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進撃の翡翠

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風斗さんから、セキレイさんと共にこの城を出て行ってもいいと言われ、チラッとでもセキレイさんとの未来を想像しなかったかと言うと、正直、自分が思い描いていたセキレイさんとの甘い生活を夢に見たりもした。
でもその反面、残された風斗さんの姿も頭に浮かんで離れなかった。
あの人には沢山の愛人やその候補達がいるのに、自分が彼のそばについていたいと思ったのだ。
今になって思い返すと、これもひとつの嫉妬なのだと理解した。
勿論、セキレイさんが好きな事は今も昔も変わらないけれど、彼の事は自分の中で伝説として心の奥底にしまい、その想いを大切に保管している。
だから、私の披露宴でセキレイさんと目が合った時も、セキレイさんとダリアの結婚式で目が合った時も、私は思いの外冷静でいられたと思う。
ただ、タキシードのセキレイさんと、純白のドレスを纏ったダリアが腕を組んで目の前を通った時や、誓いのキスをした時はさすがに見ているのが辛くて自分の靴のつま先ばかり刮目していた。
私もまだまだだ。

それからの私はと言うと、自ら風斗さんの右腕となり、雇用を生む新たな事業の立ち上げや、そこから得た収益金で孤児院を建てたり、恵まれない人々の支援金に当てたり、ボランティア活動をしている。今は、ユリ直伝の動物クッキーやらおっぱいのクッキー等のブランド化を図り、地域の発展に奔走している。それに対し、セキレイさん統治の南部国もメキメキ頭角を表し、経済的に豊かになってきていて、私はこれに負けまいとあれやこれやと忙しい日々を送っている。
後は、社交界で戦争終焉の働きかけを行ったり、風斗さんの制止も振り切り、率先して地雷撤去作業に加わった。
風斗さんには『どうしても地雷除去を止めないなら俺も参加する』と啖呵をきられたが、私は『国王が地雷除去作業をしてどうするんですか。王妃に替えはあっても、国王に替えはありません。私の事が心配なら、戦争を止めさせるしかありませんよ』と言った。すると風斗さんは全政府軍を敵に回し、後ろ盾もないまま捨て身で戦争反対運動をしている。
今日はその戦地の視察で風斗さんと一緒に戦場化した市街のホテルに泊まっている。
「まだ寝ないの?」
段ボールを机代わりにして書類に向かう私の肩に、後ろからカーディガンが掛けられる。
「風斗さん、すいません、先に寝てて下さい」
おまけに国王直々にココアまで淹れてもらった。
「翡翠と一緒に寝たいから、起きてる」
風斗さんは近くのベッドに横になり、涅槃像のスタイルで悠々とこちらを眺めている。
「プレッシャーですね」
「かけてるよ、確信犯だからね。だって翡翠は俺より働いているからね、心配なんだよ。無理しすぎじゃない?」
私は涅槃像からアホ毛を弄ばれながら湯気のあがったあっつあつのココアが入ったマグカップに口を付ける。
あっつ!!
熱すぎる。いくら風斗さんがボンボン育ちの世間知らずとはいえ、ホットチョコレート並にドロドロのココアをグツグツに熱したら舌を火傷するかもしれないと気付くだろうに。
ハッ⁉
わざと?
「風斗さん、ココアを淹れた経験は?」
「ないよ?」
彼の無垢な笑顔を見ると、疑ってしまった自分が卑しく感じる。
ごめんなさい、風斗さん。眠っていたドSの再来かと疑ってすみませんでした。
「愛情を込めたつもりだけど、マズかった?」
「愛憎ではなく?」
おかげで舌を火傷しました。
「ん?」
「いえ、濃厚でなんとも言えない感じがやみつきになります」
風斗さんの愛はドロドロしているらしい。
やに納得しました。
「じゃあ、次はホットチョコレートを作ってあげるよ」

風斗さん、これももはやホットチョコレートです。

なーんて、本人が嬉しそうにしていて可哀想なので言わない。
悪気がないのがまた、かわいいんだよね。
まったく、愛おしい人だ。

「…………」

それにしても、風斗さんのぬるい視線がやに気になる。
凄く気が散る。
「そんなに見ないで下さい。それでは終わるものも終わりませんて」
「見てない見てない」
ヘラヘラと風斗さんがこちらを見ながら笑った。
「ガン見じゃないですか」
「見てないよ、愛でてるんだよ」
 
( ゚∀゚)・∵. グハッ!!

この人は本当にセキレイさんと血が繋がっているのだろうか?
こんなにこっ恥ずかしい事をよくやすやすと言えるものだ。こういうタイプの人って、誰にでもこんな事を言うらしいけど、まさかよそでも言ってたりしないよね……
うーん、元が稀代のプレイボーイだし、凄く不安だ。
「何か手伝える事はない?」
「では先に休んでて下さい」
「分かったよ、もう妨害しないよ」
妨害しようとしてたのか。

風斗さんが、暫く大人しくしていたかと思ったら、私が書類とにらめっこしている端でテレビを見始めた。
私から注意がそれてくれて良かった。
私がサラサラと書類にペンを走らせていると、どこからか俄に『アンッ』とか『アァッ』とか女性が喘ぐ音声が流れ出す。
「風斗さん、何やってるんですかっ?」
私が声にドスを効かせて風斗さんの方を覗くと、あろうことか彼はベッドに寝転がりながら、リモコン片手にペイチャンネルを観ていた。
「新婚なのに奥さんが相手をしてくれないから、AV観てた」
なんて、風斗さんはサラリと言って私に嫌味をぶつけてきたが、観ている内容はサラリどころかかなりハードでえげつない。
あ、あの拷問器具、家にもあったな……
ゾッとする。
「……」
やっぱりこの人は、根本的な性癖は変わらないのかもしれない。
「こういうの、やっぱりまだ好きなんですか?」
「え?うーん、そうだね、嫌いじゃないよ」
あ、これ、凄い好きなやつだ。
「そうですか……」
私達は新婚だというのに、あれから一度も夜の営みをしていない。それは風斗さんが私に気を遣っているからだ。
やっぱり、我慢させてるよね。
「今でも、私の事を縛ったり、鞭打ちたくてウズウズする事があるんですか?禁断症状とか」
「それ聞く?」
あるんだな。
「ほら、あの娘が首につけてるやつ」
と言って風斗さんにテレビを指され、私が画面を確認すると、髪の色や瞳の色、背格好に至るまで私に似た女優が裸に赤い首輪というあられもない出で立ちで男優から鞭打たれていて、私は思わず目を覆いたくなった。
「何なんですか?」
ちょっと前の自分を見ているようでいたたまれない。
「ああいうのを見ると、翡翠の方が似合うのになって思ったりするんだよね」
「あぁ……」
未だ毒気は抜けきれていないようだ。
「お好きですね」
「それほどでもないさ」
謙遜すな。
「……ああいうの、したいならしてもいいんですよ?」
新婚なのに、ずっとレスのままじゃあ風斗さんが可哀想だ。
それに……欲求不満で他の女の元へ行かれるのは凄く嫌だ。一般家庭ならいざ知らず、王室では浮気や愛人を囲うなんてのは男の嗜みでもある。私には彼を止められないのだ。
「しないよ。正直、ああいうのが気にならない訳でもないけど、翡翠に酷い事をして嫌われたくないからね」
その言葉を聞いてホッと安堵してしまう自分は安直過ぎるか?
「嫌ったりなんか……それに少しくらいなら、風斗さんのお役に立てるかと……」
風斗さんにばかり我慢させるのは筋違いだ。私も腹を括らなきゃ。
「無理しなくていいよ」
風斗さんの柔和な笑顔を見ていると、後ろめたさが余計に際立つ。
「してないです」
「ウソウソ、翡翠は俺に抱かれる時、いつも震えながら怯えてたじゃないか」
「あれはそういう仕様なんです」
今でも、スイッチの入った風斗さんは怖いし、いざとなったら膝が笑うかもしれない。でもそれ以上に、風斗さんと一緒にいる為なら我慢出来る。愛を確かめ合えるなら、打たれるのも悦びに変わるかもしれない。
「そんな訳ないだろ。それくらい、目を見ればわかるから」
「でも、大事にされるのはありがたいですが、贅沢な話、不安でもあるんです。風斗さんに愛想を尽かされたら、私はきっと、泣いちゃうだろうなって」
「不安だなんて……翡翠、こっちにおいで」
風斗さんは不安がる私に庇護欲をかられたのか、切なそうな顔をして私を正面から膝に抱いた。
「キスも酷い事に入る?」
あと数センチで唇が触れ合いそうなところで風斗さんがそのように尋ね、私はまるで焦らされている気分だった。
「か、風斗さんのキスはいつも優しいですから」
顔から火が出そうだ。
自分から『キスして』なんて言えなくて、私は真っ赤な顔を隠すように俯く。
「そう。でも、今の俺なら翡翠を打ったり辱めたりしないけど、行為そのものが翡翠のトラウマを引き出すといけないから、翡翠が望むようになるまで沢山優しいキスをしよう。俺はそれだけで満足だから」
風斗さんは有言実行するように春風みたいなキスをした。

ああ、やっぱり、私はこの人に嫁いで良かった。

それから4年後、何の障害も無く、私達2人は元気な男の子を授かる。
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