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全知全能の神

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「か、風斗さん、ナンサイでしたっけ?」
 私はベッドに両手を着いてへたり込んだ。
「今年ハタチ」
 風斗は顔色一つ変える事なく平然とそう言った。
「なんで、怖くないんですか?」
「怖くないよ。最初からその約束でこの世界に転生したからね」
「それはそうかもしれませんけど、ハタチなんて一番楽しい時期だし、別な選択肢を選んでいたら人生を謳歌出来たのに、なんで損な人生を選らんじゃったんですか!」
 気付いたら私は、やるせなさ過ぎて風斗さんに掴みかかっていた。
「望まない人生を死ぬまで生きる方がずっと辛いじゃん」
 そう言って風斗さんは私の肩を抱き寄せる。
「でももう一つの選択肢だって幸せに長生き出来たかもしれないのに」
「俺はそんな不確かな物は信じない。だから俺は福袋とかくじ引きをやらないんだよ」
「ちょっと何言ってるか分かんないです」
「だよねー」
 風斗さんはその場に相応しくない明るい表情で笑った。私にはそれが無理しているように見えて辛かった。
「だよねーじゃないです」
 あ、駄目だ、目の前が涙で歪んできた。
「ごめんね、翡翠。でも俺はもう二度と愛する人が先立つのを看取りたくないんだ」
「……ごめんなさい」
 今の、私のやり場のないやるせなさは、前世で私が風斗さんに味あわせてしまった感情だ。それを当事者である私が責めていいはずがない。
 私は猛省して項垂れた。
「それに俺は、転生した君らの助けになれればと思ってここに来たんだ」
「助け?」
「そう。それが、神と交わした契約の内容さ」
「その内容って?」

「それはね──」

 私は思う。神様ってのは本当にひねくれ者なんだなって──


 一度神様に会ってちゃんと話しをしなければならないと思った。その為に何処に行ってどうすれば会えるのか、全く検討もつかなかったが、神様=神社という短絡的な考えでとりあえず翌日に近所の小さな神社に行ってみる事にした。

 元々保育園があったという荒れ果てた空き地の横に割とコンパクトな鳥居がひっそりと建ち、何度か頭を下げてそこをくぐると、山肌に沿った細い参道が急な斜面に伸びていた。
 時刻は夕方5時、鬱蒼とした参道の先は夕日すら届かぬ薄暗い世界。まるでこの先が異世界に見えた。
 逢魔が時、あれは夕刻の何時くらいだったか……近所の見慣れた神社が魔界か何かに見える。
 私はビクビクしながらその参道を登り、細かった参道からは想像も出来なかった拓けた場所に到達し、その端にちょこんと存在する社を発見した。小さいながらに狛犬を従えたちゃんとした神社だが、残念ながらシャッターが閉まっており、社の中に入るどころか中をうかがい見る事すら出来ない。
「残念、そう簡単には神様に会えないか。やっぱり死なないと駄目なのかな」
 なんて言いながら一応シャッター前にある鈴を鳴らし、手を合わせる。尚、賽銭箱は賽銭泥棒防止の為社の中にあるものと思われる。
 一応、小銭は用意して来たんだけどな。
「神様お願いです、神様に会わせて下さい」
 よく考えると不思議なお願いではある……
 手段が目的になっているような……
 というか神様ってのは唯一神なのか、はたまた多数存在するのか、私は一体どなたに手を合わせたのか、謎だ。小さい神社だとその土地の氏神様になるのかな?
 あぁ、でも、時間軸毎に神様が違うとしたら、私は窓口を間違えたのか?
 いや、別にあの時お会いした神様でなくても、私の願いを聞き入れてくれるなら誰でもいいじゃないか。

 ただ、あの神様の為に焼いたガトーショコラが無駄になってしまうけれど──

「帰ろう」
 帰ってこのガトーショコラを三人で食べよう。
 私は社に向かって一礼し、踵を返した。
「宗教が違うのかな、教会のが可能性があったんじゃあないかなぁ。もしかして寺とか?」
 私はぶつくさ言いながらもと来た参道を下って行く。そしてそこから鳥居をくぐり、振り返って一礼すると帰路に着いた。

 家まで一駅分も無いので閑静な住宅街をテクテク歩いて行く。
「だいぶ暗くなってきたけど6時までに帰れるかな」
 空を見上げると、薄暗くなってしまった夕焼けにチラホラ星が見えている。
「風斗さんは既にハタチで、神様との契約が本当なら、一体、どのタイミングで風斗さんは命を取られるんだろう……」
 私は何かに急かされるように歩調を速めた。
「次の誕生日まで10ヶ月程だって言ってたけど、21歳になる瞬間に死んじゃうとか?」
 そんなの嫌だ。だって風斗さんは私の旦那さんで、愛すべき家族なんだ。それは転生しても変わらない。
 そんな事を考えていると途端に目が潤んできて街頭や民家の光が眩しく感じた。
 私はやや上を向き、帰宅までに瞳を乾かそうとパタパタと右手で目元を扇ぐ。
 毎日一緒にご飯を食べていた人が急にいなくなるのって、こんなにも不安で怖い事なんだ。毎日他愛もない会話をしていた人が跡形もなく消えてしまうなんて耐えられない喪失感だと思う。私はそんな思いを風斗さんにさせてたんだな。

 いっそ、私も一緒に連れて行ってくれればいいのに──

「それは随分と利己的な考えだね、翡翠」
「えっ?」
 まるで私の心を読んだかのような応えに、私は上向きだった顔を真っ直ぐ前に向けた。
 聞いた事のある声だった。

「やあ、翡翠、久しぶりだね」

 そう言って片手を上げたのは、前世と全く変わらない姿で現れた翠だった。
「えっ、みどっ、えっ⁉」
 私は驚嘆して持っていたガトーショコラの箱を地面に落とす。
「これは誰への手土産?」
 翠はそう尋ねるとこちらに歩み寄り、落ちていたガトーショコラの箱をヒョイと持ち上げた。
「わ、分かってるんでしょう?」
 ドッドッドッドッドッドッドッドッドッ
 さっきから動悸が鳴り止まない。
 いや、動悸が鳴り止んだら死んじゃうんだけど……いやいやそういう事じゃない。そんな事を言っている場合じゃない。
 問題は、何故私がこんなにも焦っているのか、という事。
 何故なら翠は──

「そうだね、俺への手土産だよね?」

 ──翠の正体は………………神様だからだ。




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