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神降臨
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私が亡くなった時、三途の川を渡ったその先に翠は居た。翠は光と共に現れ、私はそのあまりの神々しさに目が眩み、彼を直視する事が出来なかった。
「これはユリのレシピで作ったガトーショコラだね」
そう、このガトーショコラは前世でユリから教わったレシピで作った逸品だ。ユリが最期に遺してくれたあのガトーショコラを再現したもの。それは翠とも縁深い物だと思い、手土産として用意したのだ。
しかし今はそんな事を言っている場合ではない。
「翠、翠は神様なの?」
今の翠の姿は前世での日常生活の時のまま、そこらの人間と同じように存在していたが、近寄られると見えないオーラで圧倒されそうだった。
「別に、普通の人間だよ。ほら、触れるしね」
そう言って翠が私の手を取って自分の胸に触れさせると、彼は私や他の人間と同じ様に心臓を鼓動させ、温もりを持っていた。私が辛かった時、いつも私の肩を抱いてくれていた翠そのままだ。
「えっ、でも、天国にいたじゃん」
騙されちゃ駄目だ。翠は私が亡くなった後も生き続けていたのに天界にも存在していた。となると翠は二人いるのか、はたまたよく似た他人なのか……天に召された時は不思議と神様な翠を受け入れられたけど、現実世界でこうして生の翠を前にすると違和感しかない。
「そうだね。でもよく考えてよ、日本神話に出てくる神々だって元々は人間だろ?あれは周りの人間達が崇拝して初めて神になるんだ。俺はただ、人間達に担がれただけだよ」
「担がれたっていつから?いつから翠は神様になっちゃたの?調教師の時から?そのずっと前から?」
「さあて、いつからかな、神様の定義ってのがハッキリしないんだから明言はしないよ」
翠ははぐらかすように首を捻って爽やかに微笑んだ。
相変わらず韓流アイドルみたいな爽やかさだなあ。
「はぐらかさないでよ。木葉は知ってたの?木葉はどうしてるの?木葉もこの世に転生してる?」
私はのらりくらりと話をかわす翠に痺れを切らし、大袈裟な手振りで彼を問いただした。
「木葉には何も話してないし、あの子は何も知らない。前世の記憶も無いし、何も知らずに違う世界線で家庭を築いて幸せに暮らしてるよ」
「それは良かったけど……」
今はそんな話をしてるんじゃなかった。
あぁ、でも気になる。
「鷹雄さんやユリは?ダリアや他の人達は?」
「各々足掻きながら自分達なりの幸せを模索してるようだよ。プライバシーだから詳しい事は言えないけど」
「神様もプライバシーとか言うんだ」
神様なんて全人類、果ては万物全てを把握しているだろうに、今更ではないだろうか?
「前世の事も現世の事も万物全てを翠が操ってるの?」
「人を黒幕みたいに言うんだね?」
「だって……」
「運命や関係性なんかは俺が決めてるけど、流石に人間の心までは操れないよ。人間は既に決まった運命の中で右往左往したり切磋琢磨したりして自分の中で真実を見つけていくんだ」
「翠は?いつもはどこにいてどんな生活をしてるの?見た目は前世のままだけどちゃんと働いてるの?ちゃんと食べてる?」
なんかお母さんみたいなセリフになってるな。
「普通にサラリーマンしてお給料も貰ってるよ。男のひとり暮らしだけどちゃんと自炊してる。得意料理は、まあ、カプレーゼだけど笑」
そこで翠は自嘲気味に笑った。彼の白い歯が少しだけ覗き、相変わらず爽やかだなあ、サイダーのCMでもくるんじゃないか、と思った。
なんか凄く話が脱線してる気がする。でも気になる事が多すぎて止まらない。
「神様なのに働いて自炊もしてるの?!」
それじゃあそれこそそこらのサラリーマンと一緒じゃないか。
「フフッ、民からの供物で賄ってると思った?」
『いやだな~』と翠は軽く自分の腹を押さえた。
「生贄のヤギの生き血をチューチューしてるんじゃないの?」
それは悪魔崇拝か?
「しないってば。いつの時代だい?」
え、昔はしてたん?
翠は正直者で嘘をつかない。ならばこの話は──
「翡翠は神様を何か特別なもののように捉えてるみたいだけど、実際は人間に毛の生えたようなものだよ」
翠、人間には毛が生えてるよ。だいたいの人には。
「空、飛べる?」
「飛べるかもね」
翠はクスクスと折り曲げた人差し指を鼻に当てている。
「ほら、人間離れしてるじゃん」
「人間だって空を飛べるだろ?宇宙にだって行けるし」
「それは単独飛行とは違うし」
「人が、何か得体の知れない人知を超越した者を神と呼んだだけだよ。大袈裟に考えすぎだと思うけど。神とは形容。人間が人間につけたあだ名なんだよ」
「うーん、そうかなぁ」
なんかうまく丸め込まれてる気がする。
「それで、俺が神かどうかなんて関係ないだろ。何か大事な用があって来たんじゃないの?」
とっぷりと日も沈み点々と街灯が灯り始めると、二人分無ければならない筈の影が私の分しかなくて、私は初めて緊張で喉の渇きを覚えた。
前世で大好きだった優しいお兄さんが未知の生命体のように感じる。
今、私の目の前にいるのは本当に私の知る『翠』なのだろうか?
「あのっ、あのっ」
「落ち着いて」
私が動揺していると、翠は私の肩を優しくポンポンしてくれた。
そんなところはやっぱり『翠』だ。
私は少し落ち着きを取り戻し、深呼吸して本題に入る。
「あの、単刀直輸入にお尋ね申しますけど」
「はいはい、単刀直入ね」
「風斗さんとの契約の事なんだけど」
「はいはい、契約ね」
「風斗さんがハタチまでしか生きられないって本当なの?」
「そうだよ。風斗とはそのように契約した」
「それはどうにかちょろまかしたり出来ないの?」
「八百長?それはどうかな?これは風斗自身が望んだ事だし、それを翡翠が反故にするのは風斗が許さないんじゃない?」
「そりゃそうだけど、でも、だって……」
「さすがの神でも2つの相反する願いを叶える事は出来ないよ。それに風斗とは既に契約成立してるし」
「もう、死を待つだけ?」
「そうだね。そんなに悲しい顔をしないで」
そう言って私の頬を撫でてくれる翠の顔だって悲しそうだった。
「……」
「風斗の意向は聞いたんでしょ?」
「……」
私は黙って頷いた。
「風斗がハタチになる前に、彼の願いを叶えてやるのがせめてもの報いなんじゃないの?」
「願い……私が風斗さんの子供を産む事が?」
「これはユリのレシピで作ったガトーショコラだね」
そう、このガトーショコラは前世でユリから教わったレシピで作った逸品だ。ユリが最期に遺してくれたあのガトーショコラを再現したもの。それは翠とも縁深い物だと思い、手土産として用意したのだ。
しかし今はそんな事を言っている場合ではない。
「翠、翠は神様なの?」
今の翠の姿は前世での日常生活の時のまま、そこらの人間と同じように存在していたが、近寄られると見えないオーラで圧倒されそうだった。
「別に、普通の人間だよ。ほら、触れるしね」
そう言って翠が私の手を取って自分の胸に触れさせると、彼は私や他の人間と同じ様に心臓を鼓動させ、温もりを持っていた。私が辛かった時、いつも私の肩を抱いてくれていた翠そのままだ。
「えっ、でも、天国にいたじゃん」
騙されちゃ駄目だ。翠は私が亡くなった後も生き続けていたのに天界にも存在していた。となると翠は二人いるのか、はたまたよく似た他人なのか……天に召された時は不思議と神様な翠を受け入れられたけど、現実世界でこうして生の翠を前にすると違和感しかない。
「そうだね。でもよく考えてよ、日本神話に出てくる神々だって元々は人間だろ?あれは周りの人間達が崇拝して初めて神になるんだ。俺はただ、人間達に担がれただけだよ」
「担がれたっていつから?いつから翠は神様になっちゃたの?調教師の時から?そのずっと前から?」
「さあて、いつからかな、神様の定義ってのがハッキリしないんだから明言はしないよ」
翠ははぐらかすように首を捻って爽やかに微笑んだ。
相変わらず韓流アイドルみたいな爽やかさだなあ。
「はぐらかさないでよ。木葉は知ってたの?木葉はどうしてるの?木葉もこの世に転生してる?」
私はのらりくらりと話をかわす翠に痺れを切らし、大袈裟な手振りで彼を問いただした。
「木葉には何も話してないし、あの子は何も知らない。前世の記憶も無いし、何も知らずに違う世界線で家庭を築いて幸せに暮らしてるよ」
「それは良かったけど……」
今はそんな話をしてるんじゃなかった。
あぁ、でも気になる。
「鷹雄さんやユリは?ダリアや他の人達は?」
「各々足掻きながら自分達なりの幸せを模索してるようだよ。プライバシーだから詳しい事は言えないけど」
「神様もプライバシーとか言うんだ」
神様なんて全人類、果ては万物全てを把握しているだろうに、今更ではないだろうか?
「前世の事も現世の事も万物全てを翠が操ってるの?」
「人を黒幕みたいに言うんだね?」
「だって……」
「運命や関係性なんかは俺が決めてるけど、流石に人間の心までは操れないよ。人間は既に決まった運命の中で右往左往したり切磋琢磨したりして自分の中で真実を見つけていくんだ」
「翠は?いつもはどこにいてどんな生活をしてるの?見た目は前世のままだけどちゃんと働いてるの?ちゃんと食べてる?」
なんかお母さんみたいなセリフになってるな。
「普通にサラリーマンしてお給料も貰ってるよ。男のひとり暮らしだけどちゃんと自炊してる。得意料理は、まあ、カプレーゼだけど笑」
そこで翠は自嘲気味に笑った。彼の白い歯が少しだけ覗き、相変わらず爽やかだなあ、サイダーのCMでもくるんじゃないか、と思った。
なんか凄く話が脱線してる気がする。でも気になる事が多すぎて止まらない。
「神様なのに働いて自炊もしてるの?!」
それじゃあそれこそそこらのサラリーマンと一緒じゃないか。
「フフッ、民からの供物で賄ってると思った?」
『いやだな~』と翠は軽く自分の腹を押さえた。
「生贄のヤギの生き血をチューチューしてるんじゃないの?」
それは悪魔崇拝か?
「しないってば。いつの時代だい?」
え、昔はしてたん?
翠は正直者で嘘をつかない。ならばこの話は──
「翡翠は神様を何か特別なもののように捉えてるみたいだけど、実際は人間に毛の生えたようなものだよ」
翠、人間には毛が生えてるよ。だいたいの人には。
「空、飛べる?」
「飛べるかもね」
翠はクスクスと折り曲げた人差し指を鼻に当てている。
「ほら、人間離れしてるじゃん」
「人間だって空を飛べるだろ?宇宙にだって行けるし」
「それは単独飛行とは違うし」
「人が、何か得体の知れない人知を超越した者を神と呼んだだけだよ。大袈裟に考えすぎだと思うけど。神とは形容。人間が人間につけたあだ名なんだよ」
「うーん、そうかなぁ」
なんかうまく丸め込まれてる気がする。
「それで、俺が神かどうかなんて関係ないだろ。何か大事な用があって来たんじゃないの?」
とっぷりと日も沈み点々と街灯が灯り始めると、二人分無ければならない筈の影が私の分しかなくて、私は初めて緊張で喉の渇きを覚えた。
前世で大好きだった優しいお兄さんが未知の生命体のように感じる。
今、私の目の前にいるのは本当に私の知る『翠』なのだろうか?
「あのっ、あのっ」
「落ち着いて」
私が動揺していると、翠は私の肩を優しくポンポンしてくれた。
そんなところはやっぱり『翠』だ。
私は少し落ち着きを取り戻し、深呼吸して本題に入る。
「あの、単刀直輸入にお尋ね申しますけど」
「はいはい、単刀直入ね」
「風斗さんとの契約の事なんだけど」
「はいはい、契約ね」
「風斗さんがハタチまでしか生きられないって本当なの?」
「そうだよ。風斗とはそのように契約した」
「それはどうにかちょろまかしたり出来ないの?」
「八百長?それはどうかな?これは風斗自身が望んだ事だし、それを翡翠が反故にするのは風斗が許さないんじゃない?」
「そりゃそうだけど、でも、だって……」
「さすがの神でも2つの相反する願いを叶える事は出来ないよ。それに風斗とは既に契約成立してるし」
「もう、死を待つだけ?」
「そうだね。そんなに悲しい顔をしないで」
そう言って私の頬を撫でてくれる翠の顔だって悲しそうだった。
「……」
「風斗の意向は聞いたんでしょ?」
「……」
私は黙って頷いた。
「風斗がハタチになる前に、彼の願いを叶えてやるのがせめてもの報いなんじゃないの?」
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