2 王への元献上品と、その元調教師

華山富士鷹

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波風風斗の追憶

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何年か前の城の国立公園内にて、猛吹雪の中、薄着のまま雪に埋もれていた小さな少女を見つけた時、俺は自身の性癖をも忘れ、この子を守らなければならないという使命感に見舞われた。

少女の名を『翡翠』と言った。

最初に彼女を見た時は、その青白い顔色や綺麗な顔立ちから、人形でも落ちているのかと思った。
「……」
生きてるのか?
「おい」

返事は無い。
俺はうつ伏せに倒れた彼女の横顔をしゃがんで指でツンツンしてみた。
冷たいけど、軟らかい。それに、女の子が眉間に皺を寄せて俄にイヤそうな顔をした。
「無意識なのに随分と迷惑そうな顔をするじゃないか」
俺は『ちょっとごめんね』と一言断りを入れてから彼女の口の中に指を入れたり、胸元に手を突っ込んでその体温を計る。
「ぬるい、体の芯まで冷えてるようだ。低体温症にかかってるな」
俺は慌てて上着を脱ぎ、それで彼女を包んで抱き上げた。
俺は最寄りの観測小屋を目指して歩き出したが、上着を失った寒さで、凍えて震えが止まらない。けれど俺は、この凍えて死にそうな小鳥(翡翠)を見捨てる気にはなれなかった。だって彼女は、朦朧としながらも必死で俺の胸にしがみつき『ごめんなさい』と涙を零しながら何度も呟いたから──
こんなの、ほっとけるか。
「頑張れ、もう少しで着くから」
俺は猛吹雪に逆らい、急ぎ足で観測小屋へと向かった。
途中、彼女はうっすら目を覚まし、少しだけ会話する事が出来た。
この子、セキレイのとこの献上品か。
瑪瑙の後釜って訳だ。
セキレイの奴、瑪瑙の一件で調教師から足を洗うかと思っていたが、人恋しくて子供を調達して来たんだな。
聞けば、どうやら彼女はセキレイの為にシーグラスを探しに騙されてここまでやって来たらしい。
馬鹿な子だな。献上品なんて、周りは皆敵なのに。しかも、その騙した相手を恨んでいないときた。おめでたいにも程がある。
だけど、あのセキレイがこの子を選んだ理由が少しだけ解る気がする。なんか、真っ直ぐだし、一生懸命だし、健気だから応援したくなるというか、ひたすら自分(セキレイだけど)に懐いてきてくれるところがなんともまあ……
それに、瑪瑙によく似たブルーダイヤの如き瞳をしているし。
セキレイも好きだね~
瑪瑙は、俺の趣味に対して素直に怯えるところが好きだった。俺は、出世の為に媚を売って変態プレイに合わせてくる狡猾な献上品達にはほとほと嫌気がさしていたからね。
この子はそうならないといいけど。

ようやく観測小屋に着くと、俺は彼女に積もった雪を払い、着火したストーブの隣に寝かせた。
「生きてるか?」
俺がそっと彼女の頬を裏手で撫でると、彼女は安心したように表情を和らげ、その手に頬を寄せる。
「人懐こい子だなあ」
俺は都合良く、意識が朦朧としている彼女が自分に懐いてくれているのだと思おうとした。
だって翡翠はそれ程に健気で可愛かったから。
「凍えそうな時は、裸で体を温め合うものだけど、子供相手にそんな事をするのは倫理に反するかな?」
いくら人懐こい子と言っても、見ず知らずの男から裸に剥かれ、全裸の俺に抱きしめられたら、一生もののトラウマになるかもしれない。
「それはちょっと可哀想だな」
俺はロリコンではないが、不謹慎にもちょっと残念な気持ちになる。
彼女の意識がだいぶハッキリしたところで、俺は自身を『波風』と名乗り、彼女は自分が『小田切翡翠』である事を俺に伝えた。
小田切翡翠、南部国の元王女か。
この子は幼いけれど、自分の国が我が国に討ち滅ぼされた事は理解しているよな?
俺がその敵国の王であると知ったなら、翡翠は俺をどう思うだろう?
例え王室が軍事に関してあまり介入を許されていなかったにしろ、良くは思わないだろう、そう思い、俺は意識的に自らの身分を明かさなかった。
それにしても、セキレイの献上品だなんて……瑪瑙の時も思ったが、半分血の繋がった兄が弟の夜の相手を育てるなんて、ちょっと気まずいんだよな。献上の儀式の時なんか、慣例により調教師が夜伽の見届人になるし。セキレイもセキレイで、一体どんな気持ちで自身の献上品を弟に捧げて、人の濡れ場を見届けるんだか。ある種、一番の変態は我が兄だろ。俺が逆の立場ならこんないたいけな子を鬼畜の食い物にするような事はしないし、使役したいと欲目が出るものだが。我が兄の情緒はどうなっているんだ?
翡翠の様子を見ていると、随分とセキレイに懐いているようだけど。果たしてあの鉄面皮はこの子をどう思っているのやら。狡猾な他の調教師同様、政治の道具としてしか見ていないとか?
何にせよ、子熊の近くには母熊がいるものだけど──
しばし翡翠と談笑していると、えらい剣幕でセキレイが小屋に飛び込んで来た。
それはまるで、我が子を人質にとられた肉親のようなただならぬオーラを放っていて、下手をしたら王である俺に殴りかからん勢いだった。
調教師のくせに、自分の子が献上先の王と一緒にいるのが許せなかったようだ。
へぇ、これはこれは、まるでセキレイが俺に嫉妬しているみたいじゃないか。
調教師としての本分を忘れてやしないか?
でも良かった。家族を奪った国の国王が言うのもなんだけど、この子が大切にされていて。セキレイが翡翠の家族代わりになってくれて。セキレイも、瑪瑙を失った悲しみを少しは克服出来たようだし。
ただ、将来2人を引き離す事になるのはちょっと胸が痛むけど。
しかし俺の心配をよそに、セキレイは翡翠を怒鳴りつけて置き去りにしてしまった。
セキレイの奴、相手はまだ子供だって言うのに、酷だろ。そのせいで翡翠は目に涙をたたえているじゃないか。
不憫だな。
それでも、セキレイに縋ろうとする姿はいじましい。というか、こんなに慕われるセキレイが羨ましい。
何故だ、あんな無愛想なののどこがいいんだ?
俺はこの2人の固い絆が妬ましいとさえ思えた。
セキレイが翡翠を突き放したのは、何も彼女が憎くてそうした訳ではないだろう。早い段階で俺に翡翠を託そうと思ったのだと思う。全ては翡翠の為。それならそうと、俺はその策に乗っかるしかないだろう。
俺としても不安はあるが、この子は人懐こい子だし、小さいうちから俺という人間に触れさせておけば、花梨のような事にはならないのではないだろうか。
献上品が育ての親である調教師に懐くのは自然な事だ、ならば俺がこの子を大切に育てたなら、この子は俺だけを慕ってくれるかもしれない。
ウズウズした。

けれど翡翠は俺の申し出を断り、セキレイを選んだ。
翡翠、お前もか。
というのも、正室として迎え入れた紅玉も調教師である翠にとても懐いていて、いつも、俺達の愛の巣であるペントハウスの窓から翠が外をうろつくのを眺めていた。
最初は外に出たがっているだけかと思っていたが、翠に注がれるその熱視線を見た時、全てを悟ってしまった。
紅玉は翠に好意を寄せていて、翠もまた同じ気持ちだと。
紅玉の事は、周りの大人達から太鼓判を押され、斡旋されるまま正室に迎えたものの、俺は彼女を家族として大事に想っていた。彼女への愛は、激しい熱情とはかけ離れていたが、聡明で気品に溢れた彼女を敬愛していたし、翠に未練がある事を知った時も、裏切られたような衝撃を受けた。

だから、今、こうして翡翠がペントハウスの窓からセキレイを眺めているのを見ると、とても哀しい気持ちになった。2人は互いに互いの姿を捉えられていなくても、雰囲気からただならぬ感情を持ち合っているだろう事は容易に想像出来た。

例え相手を拷問して愛を確かめたところで、俺は誰からも愛されない。
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