう。けれど、アレクシスは本心からそう思っていた。自分にできないことを平然とやってのける兄が、特別で素晴らしい存在だと信じていたのだ。
どんな子どもにも自尊心はある。自分の無力を知りながら、自分より優秀な者を褒め称えるなど、誰にでもできることではない。
そうと気付いてから、僕はアレクシスにことさら構うようになった。
僕の教えたことを、アレクシスは乾いた海綿が水を吸うごとく、みるみる吸収していく。そのたびに成長し、変化していく弟の姿が楽しかった。
だが、至福の時はあっという間に終わりを告げる。
僕を崇拝する一部の者が、僕を次期王とするために、アレクシスに忌まわしい言葉を投げかけるようなったのだ。
次第にアレクシスは普通の子どものように、僕を恐れ、妬み、距離を置くようになっていった。アレクシスの素直さが、逆にあだとなってしまったのだ。
弟の心を取り返そうにも、一度根付いた僕への恐怖はそう簡単に消せるものではない。
再び、退屈な日々がやってきた。
優秀な第一王子と、それをひがむ第二王子。ありきたりでつまらない関係がこの先も続くのだと、心底うんざりしていた。
その矢先、この意味不明な勝負依頼が飛んできたのである。
新しくなにかが始まりそうな予感に、僕は胸の高鳴りを抑えきれなかった。
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