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別れ
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翡翠が部屋を飛び出したその日、彼女は部屋に帰って来なかったし、俺も彼女を迎えに行かなかった。
後ほど鷹雄の方から翡翠を預かる旨のメールが届いたが、俺は未だ返信せずにいる。
瑪瑙にはこれで良かったのだと言われ、自分でも納得していたはずだったが、それでも、夜になって2人分のニシンを焼いた時、言いようのない寂しさが込み上げてきた。
俺はそのニシンを瑪瑙に提供したけれど、いざ箸を持った時に、彼女がニシンを苦手としていた事を思い出す。
何でニシンなんか焼いてしまったんだろう……
その夜、瑪瑙は俺のベッドに潜り込んで来たが、一度瑪瑙側の仲間の元へ帰るよう促した。
変だ。
翡翠が居なくてとてつもなく寂しいのに独りになりたいなんて、矛盾している。独りになったらなったで、いらぬ心配をして身を焦がしてしまうのに。
何年か越しにようやく瑪瑙を手に入れたのに、気持ちは、瑪瑙を失った時のそれに匹敵する。
本当におかしな事だ。
翡翠が鷹雄のうちの子になってから数日、それから初めての雷雨の夜を迎えた。
雷はまだ遠かったが、翡翠の奴が怖がっていないかと心配になった。
「……まさか翡翠の奴、さすがに鷹雄のベッドには潜り込んでいないだろうな」
凄くイヤな気分だ。
俺はベッドから上体を起こし、布団から出ようとして思い留まる。
駄目だ。
せっかく子離れしようと言うのに、雷が鳴る度にこの調子では毎回同じ事を繰り返してしまう。
俺が心ここにあらずの状態で布団を被り直し、枕に頭を預けようとすると、弱々しくドアがノックされ飛び起きた。
「翡翠?」
翡翠の奴、やっぱり怖くなって鷹雄の部屋を飛び出して来たんだ。
仕方のない奴だな。
俺はいけないとは思いつつも、翡翠が自分を頼って来てくれたのだと思い、胸が温かくなった。
雷だから、今日だけ、今だけ、少しだけなら……
そう思ってドアを開けると、そこには瑪瑙が立っていた。
「セキレイさん、雷怖いから、昔みたいに一緒に寝てもいいでしょ?」
瑪瑙は俺がいいと言う前に部屋に入り込み、勝手知ったるなんとやらで当たり前にベッドに上がる。
そうだった、瑪瑙も雷が苦手だった。
翡翠の事ばかり考えていてすっかり失念していた。
「セキレイさん、どうしたの?」
ドアの前でぼんやりしていた俺を瑪瑙がベッドに引き込む。
「もしかして翡翠だと思った?」
「……いや」
──というより、心の何処かで『翡翠なら良かったのに』と思っている自分がいて、俺はそんな自分を律した。
子離れしなきゃ。
「セキレイさん、どうしたの?最近難しい顔ばっかりしてるよ?」
瑪瑙は俺の背後に回り込んで肩を揉んでくれた。
「そんな事ないよ。お前、一座の方はいいのか?」
普通、旅一座なんてものは演目が終われば即座にその地を後にするものだが。
「まだ城にいるつもりかって?」
俺は失言して瑪瑙に軽く首を絞められる。
「そんなつもりは……」
「そんな風に聞こえたけど?こないだの演舞で王に気にいられて、今度の出兵式でも演目を披露する事になったんだ。認められればもっと城に居つけるかも」
「そうか、良かったな」
瑪瑙のテンションに反して、俺はモチベーションを上げられずにいた。
「全然嬉しそうじゃないね、セキレイさん」
そんな俺を瑪瑙は見逃してはくれず、恨みがましく憎しみを込めて肩を揉まれる。
ちょっと痛いな。
「嬉しいさ」
そう、翡翠の事が無ければ手放しで喜んだ事だろう。
「セキレイさん、翡翠の事が気になって仕方がないんでしょ?」
瑪瑙に『忘れさせてあげる』と言われ、後ろから敏感な内腿をマッサージされた。
「止めろって、お前、雷が怖かったんじゃあなかったのか?」
そんな気分じゃなかった。
「雷?あぁ、忘れてた。そんなものは口実に決まってるでしょ?セキレイさん」
瑪瑙は人を食った様に笑い、俺の核心を攻めてくる。
口実とか、瑪瑙はそんな事を言える程器用な子ではなかったのに、どうしてこんなにあざとくなってしまったのか。
やっぱり、俺と生き別れてからのその後の環境がそうさせたのか?
俺がついてあげられていたら、瑪瑙は純粋なままでいられたのに。
「ねぇ、セキレイさん、翡翠がいなくて寂しいんでしょ?私が慰めてあげよっか?」
そう言うと瑪瑙は絡み付くように俺に抱きついた。
「瑪瑙、今はそんな気分じゃあない」
「いいからいいから、私がしたいの」
俺は瑪瑙の手を振り切り距離を置くが、彼女はそれを許さず懲りずにまとわりついてくる。
本当のところ、寂しいのは瑪瑙の方なのかもしれない。俺が翡翠の事ばかり考えているのが彼女には伝わっていたんだ。
こんな事で瑪瑙が満たされるなら好きにさせてやるか。
俺は瑪瑙にされるがまま、ベッドに腰を据えた。彼女のおかげで目を閉じると夢見心地になれた。
翡翠もちゃんと訓練をしていたらこんな風に男を悦ばせていたのかもしれない。
けどこの感覚を他の男に味合わせるのはイヤだ。翡翠の魅力を他の男に気付かれるのもイヤだ。翡翠を他の男に見られるのもイヤだ。ずっと自分の所に囲っておきたい。
翡翠をめちゃくちゃに出来る風斗が羨ましい。
「翡翠……」
「セキレイさん、今、翡翠って言った!?」
突如、瑪瑙がズイと俺の目の前に迫り、鼻に皺を寄せて嫌悪感を全面に押し出した。
「……悪い」
俺はその迫力に圧されて僅かに身を引く。
今、俺『翡翠』って言ったのか。瑪瑙に言われて気付いた。
無意識のうちに、俺は瑪瑙を翡翠にすり替えて考えていたらしい。
「セキレイさん、最低、最低最低最低最っ低!翡翠にされてるのを想像して感じてたのっ!?」
絶対にやってはいけない過ちに、瑪瑙はそれこそ烈火の如く怒り狂った。
地雷を踏んだか。
「私の事愛してるって言ったのに、セキレイさんは私と何年も会わない間に気持ちが翡翠にぐらついちゃったんだっ!!私はセキレイさんの事、片時も忘れた事なんかなかったのに!セキレイさんは酷いよ!最低だよ!嘘つきの大嘘つき!」
瑪瑙が俺の胸を殴り付け、俺は彼女を丸ごと抱きしめて何とか落ち着かせようと試みる。
「悪い、瑪瑙。ごめん、そうじゃないんだ。ちょっと考え事をしていただけなんだ。俺が悪かった」
本当に瑪瑙を傷付ける気なんかなかった。実際に俺は瑪瑙を心から愛しているし、気持ちは当時と何ら変わらない。
ただ──
ただだ、気付いたら、翡翠に瑪瑙を重ねて見ていたのが、いつの間にかそれが逆転して瑪瑙に翡翠を重ねて見ていた事に気が付いたのだ。
最近の俺はどうにもおかしい。というかそれは翡翠と別居してからだ。
その後、瑪瑙の事は何とか収めて部屋に返したが、正直、また同じ轍を踏みそうで会うのが躊躇われる。
俺は朝食の準備をサボり、サイドテーブルの引き出しにしまっておいたいびつなドリームキャッチャーを取り出して眺めていた。
下っ手くそだな……
網目のところなんかスカスカで夢をキャッチ出来なそうだ。やけにつぶつぶ(ビーズ)が付いているのは、翡翠が作っている途中で楽しくなってしまったからだろう。
あいつ、調子に乗ってつぶつぶだらけにしたな……笑える。
でもいちから手作りなのだ、一生懸命さは伝わってくる。
この羽はセキレイのものか?
俺の為に危険を侵して作られたそれがとてもいとおしい。
俺も翡翠の為に何かしてあげられないだろうか?
離れていても陰で翡翠をサポートしてやりたい。
それで思い付いたのがニシンプロジェクトだ。
ニシンプロジェクトとは、単にニシンを大量に買ってきて、それをこっそり鷹雄に託すというもの。
真ニシンからみりん漬け、糠ニシン、ニシンの干物、ニシンパイ等、思い付く限りのニシンレシピで1日中ニシンを下ごしらえし、冷凍して毎日翡翠に食べてもらうのだ。
「これで翡翠もいっそニシンが嫌いになるだろう笑」
俺は加工した大量のニシンを前に誇らしげに腕を組む。
そしてふと思うのだ──
あれ、俺、何をやっているんだろう……
献上品は年頃になって献上適齢期を迎えると乗馬の訓練時間が増える。
これは乗馬の訓練とは名ばかりの献上品の品評会みたいなもので、馬に乗ってグラウンドのトラックを回る彼女達を王が城の何処からか品定めし、後日、気に入った献上品をその中から指名し『テイスティング』して、良ければ側室に上げるのだ。
今朝は翡翠もこの絶好のチャンスに参加していたが、俺はそれを遠くから眺め、巣だっていく小鳥を想う親鳥の気分でいた。
立派に巣だってほしいような、ほしくないような、ほしくないような、ほしくない。
何で調教師と献上品の関係なんか築いてしまったのか、翡翠とは違った出会い方をしたかった。それで──
──それで?
違う出会い方をして、違った関係性になってどうなりたかったのか?
追及して考えた事はなかったが、今更そんな事を考えても仕方がない。翡翠はもうすぐ俺の元を巣立つんだから。
「目が乾くな……」
俺は目をシパシパさせながら、やっと入れたコンタクトのコンディションを調える
遠くから翡翠の様子を窺うには裸眼はきつい。かと言って普段眼鏡をしない奴がバッチリ眼鏡をかけていたら『あれ?今日眼鏡なんだ?』と他人に話し掛けられてうざい。だからと言って双眼鏡で我が子を見守るのは保護者というより変質者だ。よって俺は度の強いコンタクトで離れた木陰から翡翠の騎乗姿を見ていた。
どうしてここまで必死になって翡翠を観察するのかと言うと、過去の、鷹雄による瑪瑙へのセクハラがあったからだ。
鷹雄に翡翠を預けておいて何だが、大事な翡翠に鷹雄ごとき変態医師が悪戯するかと思うと俺はいてもたってもいられず、午前の会合をキャンセルして飛んで来た。
幸い、翡翠の様子を注意深く観察していると、何か、あらぬ物をあらぬところに捩じ込まれているといった様子は一切感じられず、寧ろ彼女は鷹雄と2人乗りで純粋に乗馬を楽しんでいる様に見える。
しかしそれはそれで腹がたつ。
自分勝手な話だが、苦労してやっと俺に懐いてくれた野犬が他の男に秒で尻尾を振るのは見るに耐えない。
しかも変態ヤブ医者の鷹雄にだ。
「鷹雄の奴、翡翠にくっつき過ぎだ。翡翠の腰に当たってないか?」
俺は気を揉んで前のめりになる。
何だってこう鷹雄って奴は翡翠にべったりなんだ?ろくに部屋に帰ってなかった奴が、このところ毎日翡翠と夜を共にしてるじゃないか。まさか、頼んでもないのに毎夜翡翠に指南をしているんじゃあ……
俺はそこまで思うと自分を抑えきれずに翡翠の後を追って馬小屋に向かった。
人はこれを『ストーカー』と言うとか。
翡翠が馬小屋に入ったタイミングで俺も小屋に侵入し、彼女が馬を繋いで踵を返すのを待った。
翡翠の奴、歩きスマホしてからに、危ないじゃないか、誰かにメールか?けしからんな、気になる。
そして翡翠に声をかける前に、踵を返した彼女に俺の存在を気付かれ、幽霊にでも遭遇した様な悲鳴をあげられた。
おまけに大袈裟なくらい怯えられ、俺は気分を害する。
たった1週間か2週間会わなかっただけでもうこれか?
まるで出会ったばかりの翡翠じゃないか、でも懐かしい。それももう、遠い日の事の様だ。
俺は自分から翡翠に接触したくせにこれと言って話す事もなくちょっと会話に困ってしまったが、久しぶりの彼女を前に気持ちが上がる。
怯える翡翠……萌えるな。
このまま翡翠を部屋に持ち帰りたい。また一緒に下らない話で喧嘩して、2人でアボカドを食べたい。アルファベットのポテトで遊ぶのもいい。夜は雷じゃなくても同じベッドで眠りたい。翡翠が望むならいくらでも指南してやるし、俺もたっぷりサービスする。
もし翡翠が部屋に戻りたいと言うのなら、仕方がない、そうしてやるのに。
子離れに対する俺の決心はぐらぐらだった。
翡翠、一言でいいから、一歩でいいから、俺に歩み寄れ、俺を頼れ。
瑪瑙の件もあり、立場上、俺の方から和解(?)を持ち掛ける事は出来なかったが、それでもこうして久しぶりに翡翠に触れ、話す事が出来て嬉しかった。
翡翠が一瞬自分の胸に飛び込んだ時なんかはそのまま抱いて放さないかと思った。そして危うくキスするところだった。
このまま時間が止まればいい、そう思った。
結論から言うと、翡翠は俺の元を完全に巣だってしまった。いや、巣だってしまっていたのかもしれない。
翡翠に『お世話になりました』と言われ、俺は頭の中が真っ白になった。
俺は心の何処かで翡翠が献上されるその日までは自分の所有物であると思い込んでいたが、それは大きな間違いだった。その様に思っていたのは単なるまやかしで、翡翠は最初から王の物で、彼女自身もそれを自覚し、その気概や覚悟を持っていた。
自覚が足りなかったのは俺1人だけだったのだ。
全然地に足が着いていなかった。
かりそめだが、翡翠の事は家族とか、友人とか、相棒とか、時として恋人の様に思っていた。
それもこれも全て俺の独りよがりだ。
翡翠は絶対に手に入らない、好きになってはいけない、愛してはいけない、瑪瑙の過ちを繰り返してはいけない、解ってはいたはずなのに、俺は──
どうしようもなく、どうにかなりそうな程に翡翠を深く愛していたなんて……
けれど今更自分の本心を自覚したところで俺に翡翠を奪う資格はない。
何故なら俺は、調教師なのだから。
自分の気持ちを自覚した前と後とでは世界がちょっと違って見える。
鷹雄へ対する敵対心は嫉妬で、翡翠の行動が気にかかるのは独占欲から、瑪瑙に対する罪悪感は二股をかけている男のそれだ。
思えば簡単な方程式だった。
ただ、献上品とは距離をおかなければいけないという概念のせいで今の今まで気付けずにいた。
勿論、翡翠の事は何らかの形で好いていた事だけはちゃんと理解していたが、それが男女間の愛であったなんて、多分、自分でも無意識に考えないようにしていたと思う。
しかしながらこんな気持ち、いっそ気付かなければ良かった。決して叶わぬ、叶えてはならない恋なんて、拷問に等しい。
それに俺には瑪瑙がいる。俺は瑪瑙を愛しているし、長らく不幸にしていた彼女の責任もとらなければならない。
翡翠だって、王の側室になって生涯食うに困る事なく暮らせたら、きっと幸せでいられる。
──しかし事はそれ程単純ではなかった。
その日は城の重役達が朝からバタバタとせわしなく動き回り、王の腹違いの兄である俺や、書記兼大臣の翠、城医師会の鷹雄も例外なく会議室に呼び出され一報を耳にした。
王の正室である紅玉が胎児もろとも病死したと──
「そんなっ、紅玉がっ!?」
翠は激しく動揺し、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」
俺は前のめりに倒れ込む翠の上体を支え、せわしなく上下するその背中をさすってやる。
「翠?翠?大丈夫か?凄く顔色が悪い」
翠の顔色がみるみる青くなり、彼は胸を押さえて苦しそうに呼吸を荒くした。
「そんなっ、そんなっ、紅玉!うっ」
俺は、取り乱して、周りも憚らず子供みたいに泣きじゃくる翠を見たのはこれが初めてだった。
もし俺が翡翠を失ったら同じように涙した事だろう。
つまり翠は、紅玉の事をそれ程までに……
「ショック状態だ。セキレイ、翠を連れてここを出よう、窓を開けて外の空気を吸わせてやるんだ」
婦人科のヤブだと思っていた鷹雄が思いの外冷静に対処し、翠を連れ出して廊下の窓から新鮮な空気を吸わせてやると、彼はいくぶん落ち着きを取り戻した。
「翠、大丈夫か?部屋に戻って横になった方がいい」
俺が翠の背中をさすっていると、彼はそれを片手を上げて制し『大丈夫だ』と言った。
「ごめん、少し取り乱した。紅玉は俺にとって特別だったから、見苦しいところを見せたね」
そう言って涙を手で拭い、顔を上げた翠はいつもの彼で、いつもの鉄の男だった。
「今、部屋に戻っても木葉に哀しみが伝染しちゃうから、夜までは大臣として葬儀の責務をこなすよ」
俺は翠の濡れた睫毛を見た時、同情で胸が張り裂けそうになった。
「翠、たまには親友を頼れよ?責務も大事だが、俺らはお前の事が心配だ」
「俺は医者でセキレイはペーペーだが、2人で力を合わせたら葬儀の段取りくらいなんて事はないぞ?」
鷹雄はしれっと煙草に火を着けたが、彼なりに翠を心配しているのだろう、普段では見られない真剣な顔をしていた。ユリを失った鷹雄には、翠の痛みが厭って程解るのだろう。
「いや、いいんだ。俺が仕切りたいんだ。断腸の思いで王に送り出した紅玉を、今度は天国に送り出したいんだ。今度こそ自由な幸せを掴めるようにってね。調教師である俺が紅玉にしてやれる事なんてもうそれしかないからね」
「翠……」
翠にそんな事を言われたら、俺達はもう閉口するよりほかなかった。
翠が『ありがとう』と片手を上げて走り去る間際、会議室から出て来た大臣達が次の正室候補の井戸端会議を始め、俺は酷く胸を痛めた。
これが王室、王宮の体制とは言え、これではあまりにも紅玉や翠が哀れだ。
替え玉なんかいくらでもいる、そんな風に言っている様に聞こえる。
「こんなとこに献上品を嫁に出した所で、献上品は本当の意味で幸せを手に入れられるのかな?」
チラリと俺の頭を掠めた事を、鷹雄は紫煙を吐きながら呟いた。
まったくもってそうだけど、俺達はそうする以外に選択肢を与えられていない。
俺達は厭って程ズブズブに調教師なのだから。
それから紅玉の葬儀はしめやかに行われ、四十九日も過ぎると城内では完全に彼女の不幸はなかった事のようになっていて、他の調教師達は不謹慎にも関わらず待ってましたと言わんばかりに自分の献上品を正室にしようとわきたった。
ちなみに瑪瑙は紅玉の葬儀で延期になった出兵式まで城に待機となり、週の半分は俺の部屋に顔を出していた。
この日の夜も、瑪瑙は俺と向かい合わせで夕食を摂っていた。
「正室不在となると、翡翠が正室に上がれればセキレイさんは国以上のご褒美を貰えるんじゃないの?」
瑪瑙は世間話でもするかの様に楽し気にそんな事を口にし、俺を不快にさせる。
「やめろ、食事に集中しろ」
俺は些か不機嫌な口調で返したが、瑪瑙はまったく空気を察する様子もなく、悪びれるでもなくキョトンとしていた。
「なんで?翡翠が王の正室になるのがそんなに気に食わない?」
「そうじゃない。紅玉の死に対して不謹慎だろ」
「なんで?調教師はみーんな浮き足だってるよ?だって一世一代の絶好の大チャンスだよ?」
「だから……」
言っても無駄か。
俺は諦めて深いため息と共に頭を抱えた。
本当に、瑪瑙はこんな奴だったか?
少なくとも彼女が献上品であった頃はこうじゃなかった。もっとちゃんと人の事を想えたし、空気だって読めた。それが、俺の手を離れてこんな風になるなんて、一体瑪瑙は俺と離れてからの年月をどう過ごしてきたのだろう?
最近の瑪瑙の態度は少々目に余る。俺もいっぱいいっぱいで時折彼女をもて余す始末だ。
俺は、肩肘を着いて退屈そうにワイングラスをクルクル回す瑪瑙を見て思った。
瑪瑙はこれからどうするつもりなのだろうか?
旅一座という事は、いずれはこの城を去るのだ、そうなると俺との関係はどうするのだろう?
遠距離恋愛?
「なぁ、瑪瑙」
「うん?」
「お前、この城を離れたらどうするつもりなんだ?」
「離れないよ、ずっとここに居る」
エヘヘと瑪瑙は両手に顎を乗せ、含んだ笑いをした。
「そうか」
駄目だ、ふざけてる。
酒も入っているし、まともな回答は得られないなと俺は食事に集中した。
そんなある夜、俺は王に用があって王の寝室のある最上階に来ていた。
ここのフロアは限られた人間しか入る事は許されず、大臣である翠や、王お抱え医師である鷹雄ですら厳しい手続きがないと踏み込めない。しかし王と半分同じ血が流れる俺に関しては年がら年中顔パスで好きな時に王を訪ねられた。
俺はエレベーターを降り、通路を曲がって寝室のある廊下に出ると、ちょうど瑪瑙が王の寝室に入って行くのが見えた。
「えっ?」
俺は目を疑ったが、あれは確かに瑪瑙だった。
俺は王を訪ねるのを断念し、そのまま部屋に戻って来たが、瑪瑙がこんな夜分に王に何の用があったのか?
しかも素性も定かでない通りすがりの旅一座の女を寝室に入れるとは、王も一体何を考えているのか、俺は頭を悩ませ、とうとうその夜は寝付く事が出来ずに朝を迎えた。
次の日の夜、俺は瑪瑙が部屋に来るなり昨夜の事を問いただした。
「お前、昨日の夜、何処で何をしていたんだ?」
「え?何って?」
とぼけた!
「王の寝室を訪ねていただろう?」
俺が迫ると、瑪瑙は呆気なく事実を認めた。
「あぁ、セキレイさん、見てたんだ」
「見てたんだじゃない、王の寝室に女1人で行って、何をされても誰も助けてやれないんだぞっ!?」
それに瑪瑙は王を心底怖がっていたじゃないか。
それがなんで?
襲ってくださいと言っているようなものじゃないか。それで何かされても文句は言えない。
瑪瑙は一体何を考えているんだ?
何も解らない。
「なあに?セキレイさん、妬いてるの?」
瑪瑙はニヤニヤしながらベッドで肘を着いて横になった。
この余裕そうな態度がちょっと鼻につく。
「そうじゃない、俺はお前を心配して言ってるんだ!お前に何かあったらと思うと不安なんだ」
俺は、過去に王に泣かされた瑪瑙を見ていただけに彼女を放っておけなかった。
「優しいね、セキレイさん。でも何にも心配要らないよ?私はただ、奥方様を亡くされた王をお慰めする為に行っているだけなんだから」
お慰めって……
つい最近まで薄情な事を言っていた奴がよく言うよ。
瑪瑙が俺以外の人間に体を許したかと思うと虫酸が走る。
「お前、王の事が怖かったんじゃあなかったのか?」
「んー?私も大人になったんだよ」
瑪瑙は大きく伸びをし、俺の話を真面目に聞き入れようとしない。
「別に、舞いを披露して王の気をまぎらわせてただけだってー、セキレイさんは大袈裟だなぁ」
「へぇ、女1人でか?それはちゃんと服を着た舞いだったんだろうな?」
どうにも俺の性格からすると、聞き分けのない子にはとことん言及したくなるもので、まるで妻の浮気を疑う夫の様な図になっていた。
「いやだな、セキレイさん、ストリップとは違うんだから」
瑪瑙が鼻で笑い、俺はこれ以上彼女が生意気な口をきけない様、強引にキスをした。
後から冷静になって考えてみると、俺はこれ以上何かを失うのが怖かったのかもしれない。
そして少しだけ月日は流れ、ついに俺の恐れていた事態がやって来た。
翡翠に、献上の儀を執り行う通達が届いたのだ。
日時は1ヶ月後の夜。
この通達は同時に木葉にも届き、隣の部屋から木葉の泣きわめく声が響いた。
翡翠には、鷹雄の所でこの知らせを教えると、彼女はとても落ち着いた様子でその義務を受け入れた。
『どんな事があろうと、セキレイさんに教わった事を無駄にしないよう尽力します』
そう言った翡翠を見て、俺は、翡翠も大人になったなぁと胸がじんとなった。
そのたぐいまれなる容姿も去ることながら、翡翠はとても強くなったし、いい娘に育った。親バカじゃないけれど、自慢の娘で、俺の誇りだ。
あんなに臆病で噛み癖があって、手を焼かされた子が、こんなに立派になって自分の足で歩み出そうとしているなんて、これ程感慨深いものはない。
それに比べて俺は、何をやっているんだか。献上品の翡翠は成長しても、調教師の俺はちっとも成長していない。何故なら儀式の日取りが決まった今ですら、俺は未練がましく翡翠を想っているのだからまるで進歩がない。
通達があった夜、俺は部屋に遊びに来ていた瑪瑙そっちのけで酒に入り浸っていた。
『どうしたの?そんなに荒れて』なんて瑪瑙に心配されたが、俺は構わず酒をあおり続け、気が付くと1人で朝を迎えていた。
せっかく来てくれていた瑪瑙に、俺は一応詫びのメールでも入れようとスマホのメール画面を開くと、上限いっぱいだった送信履歴が何故か一件だけ減っている事に気付く。
自分で消した記憶は無いが、酔っ払って変なところでも押したかと思い、俺はあまり気に留めなかった。
後ほど鷹雄の方から翡翠を預かる旨のメールが届いたが、俺は未だ返信せずにいる。
瑪瑙にはこれで良かったのだと言われ、自分でも納得していたはずだったが、それでも、夜になって2人分のニシンを焼いた時、言いようのない寂しさが込み上げてきた。
俺はそのニシンを瑪瑙に提供したけれど、いざ箸を持った時に、彼女がニシンを苦手としていた事を思い出す。
何でニシンなんか焼いてしまったんだろう……
その夜、瑪瑙は俺のベッドに潜り込んで来たが、一度瑪瑙側の仲間の元へ帰るよう促した。
変だ。
翡翠が居なくてとてつもなく寂しいのに独りになりたいなんて、矛盾している。独りになったらなったで、いらぬ心配をして身を焦がしてしまうのに。
何年か越しにようやく瑪瑙を手に入れたのに、気持ちは、瑪瑙を失った時のそれに匹敵する。
本当におかしな事だ。
翡翠が鷹雄のうちの子になってから数日、それから初めての雷雨の夜を迎えた。
雷はまだ遠かったが、翡翠の奴が怖がっていないかと心配になった。
「……まさか翡翠の奴、さすがに鷹雄のベッドには潜り込んでいないだろうな」
凄くイヤな気分だ。
俺はベッドから上体を起こし、布団から出ようとして思い留まる。
駄目だ。
せっかく子離れしようと言うのに、雷が鳴る度にこの調子では毎回同じ事を繰り返してしまう。
俺が心ここにあらずの状態で布団を被り直し、枕に頭を預けようとすると、弱々しくドアがノックされ飛び起きた。
「翡翠?」
翡翠の奴、やっぱり怖くなって鷹雄の部屋を飛び出して来たんだ。
仕方のない奴だな。
俺はいけないとは思いつつも、翡翠が自分を頼って来てくれたのだと思い、胸が温かくなった。
雷だから、今日だけ、今だけ、少しだけなら……
そう思ってドアを開けると、そこには瑪瑙が立っていた。
「セキレイさん、雷怖いから、昔みたいに一緒に寝てもいいでしょ?」
瑪瑙は俺がいいと言う前に部屋に入り込み、勝手知ったるなんとやらで当たり前にベッドに上がる。
そうだった、瑪瑙も雷が苦手だった。
翡翠の事ばかり考えていてすっかり失念していた。
「セキレイさん、どうしたの?」
ドアの前でぼんやりしていた俺を瑪瑙がベッドに引き込む。
「もしかして翡翠だと思った?」
「……いや」
──というより、心の何処かで『翡翠なら良かったのに』と思っている自分がいて、俺はそんな自分を律した。
子離れしなきゃ。
「セキレイさん、どうしたの?最近難しい顔ばっかりしてるよ?」
瑪瑙は俺の背後に回り込んで肩を揉んでくれた。
「そんな事ないよ。お前、一座の方はいいのか?」
普通、旅一座なんてものは演目が終われば即座にその地を後にするものだが。
「まだ城にいるつもりかって?」
俺は失言して瑪瑙に軽く首を絞められる。
「そんなつもりは……」
「そんな風に聞こえたけど?こないだの演舞で王に気にいられて、今度の出兵式でも演目を披露する事になったんだ。認められればもっと城に居つけるかも」
「そうか、良かったな」
瑪瑙のテンションに反して、俺はモチベーションを上げられずにいた。
「全然嬉しそうじゃないね、セキレイさん」
そんな俺を瑪瑙は見逃してはくれず、恨みがましく憎しみを込めて肩を揉まれる。
ちょっと痛いな。
「嬉しいさ」
そう、翡翠の事が無ければ手放しで喜んだ事だろう。
「セキレイさん、翡翠の事が気になって仕方がないんでしょ?」
瑪瑙に『忘れさせてあげる』と言われ、後ろから敏感な内腿をマッサージされた。
「止めろって、お前、雷が怖かったんじゃあなかったのか?」
そんな気分じゃなかった。
「雷?あぁ、忘れてた。そんなものは口実に決まってるでしょ?セキレイさん」
瑪瑙は人を食った様に笑い、俺の核心を攻めてくる。
口実とか、瑪瑙はそんな事を言える程器用な子ではなかったのに、どうしてこんなにあざとくなってしまったのか。
やっぱり、俺と生き別れてからのその後の環境がそうさせたのか?
俺がついてあげられていたら、瑪瑙は純粋なままでいられたのに。
「ねぇ、セキレイさん、翡翠がいなくて寂しいんでしょ?私が慰めてあげよっか?」
そう言うと瑪瑙は絡み付くように俺に抱きついた。
「瑪瑙、今はそんな気分じゃあない」
「いいからいいから、私がしたいの」
俺は瑪瑙の手を振り切り距離を置くが、彼女はそれを許さず懲りずにまとわりついてくる。
本当のところ、寂しいのは瑪瑙の方なのかもしれない。俺が翡翠の事ばかり考えているのが彼女には伝わっていたんだ。
こんな事で瑪瑙が満たされるなら好きにさせてやるか。
俺は瑪瑙にされるがまま、ベッドに腰を据えた。彼女のおかげで目を閉じると夢見心地になれた。
翡翠もちゃんと訓練をしていたらこんな風に男を悦ばせていたのかもしれない。
けどこの感覚を他の男に味合わせるのはイヤだ。翡翠の魅力を他の男に気付かれるのもイヤだ。翡翠を他の男に見られるのもイヤだ。ずっと自分の所に囲っておきたい。
翡翠をめちゃくちゃに出来る風斗が羨ましい。
「翡翠……」
「セキレイさん、今、翡翠って言った!?」
突如、瑪瑙がズイと俺の目の前に迫り、鼻に皺を寄せて嫌悪感を全面に押し出した。
「……悪い」
俺はその迫力に圧されて僅かに身を引く。
今、俺『翡翠』って言ったのか。瑪瑙に言われて気付いた。
無意識のうちに、俺は瑪瑙を翡翠にすり替えて考えていたらしい。
「セキレイさん、最低、最低最低最低最っ低!翡翠にされてるのを想像して感じてたのっ!?」
絶対にやってはいけない過ちに、瑪瑙はそれこそ烈火の如く怒り狂った。
地雷を踏んだか。
「私の事愛してるって言ったのに、セキレイさんは私と何年も会わない間に気持ちが翡翠にぐらついちゃったんだっ!!私はセキレイさんの事、片時も忘れた事なんかなかったのに!セキレイさんは酷いよ!最低だよ!嘘つきの大嘘つき!」
瑪瑙が俺の胸を殴り付け、俺は彼女を丸ごと抱きしめて何とか落ち着かせようと試みる。
「悪い、瑪瑙。ごめん、そうじゃないんだ。ちょっと考え事をしていただけなんだ。俺が悪かった」
本当に瑪瑙を傷付ける気なんかなかった。実際に俺は瑪瑙を心から愛しているし、気持ちは当時と何ら変わらない。
ただ──
ただだ、気付いたら、翡翠に瑪瑙を重ねて見ていたのが、いつの間にかそれが逆転して瑪瑙に翡翠を重ねて見ていた事に気が付いたのだ。
最近の俺はどうにもおかしい。というかそれは翡翠と別居してからだ。
その後、瑪瑙の事は何とか収めて部屋に返したが、正直、また同じ轍を踏みそうで会うのが躊躇われる。
俺は朝食の準備をサボり、サイドテーブルの引き出しにしまっておいたいびつなドリームキャッチャーを取り出して眺めていた。
下っ手くそだな……
網目のところなんかスカスカで夢をキャッチ出来なそうだ。やけにつぶつぶ(ビーズ)が付いているのは、翡翠が作っている途中で楽しくなってしまったからだろう。
あいつ、調子に乗ってつぶつぶだらけにしたな……笑える。
でもいちから手作りなのだ、一生懸命さは伝わってくる。
この羽はセキレイのものか?
俺の為に危険を侵して作られたそれがとてもいとおしい。
俺も翡翠の為に何かしてあげられないだろうか?
離れていても陰で翡翠をサポートしてやりたい。
それで思い付いたのがニシンプロジェクトだ。
ニシンプロジェクトとは、単にニシンを大量に買ってきて、それをこっそり鷹雄に託すというもの。
真ニシンからみりん漬け、糠ニシン、ニシンの干物、ニシンパイ等、思い付く限りのニシンレシピで1日中ニシンを下ごしらえし、冷凍して毎日翡翠に食べてもらうのだ。
「これで翡翠もいっそニシンが嫌いになるだろう笑」
俺は加工した大量のニシンを前に誇らしげに腕を組む。
そしてふと思うのだ──
あれ、俺、何をやっているんだろう……
献上品は年頃になって献上適齢期を迎えると乗馬の訓練時間が増える。
これは乗馬の訓練とは名ばかりの献上品の品評会みたいなもので、馬に乗ってグラウンドのトラックを回る彼女達を王が城の何処からか品定めし、後日、気に入った献上品をその中から指名し『テイスティング』して、良ければ側室に上げるのだ。
今朝は翡翠もこの絶好のチャンスに参加していたが、俺はそれを遠くから眺め、巣だっていく小鳥を想う親鳥の気分でいた。
立派に巣だってほしいような、ほしくないような、ほしくないような、ほしくない。
何で調教師と献上品の関係なんか築いてしまったのか、翡翠とは違った出会い方をしたかった。それで──
──それで?
違う出会い方をして、違った関係性になってどうなりたかったのか?
追及して考えた事はなかったが、今更そんな事を考えても仕方がない。翡翠はもうすぐ俺の元を巣立つんだから。
「目が乾くな……」
俺は目をシパシパさせながら、やっと入れたコンタクトのコンディションを調える
遠くから翡翠の様子を窺うには裸眼はきつい。かと言って普段眼鏡をしない奴がバッチリ眼鏡をかけていたら『あれ?今日眼鏡なんだ?』と他人に話し掛けられてうざい。だからと言って双眼鏡で我が子を見守るのは保護者というより変質者だ。よって俺は度の強いコンタクトで離れた木陰から翡翠の騎乗姿を見ていた。
どうしてここまで必死になって翡翠を観察するのかと言うと、過去の、鷹雄による瑪瑙へのセクハラがあったからだ。
鷹雄に翡翠を預けておいて何だが、大事な翡翠に鷹雄ごとき変態医師が悪戯するかと思うと俺はいてもたってもいられず、午前の会合をキャンセルして飛んで来た。
幸い、翡翠の様子を注意深く観察していると、何か、あらぬ物をあらぬところに捩じ込まれているといった様子は一切感じられず、寧ろ彼女は鷹雄と2人乗りで純粋に乗馬を楽しんでいる様に見える。
しかしそれはそれで腹がたつ。
自分勝手な話だが、苦労してやっと俺に懐いてくれた野犬が他の男に秒で尻尾を振るのは見るに耐えない。
しかも変態ヤブ医者の鷹雄にだ。
「鷹雄の奴、翡翠にくっつき過ぎだ。翡翠の腰に当たってないか?」
俺は気を揉んで前のめりになる。
何だってこう鷹雄って奴は翡翠にべったりなんだ?ろくに部屋に帰ってなかった奴が、このところ毎日翡翠と夜を共にしてるじゃないか。まさか、頼んでもないのに毎夜翡翠に指南をしているんじゃあ……
俺はそこまで思うと自分を抑えきれずに翡翠の後を追って馬小屋に向かった。
人はこれを『ストーカー』と言うとか。
翡翠が馬小屋に入ったタイミングで俺も小屋に侵入し、彼女が馬を繋いで踵を返すのを待った。
翡翠の奴、歩きスマホしてからに、危ないじゃないか、誰かにメールか?けしからんな、気になる。
そして翡翠に声をかける前に、踵を返した彼女に俺の存在を気付かれ、幽霊にでも遭遇した様な悲鳴をあげられた。
おまけに大袈裟なくらい怯えられ、俺は気分を害する。
たった1週間か2週間会わなかっただけでもうこれか?
まるで出会ったばかりの翡翠じゃないか、でも懐かしい。それももう、遠い日の事の様だ。
俺は自分から翡翠に接触したくせにこれと言って話す事もなくちょっと会話に困ってしまったが、久しぶりの彼女を前に気持ちが上がる。
怯える翡翠……萌えるな。
このまま翡翠を部屋に持ち帰りたい。また一緒に下らない話で喧嘩して、2人でアボカドを食べたい。アルファベットのポテトで遊ぶのもいい。夜は雷じゃなくても同じベッドで眠りたい。翡翠が望むならいくらでも指南してやるし、俺もたっぷりサービスする。
もし翡翠が部屋に戻りたいと言うのなら、仕方がない、そうしてやるのに。
子離れに対する俺の決心はぐらぐらだった。
翡翠、一言でいいから、一歩でいいから、俺に歩み寄れ、俺を頼れ。
瑪瑙の件もあり、立場上、俺の方から和解(?)を持ち掛ける事は出来なかったが、それでもこうして久しぶりに翡翠に触れ、話す事が出来て嬉しかった。
翡翠が一瞬自分の胸に飛び込んだ時なんかはそのまま抱いて放さないかと思った。そして危うくキスするところだった。
このまま時間が止まればいい、そう思った。
結論から言うと、翡翠は俺の元を完全に巣だってしまった。いや、巣だってしまっていたのかもしれない。
翡翠に『お世話になりました』と言われ、俺は頭の中が真っ白になった。
俺は心の何処かで翡翠が献上されるその日までは自分の所有物であると思い込んでいたが、それは大きな間違いだった。その様に思っていたのは単なるまやかしで、翡翠は最初から王の物で、彼女自身もそれを自覚し、その気概や覚悟を持っていた。
自覚が足りなかったのは俺1人だけだったのだ。
全然地に足が着いていなかった。
かりそめだが、翡翠の事は家族とか、友人とか、相棒とか、時として恋人の様に思っていた。
それもこれも全て俺の独りよがりだ。
翡翠は絶対に手に入らない、好きになってはいけない、愛してはいけない、瑪瑙の過ちを繰り返してはいけない、解ってはいたはずなのに、俺は──
どうしようもなく、どうにかなりそうな程に翡翠を深く愛していたなんて……
けれど今更自分の本心を自覚したところで俺に翡翠を奪う資格はない。
何故なら俺は、調教師なのだから。
自分の気持ちを自覚した前と後とでは世界がちょっと違って見える。
鷹雄へ対する敵対心は嫉妬で、翡翠の行動が気にかかるのは独占欲から、瑪瑙に対する罪悪感は二股をかけている男のそれだ。
思えば簡単な方程式だった。
ただ、献上品とは距離をおかなければいけないという概念のせいで今の今まで気付けずにいた。
勿論、翡翠の事は何らかの形で好いていた事だけはちゃんと理解していたが、それが男女間の愛であったなんて、多分、自分でも無意識に考えないようにしていたと思う。
しかしながらこんな気持ち、いっそ気付かなければ良かった。決して叶わぬ、叶えてはならない恋なんて、拷問に等しい。
それに俺には瑪瑙がいる。俺は瑪瑙を愛しているし、長らく不幸にしていた彼女の責任もとらなければならない。
翡翠だって、王の側室になって生涯食うに困る事なく暮らせたら、きっと幸せでいられる。
──しかし事はそれ程単純ではなかった。
その日は城の重役達が朝からバタバタとせわしなく動き回り、王の腹違いの兄である俺や、書記兼大臣の翠、城医師会の鷹雄も例外なく会議室に呼び出され一報を耳にした。
王の正室である紅玉が胎児もろとも病死したと──
「そんなっ、紅玉がっ!?」
翠は激しく動揺し、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」
俺は前のめりに倒れ込む翠の上体を支え、せわしなく上下するその背中をさすってやる。
「翠?翠?大丈夫か?凄く顔色が悪い」
翠の顔色がみるみる青くなり、彼は胸を押さえて苦しそうに呼吸を荒くした。
「そんなっ、そんなっ、紅玉!うっ」
俺は、取り乱して、周りも憚らず子供みたいに泣きじゃくる翠を見たのはこれが初めてだった。
もし俺が翡翠を失ったら同じように涙した事だろう。
つまり翠は、紅玉の事をそれ程までに……
「ショック状態だ。セキレイ、翠を連れてここを出よう、窓を開けて外の空気を吸わせてやるんだ」
婦人科のヤブだと思っていた鷹雄が思いの外冷静に対処し、翠を連れ出して廊下の窓から新鮮な空気を吸わせてやると、彼はいくぶん落ち着きを取り戻した。
「翠、大丈夫か?部屋に戻って横になった方がいい」
俺が翠の背中をさすっていると、彼はそれを片手を上げて制し『大丈夫だ』と言った。
「ごめん、少し取り乱した。紅玉は俺にとって特別だったから、見苦しいところを見せたね」
そう言って涙を手で拭い、顔を上げた翠はいつもの彼で、いつもの鉄の男だった。
「今、部屋に戻っても木葉に哀しみが伝染しちゃうから、夜までは大臣として葬儀の責務をこなすよ」
俺は翠の濡れた睫毛を見た時、同情で胸が張り裂けそうになった。
「翠、たまには親友を頼れよ?責務も大事だが、俺らはお前の事が心配だ」
「俺は医者でセキレイはペーペーだが、2人で力を合わせたら葬儀の段取りくらいなんて事はないぞ?」
鷹雄はしれっと煙草に火を着けたが、彼なりに翠を心配しているのだろう、普段では見られない真剣な顔をしていた。ユリを失った鷹雄には、翠の痛みが厭って程解るのだろう。
「いや、いいんだ。俺が仕切りたいんだ。断腸の思いで王に送り出した紅玉を、今度は天国に送り出したいんだ。今度こそ自由な幸せを掴めるようにってね。調教師である俺が紅玉にしてやれる事なんてもうそれしかないからね」
「翠……」
翠にそんな事を言われたら、俺達はもう閉口するよりほかなかった。
翠が『ありがとう』と片手を上げて走り去る間際、会議室から出て来た大臣達が次の正室候補の井戸端会議を始め、俺は酷く胸を痛めた。
これが王室、王宮の体制とは言え、これではあまりにも紅玉や翠が哀れだ。
替え玉なんかいくらでもいる、そんな風に言っている様に聞こえる。
「こんなとこに献上品を嫁に出した所で、献上品は本当の意味で幸せを手に入れられるのかな?」
チラリと俺の頭を掠めた事を、鷹雄は紫煙を吐きながら呟いた。
まったくもってそうだけど、俺達はそうする以外に選択肢を与えられていない。
俺達は厭って程ズブズブに調教師なのだから。
それから紅玉の葬儀はしめやかに行われ、四十九日も過ぎると城内では完全に彼女の不幸はなかった事のようになっていて、他の調教師達は不謹慎にも関わらず待ってましたと言わんばかりに自分の献上品を正室にしようとわきたった。
ちなみに瑪瑙は紅玉の葬儀で延期になった出兵式まで城に待機となり、週の半分は俺の部屋に顔を出していた。
この日の夜も、瑪瑙は俺と向かい合わせで夕食を摂っていた。
「正室不在となると、翡翠が正室に上がれればセキレイさんは国以上のご褒美を貰えるんじゃないの?」
瑪瑙は世間話でもするかの様に楽し気にそんな事を口にし、俺を不快にさせる。
「やめろ、食事に集中しろ」
俺は些か不機嫌な口調で返したが、瑪瑙はまったく空気を察する様子もなく、悪びれるでもなくキョトンとしていた。
「なんで?翡翠が王の正室になるのがそんなに気に食わない?」
「そうじゃない。紅玉の死に対して不謹慎だろ」
「なんで?調教師はみーんな浮き足だってるよ?だって一世一代の絶好の大チャンスだよ?」
「だから……」
言っても無駄か。
俺は諦めて深いため息と共に頭を抱えた。
本当に、瑪瑙はこんな奴だったか?
少なくとも彼女が献上品であった頃はこうじゃなかった。もっとちゃんと人の事を想えたし、空気だって読めた。それが、俺の手を離れてこんな風になるなんて、一体瑪瑙は俺と離れてからの年月をどう過ごしてきたのだろう?
最近の瑪瑙の態度は少々目に余る。俺もいっぱいいっぱいで時折彼女をもて余す始末だ。
俺は、肩肘を着いて退屈そうにワイングラスをクルクル回す瑪瑙を見て思った。
瑪瑙はこれからどうするつもりなのだろうか?
旅一座という事は、いずれはこの城を去るのだ、そうなると俺との関係はどうするのだろう?
遠距離恋愛?
「なぁ、瑪瑙」
「うん?」
「お前、この城を離れたらどうするつもりなんだ?」
「離れないよ、ずっとここに居る」
エヘヘと瑪瑙は両手に顎を乗せ、含んだ笑いをした。
「そうか」
駄目だ、ふざけてる。
酒も入っているし、まともな回答は得られないなと俺は食事に集中した。
そんなある夜、俺は王に用があって王の寝室のある最上階に来ていた。
ここのフロアは限られた人間しか入る事は許されず、大臣である翠や、王お抱え医師である鷹雄ですら厳しい手続きがないと踏み込めない。しかし王と半分同じ血が流れる俺に関しては年がら年中顔パスで好きな時に王を訪ねられた。
俺はエレベーターを降り、通路を曲がって寝室のある廊下に出ると、ちょうど瑪瑙が王の寝室に入って行くのが見えた。
「えっ?」
俺は目を疑ったが、あれは確かに瑪瑙だった。
俺は王を訪ねるのを断念し、そのまま部屋に戻って来たが、瑪瑙がこんな夜分に王に何の用があったのか?
しかも素性も定かでない通りすがりの旅一座の女を寝室に入れるとは、王も一体何を考えているのか、俺は頭を悩ませ、とうとうその夜は寝付く事が出来ずに朝を迎えた。
次の日の夜、俺は瑪瑙が部屋に来るなり昨夜の事を問いただした。
「お前、昨日の夜、何処で何をしていたんだ?」
「え?何って?」
とぼけた!
「王の寝室を訪ねていただろう?」
俺が迫ると、瑪瑙は呆気なく事実を認めた。
「あぁ、セキレイさん、見てたんだ」
「見てたんだじゃない、王の寝室に女1人で行って、何をされても誰も助けてやれないんだぞっ!?」
それに瑪瑙は王を心底怖がっていたじゃないか。
それがなんで?
襲ってくださいと言っているようなものじゃないか。それで何かされても文句は言えない。
瑪瑙は一体何を考えているんだ?
何も解らない。
「なあに?セキレイさん、妬いてるの?」
瑪瑙はニヤニヤしながらベッドで肘を着いて横になった。
この余裕そうな態度がちょっと鼻につく。
「そうじゃない、俺はお前を心配して言ってるんだ!お前に何かあったらと思うと不安なんだ」
俺は、過去に王に泣かされた瑪瑙を見ていただけに彼女を放っておけなかった。
「優しいね、セキレイさん。でも何にも心配要らないよ?私はただ、奥方様を亡くされた王をお慰めする為に行っているだけなんだから」
お慰めって……
つい最近まで薄情な事を言っていた奴がよく言うよ。
瑪瑙が俺以外の人間に体を許したかと思うと虫酸が走る。
「お前、王の事が怖かったんじゃあなかったのか?」
「んー?私も大人になったんだよ」
瑪瑙は大きく伸びをし、俺の話を真面目に聞き入れようとしない。
「別に、舞いを披露して王の気をまぎらわせてただけだってー、セキレイさんは大袈裟だなぁ」
「へぇ、女1人でか?それはちゃんと服を着た舞いだったんだろうな?」
どうにも俺の性格からすると、聞き分けのない子にはとことん言及したくなるもので、まるで妻の浮気を疑う夫の様な図になっていた。
「いやだな、セキレイさん、ストリップとは違うんだから」
瑪瑙が鼻で笑い、俺はこれ以上彼女が生意気な口をきけない様、強引にキスをした。
後から冷静になって考えてみると、俺はこれ以上何かを失うのが怖かったのかもしれない。
そして少しだけ月日は流れ、ついに俺の恐れていた事態がやって来た。
翡翠に、献上の儀を執り行う通達が届いたのだ。
日時は1ヶ月後の夜。
この通達は同時に木葉にも届き、隣の部屋から木葉の泣きわめく声が響いた。
翡翠には、鷹雄の所でこの知らせを教えると、彼女はとても落ち着いた様子でその義務を受け入れた。
『どんな事があろうと、セキレイさんに教わった事を無駄にしないよう尽力します』
そう言った翡翠を見て、俺は、翡翠も大人になったなぁと胸がじんとなった。
そのたぐいまれなる容姿も去ることながら、翡翠はとても強くなったし、いい娘に育った。親バカじゃないけれど、自慢の娘で、俺の誇りだ。
あんなに臆病で噛み癖があって、手を焼かされた子が、こんなに立派になって自分の足で歩み出そうとしているなんて、これ程感慨深いものはない。
それに比べて俺は、何をやっているんだか。献上品の翡翠は成長しても、調教師の俺はちっとも成長していない。何故なら儀式の日取りが決まった今ですら、俺は未練がましく翡翠を想っているのだからまるで進歩がない。
通達があった夜、俺は部屋に遊びに来ていた瑪瑙そっちのけで酒に入り浸っていた。
『どうしたの?そんなに荒れて』なんて瑪瑙に心配されたが、俺は構わず酒をあおり続け、気が付くと1人で朝を迎えていた。
せっかく来てくれていた瑪瑙に、俺は一応詫びのメールでも入れようとスマホのメール画面を開くと、上限いっぱいだった送信履歴が何故か一件だけ減っている事に気付く。
自分で消した記憶は無いが、酔っ払って変なところでも押したかと思い、俺はあまり気に留めなかった。
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