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第一章 アレクシス攻略
悪役へ嫁ぎに行きます
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昔から、悪役キャラが好きだった。
道を踏み外した悪、カリスマ性のある悪、正義がいつしか暴走した悪。
悪役にもいろいろ種類はあるけれど、共通しているのは必ず主人公に倒されるということだ。
「あんたの推し、また死んだね」
二限の講義が終わるなり、隣席の女子が笑いながら話しかけてくる。彼女は、オタク仲間の沙々良だ。
からかう様子が見て取れて、私は狼のようにグルルとうなった。
「死んだって言わないで! アレクは天寿を全うしたの!」
「どこが天寿だよ。完全に処刑エンドじゃん」
「最後まで意思を貫いたのが天寿なの!」
はぁんと、わかったのかわかってないのか、沙々良は曖昧な返事をする。
アレクこと、アレクシスは『聖戦のステラ』に登場する悪役だ。
もちろん私の推しである。
『聖戦のステラ』は今、私たちの間で流行っている少女マンガだ。
ストーリーは王道ファンタジーで、平民出身のステラが魔法の才能に目覚めて、王子と恋仲になり、やがて世界を救う……のだろう。まだ完結してないから、わからないけど。
「アレクだって頑張ったんだよ。そりゃ、クーデター失敗して死んじゃったけど。でも逮捕される直前、愛のない結婚をしたルシールをかばって剣を受けるところとか、アレクなりの――」
「そのルシールも死んでますけど?」
「結果より過程を見て!」
悪役の命は短い。だからこそ悪役は輝くのだ。
限られた人生の中で、正義に抗い、屈辱に耐え、野心を燃やし、信念の名の下に破壊の限りを尽くす。そんな悪役がまぶしかった。
ただし、もちろんそれは二次元限定の話である。
現実にやれば犯罪だ。
***
「ルシール。聞いているのかい、ルシール」
自分の名前を呼ばれているのだと、私はようやく気付いた。
馬車の揺れでうとうとしていた私の意識が、現実に引き戻される。
声をかけてきた男の顔を見ると、目の下がくまだらけでひどく疲れているようだ。おかげでまだ四十前なのに、十歳は上に見える。
彼は、転生先の私の父親であるギルグッド侯爵だ。
転生――そう。私は転生したのだ。
アレクシスの妻であり、悪役令嬢であるルシール・ギルグッドとして。
「なんでしょう、お父様?」
少女特有のひばりのような高い声が、私の口から出る。
やや舌足らずなところも十歳の子どもらしくて、自分じゃなかったら可愛いと思っていたところだ。
「そろそろお城に着くよ。繰り返すようだけれど、くれぐれも粗相のないようにね。相手は王族なのだから」
「わかっています」
安心させようと私がうなずくと、ギルグッド侯爵はなぜか逆に心配した様子になる。
「それにしても、ルシールがアレクシス王子と婚約とは……。どうしてウチなんかにそんな縁談が来たんだか」
「でも、王族との婚約を破断するわけにはいかないのでしょう、お父様」
「お前は私より物わかりがいいね……。貴族としてはありがたいけれど、父としては複雑だよ」
そう言って、ギルグッド侯爵は小さくため息をつく。
けれど私は決して物わかりがいいわけじゃない。腹をくくっただけだ。
はじめは、推しとはいえ、死ぬのがわかっているアレクシス王子との婚約だなんて絶対にごめんだと思っていた。
けれど、侯爵家が何の理由もなしに王族の依頼を断ることはできない。家を捨てて逃げたとしても、十歳の子供が生きていけるわけがないし、侯爵家は罪に問われる。
大人になってからの婚約破棄も考えた。けれどクーデターが起きれば、首謀者の元婚約者だった私を信用してくれる相手はいないだろう。よくて追放、悪くて死罪だ。
だから私は発想を逆転した。
逃げるからいけないのだ。
アレクシスと婚約できるのなら、もっと近づいてクーデターを阻止できる立場になればいい。
何より、それで推しの命も救える。
「まかせてください。私、絶対にアレクシス王子と仲良くなってみせます」
道を踏み外した悪、カリスマ性のある悪、正義がいつしか暴走した悪。
悪役にもいろいろ種類はあるけれど、共通しているのは必ず主人公に倒されるということだ。
「あんたの推し、また死んだね」
二限の講義が終わるなり、隣席の女子が笑いながら話しかけてくる。彼女は、オタク仲間の沙々良だ。
からかう様子が見て取れて、私は狼のようにグルルとうなった。
「死んだって言わないで! アレクは天寿を全うしたの!」
「どこが天寿だよ。完全に処刑エンドじゃん」
「最後まで意思を貫いたのが天寿なの!」
はぁんと、わかったのかわかってないのか、沙々良は曖昧な返事をする。
アレクこと、アレクシスは『聖戦のステラ』に登場する悪役だ。
もちろん私の推しである。
『聖戦のステラ』は今、私たちの間で流行っている少女マンガだ。
ストーリーは王道ファンタジーで、平民出身のステラが魔法の才能に目覚めて、王子と恋仲になり、やがて世界を救う……のだろう。まだ完結してないから、わからないけど。
「アレクだって頑張ったんだよ。そりゃ、クーデター失敗して死んじゃったけど。でも逮捕される直前、愛のない結婚をしたルシールをかばって剣を受けるところとか、アレクなりの――」
「そのルシールも死んでますけど?」
「結果より過程を見て!」
悪役の命は短い。だからこそ悪役は輝くのだ。
限られた人生の中で、正義に抗い、屈辱に耐え、野心を燃やし、信念の名の下に破壊の限りを尽くす。そんな悪役がまぶしかった。
ただし、もちろんそれは二次元限定の話である。
現実にやれば犯罪だ。
***
「ルシール。聞いているのかい、ルシール」
自分の名前を呼ばれているのだと、私はようやく気付いた。
馬車の揺れでうとうとしていた私の意識が、現実に引き戻される。
声をかけてきた男の顔を見ると、目の下がくまだらけでひどく疲れているようだ。おかげでまだ四十前なのに、十歳は上に見える。
彼は、転生先の私の父親であるギルグッド侯爵だ。
転生――そう。私は転生したのだ。
アレクシスの妻であり、悪役令嬢であるルシール・ギルグッドとして。
「なんでしょう、お父様?」
少女特有のひばりのような高い声が、私の口から出る。
やや舌足らずなところも十歳の子どもらしくて、自分じゃなかったら可愛いと思っていたところだ。
「そろそろお城に着くよ。繰り返すようだけれど、くれぐれも粗相のないようにね。相手は王族なのだから」
「わかっています」
安心させようと私がうなずくと、ギルグッド侯爵はなぜか逆に心配した様子になる。
「それにしても、ルシールがアレクシス王子と婚約とは……。どうしてウチなんかにそんな縁談が来たんだか」
「でも、王族との婚約を破断するわけにはいかないのでしょう、お父様」
「お前は私より物わかりがいいね……。貴族としてはありがたいけれど、父としては複雑だよ」
そう言って、ギルグッド侯爵は小さくため息をつく。
けれど私は決して物わかりがいいわけじゃない。腹をくくっただけだ。
はじめは、推しとはいえ、死ぬのがわかっているアレクシス王子との婚約だなんて絶対にごめんだと思っていた。
けれど、侯爵家が何の理由もなしに王族の依頼を断ることはできない。家を捨てて逃げたとしても、十歳の子供が生きていけるわけがないし、侯爵家は罪に問われる。
大人になってからの婚約破棄も考えた。けれどクーデターが起きれば、首謀者の元婚約者だった私を信用してくれる相手はいないだろう。よくて追放、悪くて死罪だ。
だから私は発想を逆転した。
逃げるからいけないのだ。
アレクシスと婚約できるのなら、もっと近づいてクーデターを阻止できる立場になればいい。
何より、それで推しの命も救える。
「まかせてください。私、絶対にアレクシス王子と仲良くなってみせます」
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