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翡翠と赤飯

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それから4年後──

俺達は誕生日も、クリスマスも、正月も、みどりの日も、どっかの国の旧正月も、泣いたり笑ったり怒ったり怒られたりして毎年一緒に過ごした。
そうしているうちに翡翠の身長もぐんと伸び、それに伴い手足も長くなって面立ちもはっきりと整い始めていた。当初翡翠は『翡翠』という石ころだった物が、今はダイヤモンドにでも化けそうなくらい美しい成長の兆しを見せている。これには俺も舌を巻いたものだ。
磨けば光るもんだな。
俺は、キッチンでタコと格闘している翡翠をテーブルでコーヒー片手に眺めていた。
「夕飯はたこ焼きでもやるのか?というかお前は献上品なんだから料理なんかする必要ないだろ?」
「やる必要はないですけどやりたいんです」
翡翠は今も変わらず強情だ。
「怪我だけはするなよ」
腕時計を見ると、もはやいつもの夕食タイムより1時間もオーバーしている。
もう8時か、やれやれ、いつになったら晩飯が食えるのやら。
しかし、俺は一生懸命タコをタコ殴りにする翡翠を見てつい微笑ましく思ってしまうのだから始末が悪い。
「そんなにタコを虐めるなよ。タコに恨みでもあるのか?」
「ストレス解消してるんです」
俺といるのがそんなにストレスか?
俺は人知れずハートブレイクした。
「嘘です。タコをやわらかくしているんですよ。ユリが教えてくれたんです」
「ああ、そう」
俺には翡翠が憎しみを込めてタコをいたぶっている様にしか見えないけど……タコを俺だと思って叩いてないよな?

「できました。タコわさです」
9時くらいにタコとの格闘が終わり、翡翠が常備菜と共にテーブルにどんぶりいっぱいのタコわさを並べた。
「セキレイさん、タコわさ好きですよね?」
翡翠が満足気にタコわさを小鉢によそって俺に差し出す。
「タコわさ?好きだよ」
翡翠から渡されたタコわさは、入れられた小鉢が小さいのか、タコの切り身がデカいのか、やけにぶつ切り感があって連結していたが、あんなに懸命にタコと戦ってくれた彼女を思うとそれだけで美味しい気がした。
見た目はどうあれ、重要なのは味だ。俺は連結したそれを口いっぱいに頬張る。
「…………」
俺の率直な感想は『言葉にならない』だ。
ワサビのせいでツーンと目と鼻の中間が痛くなり、俺は涙目で目頭を押さえる。
スゲー身にしみる。
罰ゲームか?
ワサビどんだけ入れんだよ。
え、俺、毒盛られた?
「セキレイさん、どうしたの?」
翡翠が身を乗り出して俺を心配してくれたが、今は少しだけそっとしておいてほしい。
「…………翡翠、これはタコわさというより、タコわさわさだからな」
ワサビが凄く辛かったが、俺はこれだけはどうしても伝えたかった。
「それで、あの、セキレイさん」
「んー?」
俺がタコわさわさと格闘していると、翡翠が向かいの席で改まって切り出した。
「お願いがあるんです」
「名前と保護者(俺)の連絡先が入ったシャツの着用は義務だからな、脱走兵」
俺は翡翠の先手をうって彼女の願い出を牽制する。
ちなみに翡翠の脱走騒動から、彼女には強制的に名前と保護者(俺)の連絡先がプリントされたシャツを着せている。
「それもイヤですけど、私ももう14なので、その……スマホを……」
翡翠はオドオドと俺の顔色を窺いながらしきりに目を泳がせた。
「スマホか」
ついにきたか。
思春期のスマホ問題。
今の時代、思春期の子がいるご家庭では『スマホ問題』というのは避けて通れない。それはうちでも例外ではなく……
「翡翠、スマホ欲しいの?」
俺は箸を置いた。
「はい……あの、駄目ですか?」
翡翠が媚びるように上目遣いで俺を見上げてくるものだから、意図せず俺のSっ気がくすぐられる。
可愛いな、いじめたくなるじゃあないか。
「TPO」
「は?」
「時と場合による」
「やっぱり駄目ですか……」
翡翠はしゅんと項垂れる。
かわ……叱られた犬みたいだな。
「いや、駄目だなんて言ってないだろ」
「え?いいんですか?」
翡翠の表情がパァッと明るくなり、俺はそれが可愛くてつい了承しそうになるが、ここは保護者としての威厳をだな……
「用途は?」
「連絡手段とか、ネットで調べものしたりとか……」
翡翠は、俺が威厳(オーラ)を発揮して腕組みしているものだから随分と居心地が悪そうに口ごもる。
「連絡手段?誰に?」
俺がピクリと眉をつり上げると、翡翠は怯えて縮こまった。
「……翠とか、ユリ、たまに木葉にもするかもしれません」
不合格だな。誠にけしからん。
「却下」
「ええっ!?」
翡翠は俺の理不尽さに肩を揺らした。
そこは嘘でも『セキレイさん』と言っておけば、また話は違っていたのに、馬鹿な子だな。詰めが甘いよ、翡翠。
でも翡翠のそんなところが好きなんだから、俺もやきが回っている。
「でもスマホがあれば、いつでも、どこでも、何でも調べられるし……」
お、まだ食い下がるか。
「尚更駄目だ。何でも見れるのはネットの良いところでもあり、最大の悪いところだ。子供なんて、多感な時期にはいかがわしい有害サイトを見るものだ。そんなんで献上品が間違った固定観念を持ってしまったら調教師はたまったもんじゃあない」
俺は決着が着いたとばかりに箸を手にして──
「私はそんなサイト見ません。セキレイさんじゃあるまいし」
──それを落とした。
「……お前、今、なんつった?」
俺の威厳はガラガラと音をたてて崩れ始める。
「セキレイさんのスマホの履歴に、爆乳の美女が体操着で運動会する動画がありました」
心当たりしかない。
「……見たのか?」
俺は全身の力が抜けるのを感じた。
「少し」
「……体操着はまだ着てた?」
「え?着てましたよ。あれって脱ぐんですか?」
「……ぅん。脱ぐんだよ……男も女もね。でも良かったよ。脱ぐ前で……」
大乱交が始まる前で良かった。
「ねぇ、翡翠、他人のスマホは勝手に見たら駄目だよ」
「私とセキレイさんは他人ですか?」
翡翠は傷付いた様にキラキラと瞳を揺らし、俺の良心に訴える。
くっ……
俺はこれに弱い。
俺はちょっと怯んだが、すぐに威厳を立て直す。
「そんな事はないけど、親しき中にも礼儀ありってね」
「でも、木葉はよく翠のスマホを弄って、そういったサイトを見てないかとか、女の影がないか確認するって言ってました」
「結果は?」
「白だって」
「──だろうね」
翠は聖人だ。白も白、オフホワイトだろう。彼のスマホには見られて困るものは何一つ無いのは確かだ、友人の俺が保証しよう。
そうなると俺の黒い部分が際立つじゃあないか。
「あのね、翡翠、俺はあの運動会を好きで見た訳じゃあないんだよ?」
よせばいいのに、俺は名誉の挽回を図る。
「え?誰かに強制的に見せられたんですか?」
「いや、自分で調べて見たよ」
「セキレイさん……」
俺がスパッと言いきると、翡翠が幻滅した様なじと目で此方を睨んだ。
とんだ墓穴を掘った。
「そんな目で見るな。そうじゃあなくて、ええと、あれは教材で、いずれお前がお年頃になった時の指南の参考として見ていただけであってだな、くれぐれも、俺の性的嗜好ではあったり、なかったり、単に気紛れに見ただけで、特に他意はなくてだな……」
しどろもどろになって多弁多動する俺の姿は、翡翠の目にはさも滑稽に映った事だろう。でもこれが真実なのだからどうしようもない。
「セキレイさん、解ってます。この事をユリに話したら、調教師と言ってもセキレイさんは男なんだから、そういういかがわしい動画は見ていて当たり前だって」
スゲー解ってんじゃん。
「え、ユリに話したの?」
おいおい、これじゃあ、俺が翡翠からむっつりのレッテルを貼られるじゃあないか。いや、実際そうなのかもしれないけれど、不本意この上ない。
「はい、セキレイさんが爆乳の大運動会と、拉致・監禁の羞恥凌辱ものの鬼畜シリーズをよく見ているって話しました」
翡翠、どこまで見た……
俺は痛んだ頭を片手で押さえた。
「セキレイさんて、やっぱり……」
「何だよ?」
翡翠が変に語尾を切るものだから、俺は逆にそれが気になる。
「いえ、それで、スマホは──」
「却下だ」
「えぇーーーーーっ!!だって皆持ってるのに?私だけ持ってないんですよ?私だって部屋に戻ってからも翠やユリとメールとか、お話したい」
俺が無下に却下すると、翡翠は我慢していた不満が噴出して駄々を捏ねた。
「駄目だ駄目だ。お前がスマホを持ったら、城に出入りしている仕入れの少年とか兵士見習いとかに番号を聞かれるんだから」
城内と言っても狼だらけだ、いかに俺が目を光らせていても油断は出来ない。うちの子が他の男と連絡をとるかと思うと気が気ではない。 
「そんなの教えませんよ」
翡翠は口を尖らせてヘソを曲げている。
生意気な、可愛いな。
「翠と連絡をとるのも気にくわない」
というか、俺が持たせたスマホで翡翠が俺以外の人間に連絡するのが許せない。そうなると、俺と翡翠とは会議や小用以外四六時中一緒にいるのでスマホなんか持たせる意味はない。前回のような脱走事件が無ければ特に不便もないだろう。
「翠はセキレイさんの親友じゃあないですか」
「翠は親友だけど、男で、お前が俺より信頼しているから嫌だ」
「公私混同」
ふてくされた翡翠の批判ももっともだ。公私混同上等だ。
「何とでも言え」
痛くも痒くもない。
「やっぱり鬼畜ですね」
大人気ないが、図星なだけにカチンとくるな。
「おい、明日の朝ご飯をアボカド祭りにするぞ?」
「……何でも買ってくれるって言ったじゃないですか」
翡翠が恨めしく俺を睨んだ。
「言ったか?」
正直、心当たりしかない。
というか、今日は随分と食い下がるな。そんなに欲しいのか?
翡翠には何でも買い与えてやりたい派の俺だが、さすがにスマホはリスクがあるだけになかなか踏み出せない。
「……王様ならきっと買ってくれる」
しかしボソリと呟かれた『王様』というフレーズに、俺は首を縦に振らざるを得なくなる。
「いいだろう、買ってやる。お前、俺のツボをよく解っているじゃあないか」
俺はえへへと笑い返す小悪魔の事がやはり可愛い。
思春期の娘に振り回されるお父さんの気持ちがよく解った。

それから翡翠に新しいスマホを買い与えてやると、彼女は大喜びでそれを首から下げて大切にした。
そんな姿を見ると、俺は買って良かったと思う反面、翡翠が誰かとメールや電話をしていたりすると気になって仕方がない。特に、電話がかかってきて子供部屋へとわざわざ席を外すあたり、俺に聞かれたくない話なのかと勘ぐってしまい、スマホを取り上げたくなる。
あんなに臆病で人見知りだったのに、これだから思春期のモンスターは……
やれやれだ。
瑪瑙の時は本人が欲しがらなかったからこんな気持ちにはならなかった。ほんと、翡翠には手を焼く。
スマホにはフィルタリングをかけて変なサイトは見れないようにしたが、翡翠に人のスマホは勝手に見てはいけないと言った手前、彼女のスマホのメールや着信履歴をチェックする事は出来ない。それにいちいち誰からの着信かメールの内容を聞くのも憚られる。スゲー気になるけど。おかげで俺のフラストレーションは溜まるばかりだ。放任主義の鷹雄は勿論、翠はよくうまい事折り合いをつけているなと感心する。
まあ、翡翠が連絡をとると言っても翠やユリや木葉くらいのものだからたかが知れているけど、たまには俺にも連絡をくれてもいいんじゃないか?とも思う。翡翠は、俺が会議中にメールを送っても帰ってから直接返答する事が多いし、いけずな奴だ。
しかしこれが成長するって事なのかもな。
少しずつ保護者の手を離れて、自分の世界を作り上げていくんだ。寂しいもんだよ。
俺がしんみりと『今晩は雷が鳴らないかな』と願うと、その夜、神様は俺の願いを聞き入れてくれた。

夜、遠くの方で雷が鳴りだし、翡翠はいつも通り枕を持って俺のベッドに上がり込んできた。
「セキレイさん、もう少し端に寄って下さい」
俺は翡翠に背中を押され、ぐるりと体を回転させて端に寄る。
「このベッドも狭くなったなぁ」
いや、ベッドが狭くなったんじゃあない、翡翠が大きくなったのか。
ちゃんとくっついて寝ないとベッドから落ちてしまう。
こうして翡翠と一緒に寝られるのもあと2年か……
俺は安易にそんな事を考えながら翡翠を抱いて眠る。

そして事件が起こったのは翌朝の事。
朝起きると、真っ白なシーツにべっとりと血痕が付着していて、間抜けな俺は──
刺された!?
──と思った。
しかしよく見ると、血痕は翡翠の腰の辺りから始まっていて、間抜けな俺は──
やらかしたか!?
──と思った。
嘘だろ、いくら子育てにかまけて欲求不満だったとはいえ、まだ子供の翡翠に手を出すなんて、本当の変態じゃあないか!
しかも相手は王への献上品だぞ!?
俺も翡翠も処分される。というか何故だ?
俺はあいつをいやらしい目で見た事なんか1度たりとなかったはずだ。なんで手を出してしまったんだ、オレ!
潜在的に彼女をそういう目で見ていたって事か、おれ!
翡翠の合意はあったのか?
無ければ無理矢理犯したのか、俺!
てか何処行った、俺の記憶!!!!
俺はもうパニックに陥り、寝覚めに頭から冷水を浴びせられた気分だった。
「翡翠、翡翠」
とにかく翡翠を起こさない事には始まらない。俺が翡翠の体を労りながらさすると、彼女は眠い目を擦って起き上がる。
「セキレイさん、そんなに慌ててどうしたんですか?」
「翡翠、大丈夫か?体は辛くないか?特に腰が」
こんなに血が出たんだ、記憶は無いが、きっと俺が無茶したに違いない。
「え?え?」
翡翠も初めて自分の流血に気付き、困惑した。
「セキレイさん、セキレイさん、どうしよう、私、遂に月のものがきました」

月のもの?

あ、
ああー!
「生理か」
俺はようやく状況を理解した。
答えが解ってホッとしたのも束の間、翡翠にそういった現象が起こる事をすっかり失念していた俺は、一瞬の間をおいて再度困惑する。
翡翠、14だよな?いくら他と比べて発育が悪いとはいえ遅すぎだろ。おかげですっかり忘れていた。
瑪瑙の時は、俺の知らぬところで本人がうまい事対処していたから、翡翠の事もさして意識していなかったが、まだ早いと思って彼女に性教育をしてこなかったから、知識が乏しいせいで翡翠はこういった粗相をしてしまったのだろう。
可哀想な事をした。俺は保護者失格だ。
俺は急いで隣の部屋を訪ね、木葉からそういった用品を分けてもらう。
そして翡翠を抱いてバスルームに行くと、彼女を1人にしてドアを閉める。脱衣場のかごには翡翠の着替えと用品をセットしておいた。
「シャワーを浴びたら、着替えの上に置いておいた用品のパッケージをよく読んで、正しく使うんだぞ?いいな?」
ドア越しに呼び掛けると、翡翠がドアを開けて出て来る。
「セキレイさんは入らないんですか?」
「そんな訳にいかないだろ」
「何でですか?」
「何でって……」
翡翠はもう幼い子供じゃあないんだ、それを自覚したら、もう今までみたいに体を洗ってやったり、一緒に寝たりするのはよくない。
「翡翠は少しお姉さんになったんだから、自分の事は自分でやるんだ」
「でも、将来側室になった時、身の回りの事は全て使用人がやってくれるから、お前は何もやらなくていいって言ったのはセキレイさんですよ?」
確かにそう言ったし、まだひよっ子の翡翠は使用人にいじめられるから、ずっと俺が身の回りの世話をしてきた。でも、それももう限界がある。何より、俺が翡翠にイケナイ事をしているようで罪悪感がある。
「言った言った、だがケースバイケースだ。ほら、早くシャワー浴びて来い。俺はシーツを何とかするから」
俺が『シッシッ』と手を払うと、翡翠は首を傾げながらバスルームに戻って行った。
あと2年あると思っていたが、親離れの時期はもうきていたんだな。
翡翠と居ながらにして、俺はポッカリと胸に穴が空いた様な感覚を覚えた。

「あ、おい!翡翠」
翡翠が服を着てバスルームから出て来たのは良かったが、頭からシャワーを浴びたせいで髪から水滴が滴っていて、俺は慌ててバスタオルで彼女の髪を拭いてやる。
「まったくお前は手のかかる子だなぁ」
と口ではそう言っても、俺は内心嬉しかった。そして翡翠もまた、どこか嬉しそうだ。

俺は本当に子離れ出来るのだろうか……

それから翡翠には子供向けの性教育の本を読ませ、身の回りの事もある程度出来るまでに教え込んだ。
『セキレイさん、赤ちゃんてコウノトリが運んで来るんですね』
性教育の本は、対象年齢が低すぎて翡翠にだいぶ間違った知識を植え付けてしまったが、お子ちゃまな彼女には丁度いいだろう。
『その時』がきたら短期集中で覚えさせればいい。

しかしながら翡翠は、俺の考慮をよそに勝手に成長していく訳で、肩にまで掛かった髪を自分でケアしたり、ボディクリームを塗ったりと、身だしなみを気にし始めていた。
調教師にとってはいい兆しなのだろうが、俺にしてみたら、今にも翡翠が俺の元を巣だって行きそうでやるせない。

そしてある日の事、マナー教室に参加した翡翠を迎えに行くと、彼女の頭に見慣れない髪留めが付いている事に気付く。
「なんだ、これ?」
翡翠で出来た髪留めは、一纏めにされた翡翠の髪を後頭部でくくっており、そのせいで彼女の細こいうなじが露出していた。そこから垂れる遅れ髪がやけに大人びて艶かしい。
俺は翡翠を綺麗になったなと思う反面、なんだかモヤモヤとイヤな気持ちにもなった。
「髪留めなんて、お前、持ってなかったろ?」
「髪が邪魔だろうって、ユリが自分のをくれたんです。変ですか?ユリは褒めてくれたんですけど……」
翡翠は照れ臭そうに語り、髪留めに触れる。
「ん?あぁ、似合ってるよ」
とてもよく似合っていたが、廊下ですれ違った兵士見習いの少年が翡翠を振り返って刮目し、俺は危機を感じた。
「翡翠、凄く綺麗だよ。でもね、部屋の外ではあまりうなじを出しちゃあ駄目だよ」
「え、何でですか?」
翡翠は当然疑問に思う。
「うなじはおっぱいと一緒でみだりに露出していいとこじゃあないんだよ」
「でも、ユリもダリアも木葉もうなじ出してますよ?」
確かに、それらの連中はよく髪を結っている。翡翠の疑問も当然だ。
「うん、出してるね。出してるけどお前は駄目だ」
喜んでいるところ可哀想だが、俺は翡翠から髪留めを没収し、はだけた髪を整えて耳に掛けてやる。
こうするだけでも十分可愛いな。
俺はポンポンと翡翠の頭を撫でた。
「私だけ?」
「そうだよ。なんと言ったって、俺がイヤだからね」
「何でセキレイさんがイヤなんですか?」
「なんでもだよ、解った?」
俺のわがままだが、翡翠をよその男にいやらしい目で見られるのは耐えられなかった。
翡翠は不服そうにしていたが、俺が言うならと首を縦に振る。
馬鹿だな、素直で可愛い。
それはそうと、こうして改めて髪留めを見てみると、これはなかなかの高級品だ。不純物の少ない翡翠を使っているし、細かな細工も手が込んでて造りもしっかりしている。これをユリが翡翠にあげたという事は、ユリの翡翠への好意はかなりのものだと思う。ユリももう大人になるし、翡翠だって思春期だ、これは良くない兆候かもしれない。
俺は、ユリの、翡翠への溺愛っぷりは年長者が妹に対するそれだとばかり思ってそこまで心配していなかったが、ここにきてにわかに危機感を覚える。

これは少し、距離をおかせた方がいいかもしれない。
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